第5話 化け狐を追って 10 ―お婆ちゃんの嘘―

 10


 太陽が昇り、朝が来た。

 しかし、それは輝ヶ丘以外での話……巨大テハンドによって太陽の光を遮られてしまった輝ヶ丘では依然として闇しかない。


 ― いつまで経っても夜みたい……


 寝室のカーテンを開いた愛は心の中で呟く。


「じゃあ、行くか……」


 そして、今度は口に出して呟く。


 それから、愛はパジャマから着替えた。可愛い服は選ばない。愛が選んだのはスウェットだ。グレーのスウェット。駅前公園で懸垂をしていた時に着ていた物だ。

 何故スウェットなのか、その理由は『今日は動きやすい格好が良いだろう。動きやすい格好にするべきだ』と思っているから。


 それから、愛は自室を出てキッチンに向かうと料理を始めた。料理といってもハムエッグ。わざわざご飯も炊いた。腹が減っては何とやら、頭も働かないし、体も動かない。

 愛はもりもりと食べた。


 時刻は午前8時30分。いつもなら愛の両親はとっくに起きている時間だが、どうやら今日はまだ寝ているらしい。

 昨晩、両親は愛が『そろそろ寝ようか』と考えていた午前0時直前に帰ってきた。愛が話を聞いてみると、二人は一昨晩自宅を襲われた近所のお爺さん(安田さん)の手助けを行った後、ご近所さんと一緒に赤い石の捜索を行ったらしい。

 50歳を超えた二人がそんな一日を過ごしたのなら、朝寝坊も仕方がない。仕方がないし、二人が寝坊してくれている事は愛にとっては好都合だった。


 何故なら、愛はこれから出掛ける予定だからだ。両親が起きていれば止められてしまう。愛は止められても出掛けるつもりではあるが、両親が寝ている間に出掛けられるなら、両親を説得するのに苦心する必要はない。だから好都合なんだ。


 それから、愛は朝飯を食べ終わるとすぐに家を出た。愛は昨日の夜は0時過ぎに寝たから、8時に起きて合計8時間睡眠。俯き加減で歩いてはいるが、その足取りは急いでいて、重くなく、速かった。前髪を少し残して後ろで一本に結んだ髪がゆっさゆっさと揺れている。


 愛が何処に向かっているのか、それは山下だ。

 目的は買い物じゃない。先輩に会うつもりなんだ。

 愛は『昨日、先輩の記事を読みました』と、萌音に伝える為に歩いているのだ。



 ドーンッ………



「あっ……また鳴った」


 それにしても、今日の輝ヶ丘は変だった。空からまるで銅鑼どらを叩く様な音が聞こえてくるのだ。


「ずっと鳴ってるな。今日は輝ヶ丘以外は雨なのかな……」


 愛はポツリと呟いた。

 この音は『ドーンッ……ドーンッ……』と続けて聞こえる事はないが、『ドーンッ……』と鳴ると、暫くしたらまた『ドーンッ……』、今日はこれがずっとなんだ。

 愛はこの音を『雷の音だろう』と思っていた。『雷が輝ヶ丘を覆い隠している物にぶつかっているんだろう』と。『一昨日に見た天気予報では、暫くはずっと晴れだって言ってた筈だけどなぁ……』と思いながら。


 もし、愛が《空が割れた日》の轟音を間近で聞いていなければ、『これが空が割れる前兆の音か……』と思ってしまったかもしれない。しかし、"あの日"に愛は間近で聞いた。だから、そんな勘違いはしない。間近に聞いた者なら音の質感が違っていると気付けるくらいに違っていたから。


 ドーンッ………


「あっ……また鳴った」


 愛は『雷だろう』と思っていながらも、この音が何やら気になって仕方がなかった。


 そして、度々空を見上げながら歩みを進めた愛は、あっという間に山下に着いた。



「えっ……居ないんですか?」



「そうなんだよ。高校に行くって言ってたねぇ。出たのはついさっきだよ、追い掛けたら追い付くんじゃないかねぇ」


 店の軒先を箒で掃いていたお婆ちゃんに出会った愛は、その場で『先輩いますか?』と聞いてみた。だが、お婆ちゃんの回答は残念ながら『居ない』との事。


「そっか……分かりました。ありがとうお婆ちゃん、じゃあ追い掛けてみるよ」


 居ないのならば仕方がない。愛は踵を返し、すぐにその場をあとにした。


 ― でも、高校って今は休校中だから入れないよね……何するつもりなんだろ?


 そんな事を考えながら……

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