第6話 剥がれた化けの皮 3 ―助けてくれぇ!!!!―

 3


 セイギが自分の間違いに気が付いたのは、ボッズーが柏木に強烈なタックルをくらわせた直後だった。


 ―――――


 パリンッ………


 柏木がポケットから取り出した小瓶が宙を舞い、地面に落ちて割れた後、


 ジュワ……


 何やら溶ける音がした。


「え………?」


 この音に一番早く反応したのは、小瓶の持ち主である柏木自身。そして、彼が漏らした驚きの声はすぐに恐怖の叫び声へと変わる。


「うわぁぁぁぁぁ!!!」



「な、なんだボズ!」

 この柏木の叫びに、柏木を撥ね飛ばしたばかりのボッズーは急いで振り返る。



「ど、どうした!」

 柏木に追い付いたばかりのセイギはまだ何が起こっているのか分かっていない。



「何があった!」

 再び住居の屋根を跳んで跳んでやってきたユウシャもまだ訳を分かっていない。



 しかし、


「ひぃぃぃ………ぃぃぃ」


「「「あ……あれは!!!」」」


 道路に倒れる柏木が恐怖におののく表情で見詰める先を見た時、三人は気付く。

 固いアスファルトがドロリと溶けてしまっている事に……


「な……何だよコレ!」

 驚いたセイギはその場所に近付く。

 そして、スライム状にブヨブヨと、それでいてブクブクと泡立つアスファルトに触ろうと、セイギがしゃがみ込もうした時、


「たぁ……助けてくれぇ!!!!」


 突然、柏木がセイギにしがみついてきた。


「なっ何だ! やめろ!」

 今度はこの柏木の挙動に驚きセイギが柏木を引き剥がそうとすると、柏木は言った。


「全部話す! 全部話すからぁ~~! た……助けてくれぇ!!!!」


「え………?」


 ――――――


「それじゃあ……お前は、ピンチになったらこの小瓶に入った液体を飲めって命令されていたんだな?」


「そ……そうです」

 柏木はユウシャの質問にコクリと頷いた。

「飲んだら、私もバケモノになれるって聞いていたんです……」


「でも、嘘だった」


「うん……」


 ユウシャの言葉に再び頷いた柏木はブルルと震える。この震えは恐怖からか、それとも寒気か。そのどちらでもあるだろう。

 現在、柏木は英雄達に連れられて人気(ひとけ)のない高層マンションの屋上に来ていた。ビュービューと冷たい風の吹く屋上に。

 英雄達はこの場所を柏木を取り調べる場所に選んだのだ。さっきまでの場所では、そろそろ騒ぎを察知した人々が集まり始めていて、柏木とじっくり話をするには適していなかったから。


 ビュー……ビュー………


 再び、屋上には冷たい風が吹く。


 屋上の冷たい地面に体育座りで座っている柏木は、自分の体に腕を回し体を擦った。その体は震えている。

 この震えは寒さだろう。しかし、次の震えの起因は恐怖だ。


「アレを飲んでいたらどうなっていた事か……考えるだけでも恐ろしいです」


 柏木はボソリと呟いた。

 そんな柏木に噛みつく様に言葉を返したのはボッズーだ。


「そうだボズよ! お前は俺に感謝しろボズ! お前が持たされていたのはバケモノになれる液体なんかじゃなくて、アスファルトすらもドロドロに溶かす"酸"だったみたいだボズからね! しかも、《王に選ばれし民》が用意した物だろう?だったら普通の酸でもないボズ! 俺がお前にタックルを決めていなかったら、今頃お前は肉も骨も溶かされて命を落としていたんだボズよ!!」


「ひぃぃぃ………」

 この言葉を聞いた柏木は、溶けた地面を見た時と同じく体を大きく震わして、震えと比例する様に大きな声で泣き出した。

「分かってます! 分かってます! 感謝してます! だからもうその事を思い出させないでぇ」


「おいおい、ボッズー! 今はこの人をそんなに責め立てんなって」

 ここでボッズーと柏木のやり取りに割って入ったのはセイギ。

 セイギは今、柏木の目の前に胡座をかいて座ってる。そんなセイギは柏木の大きく落した肩をポンポンと叩いた。

「ほらほら、いい大人がそんなに泣くなよ。それより、俺達に全部話してくれるって約束だろ?」


「う……うん」


「だったら聞きたい。お前はさっき、自分もバケモノになろうと思って液体を飲もうとしたって言ったよな? じゃあ、お前はバケモノではないんだな?」


「そ……そうです」

 柏木はコクリと頷く。


「じゃあ、お前はいったい何なんだ? 《王に選ばれし民》とはどんな関係なんだよ?」


「か……関係……そ、それは……何というのか、そこまで深い関係ではないのだけれど……」


「深い関係じゃない。そうか。じゃあ、何だよ?」

 ハッキリと言わない柏木に少し強い語気でセイギは聞く。

 セイギは今は柏木に優しげに接しているが、この男が本当に全部を告白しない限りは解放しないつもり。仮面で隠れて見えないが、その仮面の奥の瞳は《正義の心》で真っ赤に燃えているのだ。


「えぇ……と」


「ハッキリ言えよ、いつまでも俺が優しくしてると思ったら大間違いだぞ」


「あ……あぁ、分かってます。分かってますよ。話しますって……」


 そうして柏木は話し出す。自分がこの事件でどんな役割を担っていたのかを……

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