第6話 剥がれた化けの皮 7 ―嘘だよ……―
7
「桃井さんは騙されてるんだって! あの日の事は全部嘘なんだよ! 燃えた家も俺達の家じゃないし! 赤い石も本当は赤くないんだ!」
「え……何に言ってんの?」
「何言ってるもなにも、その通りの意味だよ! あの家は一年前には俺たち家族の物じゃなくなったんだ!!」
「えっ? ちょっ……ちょっと待ってよ。本当に意味が分からない。ちゃんと説明してよ……」
「ちゃんと説明しろ? 本当、物わかりの悪い人だな! あの家は一年前には出ていかされたんだよ! お父さんが人に騙されて借金を作ったんだ! それの"タンポ"ってヤツ? それになってたんだよ、俺たちの家が! お父さんは、お母さんにも誰にも相談せずに勝手にそうしてたんだって! だから俺達はとっくにあの家には住んでないの!!」
「え……でも、先輩はあの日『私の家に来て』ってそう言って、私をあの家に連れていこうとしたんだよ」
愛は戸惑い続ける。瑠樹がぶつけてくる言葉は咀嚼するには時間のかかるもの、しかし瑠樹の言葉は矢継ぎ早で止まらない。全く理解が追い付かなかった。
「だから桃井さんは騙されてるって言ってるんだよ!」
「騙……されてる? 私が? え? 先輩が私を騙したって事?」
「そうだって言ってんじゃん! あの家に行こうって事自体が嘘だったって事だよ!」
「そ……そんな……だって」
「だってって何? 悪いけど俺が言ってる事に嘘はないよ!」
「で……でも、何でそんな嘘を?」
「知らないよ! ストレス発散じゃない?」
「そんな……」
『そんな事ない……』と愛は瑠樹に言い返したい。でも、戸惑いが混乱となってしまった今では上手く言葉が話せない。
そんな愛に対して、瑠樹の怒りはまだぶつけられる。
「昔はそんな事なかったよ! でも、今のアイツは最低なんだ! 変わったんだよあの人は! 俺たち兄弟とか、桃井さんを騙して喜んでるんだから! 自分がついた嘘に俺たちが騙されるのが本当に嬉しいんだろうね!」
「先輩は……そんな人じゃ」
「そんな人じゃなかったのは弟の俺が一番よく分かってるよ! あの人が変わった理由も理解してる! 全部お父さんのせい! 馬鹿なお父さんが俺たちの人生をめちゃくちゃにしたんだ! 姉ちゃんのストレスの原因も理解は出来てる! お母さんと一緒になって家族の為に毎日毎日働いて大変なのも分かってるよ! ストレスが溜まるのも分かる! だけど……」
「ちょっ……ちょっと待って瑠樹くん。毎日毎日働いてるって先輩が?」
愛は驚いた。驚きがやっと愛にちゃんと言葉を喋らせた。
何故なら、愛が知っている真田萌音は学業や部活には精を出すが、バイトをしても瑠樹が言う様な『毎日、毎日』という感じではなかった。働いても週3日、おこずかい稼ぎ程度でしかやらない人だったからだ。
「そうだよ! えっ……って、もしかして桃井さん、アイツのバイトの事も知らないの?」
「う……うん」
愛は頷く。何も知らない自分を悲しいと思いながら。
「何だよ……桃井さんはマジで最近の姉ちゃんの事を何も知らないんだな! バイトの事くらいは知ってると思ってたよ! それじゃあアイツが変わったのを理解出来てなくても頷けるよ」
「そう……みたいだね……私、何も知らない。確かに最近は二人共忙しくてあんまり遊んでなかったし、元々先輩は自分の事を率先して話すタイプじゃないし、聞き役が多いし……」
「はぁ……なんだよ。『姉ちゃんの事何でも知ってる筈の桃井さんが何で最近の姉ちゃん変化に気付いてないんだよ』ってイライラしてたのに、イラついて損したわ」
「ごめん……」
謝るのも何かが違うが、愛の口からはこの言葉が溢れた。
「別に、桃井さんが謝る事ではないし。はぁ……なんか立ち話も疲れたよ。あっち行こう……」
ガッカリした様子の瑠樹はそう言うと、近くに見えたコンビニの駐車場に向かって歩き始めた。
その道中でも瑠樹の話は続く。
「お父さんが残した借金は子供の俺と大翔には話せない額だったらしい。お金は全部取られて、資産も何もかも失くなった。だからお母さんと姉ちゃんは働き始めたんだ。姉ちゃんは最初、年齢を嘘ついてキャバクラみたいな所で働いてたらしい……」
そう言って瑠樹は、駐車場のアーチ型の車止めに腰掛けた。
愛が萌音のバイトの事すらも知らないと知ると、瑠樹の怒りは落ち着き始め、今は特段怒りは見せていない。
「キャバクラ……先輩が」
「そう……」
隣の車止めに愛が腰掛けるのを見ながら瑠樹は頷き、そして話を続ける。
「でも、何ヵ月か働いて、お母さんにバレて辞めたみたい。今は本郷のカラオケと
「本郷と神町? 結構遠いね……」
瑠樹が落ち着き始めると、愛も落ち着きを取り戻した。さっき瑠樹が話した"萌音の嘘"に関して『受け入れ難い』という認識に変わりはないが。
「うん……電車で行かないとキツいよね。でも、姉ちゃんは自転車で通ってる。何でか分かる?交通費を浮かせる為だよ。月々たかだか数千円を浮かせる為に電車を使わずに自転車で通っているんだ。夜の22時まで働いて、帰ってくるのはいつも23時過ぎ。少し前まで受験があったのに、休む暇も無さそうだった。連載の締め切りだってあるし……俺が見てる姉ちゃんは家でも外でもずっと働いてた。だからストレスが溜まるのも分かるよ。でも、嘘ばっかりの姉ちゃんは嫌いだ」
そして、再び瑠樹はこの言葉を溢す。
「これも全部、お父さんのせいだ……」
そして、もうひとつ。
「お父さんがいれば……みんな辛くないのに」
萌音の父が借金を作った後どうなったのか、勿論愛は知らない。だから聞いてしまった……
「ね……ねぇ、瑠樹くん。さっきからの話だとお父さんが全然出てこないけど、お父さんはどうしたの?人に騙されて借金を抱えたって言ってたけど、もしかして離婚……」
『離婚でもしたの?』愛はこう聞こうとした。しかし、この質問を遮って瑠樹は言った。
「死んだよ。自分の体に火をつけて……」
悲し過ぎる事実を……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます