第5話 化け狐を追って 3 ―待って、待って、待って―

 3


 柏木は確かに朝まで働いた。

 5時過ぎには店を閉め、店の清掃を行って……


 因みに、この時に受付カウンターの下の『忘れ物入れ』と書かれた段ボール箱の中からボッズーはこっそりと抜け出した。それからすぐにビルも出る。

 ビルを出たボッズーはカラオケのあるビルの屋上で正義と勇気と合流し、ミルミルミルネモードを使って柏木の監視を続けた。ゆっくり丁寧に店の清掃を行う柏木の姿が、赤外線カメラで透視した様にボッズーの目に映る。


 そして、柏木がビルから出てきたのは6時過ぎ。

 そして、出てきたかと思うと柏木は同じビルの1階の牛丼屋に入っていった。


『仕事終わりの朝食を取るんだろう』


 三人は三人ともそう思った。


 ―――――


 再度の因みに、未成年という事で朝までカラオケには居られなくて、他の店にも入れなくて、勿論輝ヶ丘にも帰れなくて……な正義と勇気が朝まで何処に居たかというと、それは本郷の駅前に並ぶ雑居ビルの屋上の上だ。それもジっとはしていない。ビルからビルへと跳び回っていたんだ。ビルからビルへ、更にまたビルからビルへ……それも、"変身"しながら。

 これは、暇潰しに二人で鬼ごっこ……なんて事じゃない。"とある事情で"だ。しかし、その話は今回の事件には関係がない事なので、詳細を語るのはまた今度にしよう……


 ―――――


 柏木は確かに朝食を食べていた。


 三人は現在、屋上の鉄柵を乗り越えて屋上の縁に"親愛なる隣人"の様にしゃがみ込んでいる。

 ボッズーはミルミルミルネを使って牛丼屋の中の柏木を監視し、正義と勇気はビルの下を覗き柏木がいつ牛丼屋から出てくるのかを待っている。


「まだかよ……寒いなぁ」


 30分以上経っても柏木は出てこなかった。時刻はもう7時を過ぎた。現在二月、二月の朝の7時。まだ太陽もひょっこりと顔を出したくらいでかなり寒い。正義の体はガタガタと震え出した。

変身した状態であれば寒さもしのげるが、今はそうじゃない。正義はとにかく寒いのだ。


「ボッズー、まだアイツは食べてるのか?」


「食べてるボズよ。もう食べ終わると思うけど。後、焼き魚が一切れボズ」


「もう……早く喰えよぉ~~」


 柏木は牛丼に加え、焼き魚定食も頼んでいた。それをゆっくり、じっくりと食べているから遅いのだ。


「あっ、最後の一口をいったボズ! 食べ終わるボズよ!……ん?」


「ん? 『ん?』ってなんだ? ボッズー、何が起こったんだ? 教えろ……」


 勇気も正義と同じで寒いみたいだ。自分自身を抱き締める様に体に腕を回し、回した両腕で体のサイドを擦っている。


「いや、勇気ちょっと待ってくれボズ……あっ! あらら!」


 そんな勇気の質問にボッズーはまともに答えずに『あらら! あらら!』と言い続ける。


「おい……『あらら』って何が起こっているんだ? 俺達には店の中は見えない。ボッズーにしか見えていないんだぞ、ちゃんと説明してくれ」


「う……うん、それがねボズ。ごはん食べ終わったらアイツ、"裏に回った"ボズ!!」


「裏? 裏って何よ?? うぅ……寒い」


 正義はもうガクブルだ。歯はガチガチと鳴ってるし、体は震え過ぎてしまって、机の上に置いたマナーモードの携帯に着信が届いた時の様に、ちょっとずつちょっとずつと無軌道に移動してしまっている。


「裏は裏だよ、裏! アイツは荷物を持ったまま従業員が入ってく所に入ってったボズ! あっ! 嘘だろボズ!!」


「何が嘘なんだ! ハッキリ言え! ちょっ……正義動くなって! 落ちてしまうぞ!!」


 勇気はまた苛立っていた。ボッズーは勇気達に自分が見えている出来事を言葉にして伝えようとしない。リアクションが先行してしまっている。だから、勇気も正義も何に対してボッズーが驚いているのか分からない。

 でも、勇気が苛立っている一番の理由はなんてったって寒さだ。だって、今の勇気は寒いのに体を擦って熱を起こす事も出来ていないんだ。だって、激しく震える正義がビルの縁に近付き過ぎてそのまま落ちてしまいそうになっているから。勇気は必死に正義の動きを止めようとしているんだ。


「ごめん! ごめん! あのなボッズー! アイツ、食べ終わったと思ったら、制服に着替えて働き始めたボッズーよ!!」


「えっ?!」


「はぁあ?」


 正義と勇気の震えは止まった。



「嘘だろぉ!!!」


「そんな、まさか……」



 驚き過ぎて止まった………



 ―――――



 それから……



 それから……



 正義達は来た。



 牛丼屋のあるビルから道路を一つ挟んだ向かい側に建つビルに。


 そのビルの2階の、7時に開店したばかりのファミレスに。



 ……………



 ……………………。



 英雄に選ばれた者とはいえ、流石にあのまま寒空の下で居るのは厳しかった。


 柏木が再び働き出した事を知った三人は、辺りを見回し、『何処か監視を続けるのに適している場所はないか?』と探した。そして、見付けたのがすぐ目の前にあったファミレスだ。ファミレスなら暖を取れる。長時間居たって良い。好条件過ぎる場所だった。


 更に、開店したばかりのファミレスは客もまだまだ少なくて、正義達は柏木が働く牛丼屋を睨むのには丁度良い席を選ぶ事が出来た。

 それは窓際のソファ席。

 その場所からなら、正義は首を右に、勇気は首を左に傾ければ、柏木が働くビルをほぼ正面から睨める。


 この場所で正義達は柏木の監視を続ける事にした。


 ………が、誰もが納得している訳ではない。


 口論はあった。


 口論はあったが、最終的には三人とも柏木がビルから出てくるのを待つと納得した。


 その理由は『もしかしてアイツは時間稼ぎをしているんじゃないのか?』という勇気の問い掛けに対してボッズーが出した返答に正義も勇気も納得したからだ。


 その返答はこうだった。


『確かに、時間稼ぎをしているのかも知れないボズな。でも、バケモノとはいえ柏木は所詮は人間だボズ。だから、その体力が尽きる時は必ず来る。その時を待つんだボズ。アイツの体力が尽きれば、アイツがビルの中に居ても戦いは容易になるし、アイツが仕事を上がってビルから出てくるならそれもまたそれで良いボッズー。とにかく、待つんだボズよ。そして、待ってる間に正義と勇気は英気を養って自分自身の体を整えておくんだボズ。二人とも昨日からまともにご飯も食べてないし、まともに寝てもいないだろ? それを待ってる間にするんだボズよ! そうすれば、向こうは自分の体力をドンドン削って、こっちは逆に体力をドンドン回復させて、ドンドン戦いを有利に出来るからねボッズー!』


 この提案に正義と勇気は乗った。

 乗らざるを得ない程、二人はヘトヘトでもあったし……


 それから、二人は飯を食い。それから、交互に睡眠を取った。

 それから、お昼の12時。驚くべき事に、柏木は牛丼屋を退勤したかと思ったら、再びカラオケ店での勤務を始めた。

 その事を知った時、三人は三人とも『もし』ではなく、『絶対に』と、柏木が時間稼ぎをしている事を確信した。その時間稼ぎが英雄達が近くにいる事に気付いての時間稼ぎか、それとも正義が柏木の自宅前で言った『殺人犯は絶対どこかに身を隠す』という理屈の通り、身を隠す為の時間稼ぎなのかは分からない……でも、三人は三人とも確信した。


 それから……


 それから……愛との通信も取れて、愛の安否を知れた正義達は更に更に待った。



 そして、



 日も暮れた夕方17時……遂に柏木がビルから出てきた。

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