第5話 化け狐を追って 5 ―柏木を追って―

 5


「ウギャァァァァァァァァァァ!!!!!!!」


 ガキセイギの存在に気付いた柏木は突然口をあんぐりと開けて、まるで断末魔の様な、それでいて威嚇するかの様な叫びをセイギと勇気……いや、ガキユウシャにぶつけた。


「騒いだって無駄だ! サッサと正体を現せバケモノッ!!!」


 ユウシャはホルスターから二丁の拳銃を抜いて柏木に向けた。


「煩いッ! られて堪るかッ!!」


 しかし、ユウシャの銃口が己に向けられても柏木に怯んだ様子は見られない。怯むどころか、柏木はズボンのポケットから手のひらに収まるくらいのサイズの小瓶を取り出した。


「ダーネか! させるかよ!!」


 セイギはその小瓶の中に何が入っているのかを知っている。セイギは柏木の動きを止めようと手を伸ばした。だが、セイギの手が柏木の手に触れたその寸前、柏木は小瓶を頭上に向かって投げてしまっていた。


 パリンッ………


 ガラスの割れた音がした………かと思うと、体を丸めたダーネの大群が降ってくる。雨だ。ダーネの雨が暗くジメジメとしたガード下に発生してしまった。


「うわっ!」


 セイギは驚きの声を発した。だが、セイギは止まらない。咄嗟に腕時計から大剣を取り出し、瞬時に動く。大剣を振り上げ、落ちてくるダーネを弾き飛ばす。


「クソッ!!」


 ユウシャも同様だ。二丁拳銃を頭上に向けてレーザーを放つ。


 ガードの高さは5m近くはあった。その為、英雄二人が出現したダーネに反応する時間は十分に与えられていた。セイギもユウシャもダーネのボディプレスをくらう事なく、自分の立つ場所くらいは容易に確保出来た。

 しかし、ダーネは大群だ。自分の立つ場所は確保出来ても、結局二人はダーネに囲まれてしまう……


 そして、瞬時に動いたのは英雄二人だけではない。

 柏木もそうだった。

 柏木は小瓶が割れる音を聞くと本郷五丁目へと続くガードの出口に向かって駆け出していた。


「英雄なんかに殺られる私ではない!!」


 まるで捨て台詞……


 今回、柏木が出現させたダーネはセイギと駅前公園で出会った日とは違って辺りにばら蒔いた訳ではないから、駆け出した柏木がダーネに囲まれる事はなく囲まれてしまったのは英雄二人のみ。柏木は血肉を欲して人間に群がるゾンビが如くダーネと、それに囲まれたセイギとユウシャを尻目にガードを抜け出す事に成功した。


「馬鹿共が、馬鹿共が……俺は簡単には殺られないぞ」


 柏木は肩で息をするもホッと一息。その顔はニヤリと笑った。



 でも、柏木は忘れている。英雄達にはボッズーがついている事を。



「逃がすかボズ!!!」


 ボッズーは待機していたんだ。ガードの上空で。もし、柏木が英雄二人の挟み撃ちを潜り抜けてガードから出てきてしまった場合に備えて。


「鳥ッ!! そうか、鳥もいたんだった!!」


「鳥じゃないボッズー! ボッズーだボッズー!!」


 自分の声に振り向き自分の事を『鳥』と呼称した柏木に向かって怒鳴りながら、ボッズーは大きく翼を羽ばたかせ近付く。

 そのスピードは流石ボッズーだ。爆速だ。


 でも、そんなボッズーにも柏木は素早く反応してしまう。


「気持ちの悪い鳥め! 私に近付く事は許さんッ!!」


 柏木は右手に持っていたコンビニ袋からを透明で四角いカップに入ったサラダを取り出すと、それをボッズーに向かって投げ付けた。


 柏木は見た目だけを見れば細身で運動神経なんて無さそうな男だが、実際はその見た目に反して良い方なのかもしれない。

 サラダを投げる投球フォームはかなりしっかりとしていたし、狙いも確かで、爆速で飛んできたボッズーの顔面にサラダは思いっきり直撃した。

 そして、四角いカップはボッズーにぶつかった衝撃で歪んだ………と同時に、そのカップの中に入っていたドレッシングが入った丸いカップの蓋は外れ、歪んだ四角いカップからはドレッシングが飛び散った。


「うわっ!!!」


 これはボッズーにとってマズかった。柏木が投げたサラダは『シビ辛ドレッシングのロメインレタスのサラダ』だ。シビ辛なのだから勿論、痺れる物だ。ボッズーの目は大きい。大きな大きな黄色い瞳が特徴的なのがボッズーだ。そんなボッズーの目にシビ辛ドレッシングが入ってしまった。


「痛ぇッ!! うわぁ~なんだこりゃあ!!!!!」


 ボッズーにとっては柏木がサラダを投げたのは突然の事。サラダが顔面に直撃したのも突然の事。飛び散ったドレッシングが目に入ったのも突然の事。ビリビリ痺れるからくてツラい痛みなんて更に更に突然の事だった。

 だから、ボッズーは辛くてツラい痛みに堪え切れず、目を開いていなければならないと分かっているのに思わず閉じてしまった。


「ほほほ! 私はついてる!!」


 柏木はこの攻撃を狙ってやった訳ではないらしい。柏木は目を瞑ったボッズーの飛行が不安定になってフラフラと自分の斜め後ろに飛んで行ったのを見ると、折角買った夕飯が台無しになってしまった事なんか気にせずに小踊りをして喜んだのだ。


「おっと……しかし、喜んでいる場合ではない! 逃げなくては!!」


 しかし、柏木はすぐに喜びを捨てた。そして、走り出す。


 柏木は本郷五丁目に住んで5年になる。もうこの町は柏木にとっては庭みたいなものだ。

 本郷五丁目の大部分が住宅街で出来ているのだが、その町並みを上空から見た人がいれば『この町の道は迷路の様だ』と例える人もいるし、『蟻の巣の様だ』と例える人もいる。簡単に言えば入り組んだ道の多い町なんだ。

 そんな町が柏木の庭、どの道を通れば何処に着くのか、どの道を通れば人が迷ってしまうのか……それを柏木は熟知している。だから柏木は土地勘の無い人間が入れば迷ってしまう道を選んで逃げた。


 もしかしたらこの戦い……神が味方しているのは柏木の方なのかもしれない。


 それから、セイギとユウシャがガードから出てきたのは、柏木が走り出してから約30秒後………


 この30秒がデカかった。


「何処だ! ちきしょう! 何処行った!!」


「柏木ッ!!!」


 セイギとユウシャはガードから出てくると、すぐに辺りを見回した。しかし、柏木はもうそこには居ない。


「逃がして堪るか!!」


 セイギは「うぅ……」と痛みに唸るボッズーを抱き上げると、すぐに柏木を探し出す為に走り出した。


「今更見失うなんて、こんな失態はないぞ!!」


 ユウシャも同様、二丁拳銃をその手に持って走り出す。


 …………………しかし、二人は柏木を見失ってしまう。そして、輝ヶ丘は終わりを迎えるのだ。




 ………………




 ……………………………。




 …………なんて事がある訳がない。


 セイギとユウシャは英雄だ。神が味方する者は、やはり平和を愛する英雄なんだ。……きっと。

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