第5話 化け狐を追って 2 ―馬場老人は語る―

 2


 アパートに響き渡った声に老人は


「何なんだお前! やめろ!!」


 と驚き、怒りながらも、


「柏木の話を聞かせろ? いったい何でだ? お前らいったい何者……おっ、おい! だから大きな声を出すなって!! もういい、近所迷惑だ! お前ら中に入れ!!」


 ……と、ドアに挟まれた正義の頭をピシャリと

 叩くと、やっと正義達を家の中に入れてくれた。


 ………



 ……………。



「あぁ? 財布? お礼? だから柏木を探してる? 本当かぁ??」


 正義達は家の中に通されると、塾で話した"作り話"を老人にも話した。

 因みに、老人の名前は『馬場』と言うらしい。


 馬場老人は始めは正義と勇気の話を疑って聞いていた。だが、二人があまりにも熱心に話すものだから、徐々に信じ始め、最終的には正義と勇気が質問をしなくても自分から柏木との関係を話してくれるようになった。


「俺とアイツは牛丼で繋がったんだよ……って言っても意味が分かんねぇよな? 駅前に牛丼屋があんだろ? あそこでな、アイツが引っ越してきた3年くらい前から俺達はよく顔を合わせてたんだ。でも、その頃のアイツは人見知りなのか無愛想でな、隣に住んでんのに一つの挨拶もしてこねぇ。だから俺も挨拶しねぇ。逆に睨み付けてやってたくらいだ。それがよぉ、1年くらい前だったかな?アイツ、牛丼を喰いながらメソメソ泣いてやがったんだ。だから俺は『こんなもん泣いて喰うもんじゃねぇぞ、飯喰う時ぐらいは元気出せ』って話し掛けてやったんだよ。したらアイツは泣き止むどころか更に泣き出してよぉ、『人が憎い、人が憎い』って何度も何度も言いやがるんだ。『あぁ? そりゃどういう意味だ?』って聞いても、理由は話さねぇ。ただ『人が憎い、人が憎い』って何かに絶望したみたいに言い続けてなぁ。仕方ねぇから、もう一杯牛丼を奢ってやったんだよ。『腹一杯喰って元気出せ』ってな意味でな。そしたら次の日からだよ、妙に愛想良くなっちまって。懐かれたっつーのかなぁ。あ、すまねぇ、もう一缶追加させてくれ」


 そう言うと馬場老人は、小さなちゃぶ台の上に今飲み干したばかりのビールの空き缶を置いて立ち上がった。

 それから、トボトボと少し曲がった背中を揺らして台所に行くと、冷蔵庫からビールを一缶持って戻ってきた。


「すまんな、今の時間は飲む時間なんだ。明日の活力の為に飲んどかねぇと。お前ら今幾つだ?二十歳超えてんのか? あぁ? 17歳? どっちも? おいおい、鼻垂れ小僧じゃねぇか。じゃあ、我慢だな。まぁ、せめて水だけでも出してやんよ」


 馬場老人はもう一度立ち上がって台所まで行くと、水道を捻り、小さなコップに水をなみなみと注いで二人に手渡した。


「申し訳ねぇが、俺んちの冷蔵庫にゃ酒しか入ってねぇんだ。それで我慢してくれ。んでなぁ、さっきの話の続きだが、妙に懐かれてからは二人で飯を喰うようにもなってな。あ、でも金はねぇ。俺は年金貰ってやっとこさの、しがない掃除のパートだしよ、アイツは留学したいだ何だかでバイトを掛け持ちしてる野郎だ。だから飯喰うって言っても、値引きの惣菜持ち寄って家で飲むか、それこそ牛丼屋だよ。んで、そんなんで仲良くなったんだけど……あぁ? 俺はいったい何の話がしたかったんだ?酔いが回るとこれだから仕方ねぇや。話に纏まりがなくなる。まぁ、良い。ジジイに好きなだけ話しをさせろ。今日のつまみはテメェらの顔だ。未来ある若者の顔つーのはキラキラしてて良いやな。こう見えても俺にもよぉ、孫がいんだよ。いるって言ってもちゃんと顔も見たこたぁねぇがな。昔、嫁さんに逃げられてな、俺こんなんで酒好きだからよぉ、愛想尽かされちまって、娘連れて出てっちまったんだ。そん娘もいつの間にか結婚したらしくてよ、子供がいるんだと。娘からは『孫に会わせたい』ってな感じで、何度か手紙や電話を貰ったが、俺も人見知りなんだなぁ。会いに行く決心がつかなくて……いや、違ぇな。そりゃ言い訳だ。二十数年前にリストラが流行ったろ? そん時に早期退職の旨味に乗っかって、大金貰って会社を辞めたのは良いが、元来買いはしねぇが、飲む打つ好きな俺だ。あっという間に金を失くしちまった。んで、こんなだらしねぇ人間の誕生だ。嫁も子供も一緒だったあの頃とは全然違ぇ。これじゃあ、娘にも孫にも格好つかねぇよ……だから会いに行く勇気を持てなかったんだなぁ。今頃その孫は丁度テメェらと同じくらいの年齢だろうな……はぁ……ため息出ちまうよ……って、そんな話じゃなかったな、ハハッ!」


 馬場老人はつるりと禿げ上がった頭をピシャリと叩いて、ヤニで黄ばんだ歯を見せながら大きく笑った。


「まぁ、そんなこんなで柏木の野郎と俺は仲良くやってる訳よ。片や三十路近くにもなって留学だどうのと夢見てやがる男と、家族も金も失くなって夢も希望も失くなっちまった男がな……あぁ? 何だってノッポ? 『まだまだこれからですよ』だぁ? こちとら今年で73歳になんだ! "まだまだ"も"これから"もねぇんだよ! クソガキが! それで励ましてるつもりかぁ? ハハッ! まぁ、嘘だよ、ありがとなぁ。テメェにはさっき怒鳴っちまって悪かったな。若いのが元気なのは良い事なのによ。ん? 『柏木は何時に帰ってくるか?』だって?? そりゃあ、夕方に出た時は夜勤だからなぁ、明日の朝だろうな。ん? 何だチビ? 『バイト先がどこか知ってますか?』だって?? あぁ、それなら駅前に牛丼屋があるだろ? そこの3階だよ、カラオケボックスだ。あ……ハハッ、今は"ボックス"は付けなくて良いんだったな? 職場の若いネェチャンに笑われた事がある、ハハハッ!!」


 酔いが大分回ったのか馬場老人は子供の様にケタケタと笑った。


 ―――――


 それから、馬場老人は


「明日のつまみにするつもりだったんだけどな」


 と言いながら、正義と勇気に焼き鳥を出してくれた。

 その焼き鳥を食べ終え、暫く馬場老人と談笑した後、二人は家を出た。

 次に向かう先は決まってる。

 馬場老人が柏木のバイト先と教えてくれたカラオケだ。


 そして、


「居た……」


『カラオケDONDON』……そんな名前の、小さなカラオケ店に入った時、勇気は正義に耳打ちをした。


「アイツがそうか……」


「あぁ、間違いない」


 店に入ってすぐの所にある受付カウンターの向こうに立っていた店員、その風貌で特徴的なのは度の強そうな黒縁のメガネと、その奥に見えるキツネの様につり上がった目……その姿は明らかに柏木だった。


「陰湿そうな奴だ……」


「あぁ……」


 …………



 ………………。



 そんな宿敵に丁寧に案内をされて、正義と勇気は受付に程近い一室に通された。


「どうする? やるか?」


 今日の勇気は血気盛んだ。ドリンクバーで入れてきたコーラを一口飲むと、柏木が戻っていった受付の方向を睨みながら拳を強く握った。


「そうだな……」


 それは正義もだ。やっと出会えた宿敵。逃す訳にはいかないのだから、正義もまた拳を強く握る。


 だが、


「待て待てボズぅ……」


 そんな二人をボッズーが止めた。


「は? 何故だ?」


「何で止めんだよ?」


 勇気と正義に聞き返されたボッズーの返答はまぁまぁ長い。………が、要約すると『このビルで戦うのは怖い』という内容だった。

『怖い』といっても『のは』と付けているのだから、『戦いが怖い』という意味ではない。場所の問題だ。


「逃がしたくないっていう二人の言い分は分かるボズ。でも、やっぱり俺は怖いボズよ。公園で会った時、相手は火の玉を使っただろ? そんな奴とこんな狭いビルで戦いを始めれば、絶対火災は免れないぞボズ。しかも、今はまだ日曜の20時過ぎ。さっきエレベーターに乗ってた時に、このビルの中をザッとミルミルミルネで見てみたんだけど、どの店もまだまだ客は多かった。そんな場所で火災が起きてみろ…………ここから先は言わなくても分かるよなボズ?」


 これを言われては正義も勇気も握った拳を開くしかなかった。


 そして、更にボッズーは言う。


「戦うのはアイツがこのビルを出てからにするんだボッズー! つか、出来れば人通りの少ない場所が良いボズね! まぁ、それはデカギライと戦った時みたいに、アイツがこのビルから出た時に、俺が後ろから掴まえて無理矢理そんな場所に連れて行けば良いんだけどボズ!」


 そして、こうも言った。


「まぁ、とりあえずここからの見張りは言い出しっぺの俺に任せろボッズー。だって、正義も勇気も未成年なんだから、22時までしかこの店に居られないだろ? だから、こっからは俺ボズ。正義、お前は退室の時にわざと俺をこの部屋に置いていくんだボズ。で、俺は柏木って男が本当に朝まで働いているのか、忘れ物ボックスの中にでも入って見ててやるボズ! 今までリュックの中でゆっくり休ませてもらったから、もう体力は満タンだボッズー! 任せろボズ!!」


 ………こうして、正義と勇気はボッズーの言い分を聞き入れ、柏木を見張る事にした。


 そして、22時になると正義はボッズーの指示通り室内にボッズーを入れたリュックを置いたまま退室した。



 そして、そして、



 ここからがめちゃめちゃ長かった………

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