第6話 剥がれた化けの皮 5 ―柏木の自白―

 5


 セイギが問い掛けると柏木は頷いた。


「はい……でも、はじめは乗り気じゃありませんでした。『気持ち悪い物を渡された……』そんな気持ちでした。とりあえず怪文書は受け取って、二、三日はカラオケ店のロッカーにしまっていたんです。でも……三日目の夜、バイトから家に帰ると、あったんですよ。怪文書が。玄関を開けたすぐの所に。まるで私の帰りを待っていたみたいに。『何で?』と私は思いました。自宅の場所はバイト先の事務所を調べれば簡単に分かるとは思いますが、中にまで入られているとなると不思議でしかありません。隣人に聞いてもその日は誰かが訪ねてきたという事はなく、私はただ混乱し、すぐにゴミ袋に入れて牛丼屋の裏にあるダストボックスに捨てに行きました。あそこなら、毎日回収が来てくれますからね……あの時はあの人が《王に選ばれし民》の仲間で、バケモノだとは知りませんでしたから、もし、あの人に『ばら蒔いたか?』と問われたら『やった』と答えれば誤魔化せると思っていました。しかし、そんな問い掛けすらありませんでしたよ。何故なら、怪文書は戻ってきてしまったからです。翌日、目を覚ました私が見た物は、部屋一面の紙……紙……紙……、台所にも、風呂場にも、トイレにも、冷蔵庫の中でさえも……私は幻覚を見ているのではないかと自分を疑いました。しかし、触れば確かにソレは実在し……そして、私は諦めました。ばら蒔く事にしたのです」


「それが一番最初の怪文書なんだな?」


「そうです。ですが、この時は一度ばら蒔けばそれで終わりだと思っていました。しかし、違っていた。怪文書の存在が一躍有名になり、騒ぎになった時、私は聞きました。『この騒ぎはあなたの想定内ですよね?』と。するとあの人は笑いました。『そうだよ。全て計画通り』と。そして、あの人は二つ目の怪文書の束を私に渡しました。でも、私は拒否しました。『これは犯罪だ。犯罪を隠す為に犯罪を犯す程、私は馬鹿じゃない』と。しかし、あの人は言うんです。『私が守ってあげるから』と。そして、こうも言うんです。『お前は私に恐怖を与えた。そんなお前が私の協力者にならなくて誰がなる? お前は私の破滅の手伝いをするべきなんだよ』と……」


「破滅? それはどういう意味だボズ?」


「分かりません。意味など聞けませんでしたよ。私はただ圧倒されて……あの人に恐怖して、ただ言う事を聞くしかなかった。私はあの人の指定した日、指定した時間、指定した場所に怪文書をばら蒔くしかなかった。そして、二つ目をばら蒔いた次の日でしたよ。放火事件が起きたのは。私はすぐに察しました。『あの人は《王に選ばれし民》の仲間なんだ』と。怖かった……ただ怖かった……でも、反対に力を得たような気にもなりました」


「力……? 馬鹿な事を言うな」


 再び柏木をチクリと刺したのはユウシャ。ユウシャは柏木をギラリと睨む。


「わ……分かってますよ。馬鹿でした。勘違いでした。でも、強大な力を持つ《王に選ばれし民》の計画に私も関わっている。そんな恐怖が、日に日に自信へと裏返っていってしまったのです」


「だからお前は、俺とボッズーと駅前公園で出会った時、自分が怪文書を作って、事件を起こした張本人だと言ったのか?」


「え……えぇ、だって、私が怪文書をばら蒔かなければ事件は起きなかった。私がばら蒔いたから事件は起きて、騒ぎも起きている。何か大きな事を起こしてる……そう、言ってしまえば、時代を動かしている。そう思っても仕方がないじゃありませんか?」


「仕方なくねぇだろ……」


 今度刺したのはセイギ。セイギは拳を作って地面を強く叩いた。


「ひぃぃぃ……」

 このセイギの行動に柏木は驚き、再び震えた。

「や……やっぱり英雄は怖い。嫌いだ……」


「何? 嫌い? お前が変な事を言うからだろ!」


 セイギが怒りを見せると、


「ひぃぃぃ……」

 柏木は更に震えて

「だ……だって」

 と言い訳を始める。

「あ……貴方達は少し前までは私の敵でしたから、嫌いなのは仕方ないじゃありません? あぁ~仕方なくないですよね! 仕方なくは! 今は助けてくれているんですから! で……でも、実際少し前までは私は貴方達に追われる立場でしたから、嫌いは嫌いでした。だから、少し貴方を、赤い英雄さんを翻弄してやろうと考えてしまったのですよ……で、でも今は好きです! 今は好きですよ! 英雄さん達は英雄ですから!」


「はぁ……調子のいい奴だなボズ。ムカつくボズよ……サッサと話を戻せボズ!!」


「は、はい!」


 柏木は怒気の籠ったボッズーの言葉に、更に更にと震えてやっと話を戻し始める。


「『何であんな嘘をついてしまったのだろう』と、今は反省していますよ。あの時に貴方達に助けを求める事が、本当の正解だったのに。おそらく私は名誉が欲しかったんでしょうね……」

 柏木はまるで他人事の様な言葉を呟く。それから、何かを思い出した様に「あっ!」と呟くとこう言った。

「そうだ、そうだ、因みに、本当に怪文書を作ったのは《芸術家》と名乗る人でしたよ」


「お前、芸術家と会った事があんのか?」


 セイギが聞くと、柏木は頷く。


「はい、何度か。一度目は放火事件が判明した朝でしたね。私の家に来たのです。ですが、玄関からではありません。どうやったのかは分かりませんが、私がトイレを開けると便器に座っていました。『不審者だ!』と驚きましたが、よく見れば顔の作りが人間とは違う。すぐに《王に選ばれし民》の方だと察しました。そして、彼は誉めてくれたのです。『貴方のお陰で計画通り作戦を始められました』と。そして、こうも言いました。『計画に参加してくれてありがとう。しかし、そのせいで貴方も英雄に狙われてしまうかもしれません。そんな時はこれを使うのです』と。その時貰ったのが、ダーネの入った小瓶とさっきの液体の入った小瓶です。《バケモノ》や《ダーネ》という言葉や、小瓶の使い方などは、その時に教わりました。ただ、芸術家曰く二つの小瓶を私に渡せと言ったのは、"あの人"らしいのです。私の身を案じての事だそうです……この出来事があって、私はあの人を信用し始めました。その前にも『私が守ってあげるから』という発言がありましたし……そして、さっき私が言った『恐怖が自信へと裏返った』という発言の補足になりますが、この時から私は、力強い仲間と共に壮大な計画を謀るメンバーの一員になったつもりになりました」


「おい、全然無理矢理ではないじゃないか。騙されているとも知らずに……馬鹿か」


「そうですね。青い英雄さんの言う通り、途中から無理矢理ではないです。言葉に語弊がありました。しかも騙されていたのに、私は大馬鹿でした……それから、二回目に芸術家と会ったのは赤い英雄さんと初めて会った日ですよ。芸術家は英雄さんに追われる私を助けてくれました。あの人もあの場所に居ましたね。私は指定された場所に、指定された時間に、怪文書をばら蒔きに行っただけだったので、何も知らされておらず実際二人が現れた時は驚きました。あの人のバケモノの姿もあの時初めて見ました……格好良かった」


「なんだとボズ?」


「あ……いや、本心が」


「お前、まだ《王に選ばれし民》の仲間でいるつもりみたいだなボズ! お前は騙されて殺されかけたんだぞボッズー!」


「わ、分かってますよ! ただ人間の考えはそんな簡単には変わらない……いや、嘘です! 嘘です! さ、三回目に芸術家と会ったのは現在進行形で起こってる輝ヶ丘を封鎖する計画を聞かされた時です。その時は単純に、これから起きる事と、『輝ヶ丘が封鎖された後も普段通りの生活をしろ』と命令されただけです。多分、怪しまれない行動をしろって事なんでしょうけど、私は私自身を嫌な人間ではないと自負しているので、"普段通りの生活"なんて無理でした。罪悪感を紛らわす為に仕事をする事を選びました」


「ふ~ん……そうか。で、他には? 他には何を知ってる? 輝ヶ丘で現在何が行われているとかは?」


「あ……赤い英雄さんも何だか怖い喋り方に変わってるな。嫌だな……あ、現在の計画の話ですね。ごめんなさい。それは何も知りません。私は仲間のつもりでいましたけど、実際は私に質問権は与えられていませんでしたから、向こうが教えてくれなければ何も知りません。あ……でも、もう一つ知ってる事がありました! 怪文書、アレは芸術家が一枚一枚手書きしてるらしいですよ。だから裏面を見てみるとインクが染みててコピーじゃないという事が……」


 柏木は喋っている途中。だが、セイギが止める。


「それはどうでも良い。もっと良い情報はないのか? バケモノの能力とか、弱点とか」


「あ……いや、そういうのは私は知りませんので。他に良い情報……う~ん……」


「もうないか?」


「あ……そうだ。"あの人"とずっと呼んでいましたが、あの人の名前はですね……」


 柏木は喋っている途中。だが、これもまたセイギが止める。


「それはもう分かってるよ」


 ―――――


 そして、英雄達は巨大テハンドに立ち向かう事に決めた。やるのは強行突破。彼らはバケモノが輝ヶ丘に居る事を知っている。愛から聞いて知っている。彼女が輝ヶ丘に居る事を知っている………

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