第5話 化け狐を追って

第5話 化け狐を追って 1 ―化け狐を追って―

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 正義達が本郷に着いたのは、ピエロとの戦いが終わってから二時間半後だった。


 ピエロとの戦いさえ無ければ、ボッズーに飛んでもらってもっと早くに着けたのだが、戦い終わった後のボッズーは疲労困憊で、流石の正義も『バニラアイス買ってあげっから!』とお願いする気すら起きずに三人は普通に陸路を選んだ。


 三人は先ずは電車で行こうとした。

 本郷に電車で向かう場合には、輝ヶ丘からの電車に乗って行くのが一番近い。でも、現在はそうは出来ない。その為、正義達は一度風見に行って電車に乗ろうとした。だが、風見から乗れる電車も輝ヶ丘と同じ路線。輝ヶ丘と距離が近い事もあり、風見は警戒区域と認定されて、線路や車両の調査が行われているらしく、風見からも電車には乗る事が出来なかった。

 その為、電車よりか少し時間はかかるが正義達はバスに揺られる事にした。


 その道中、正義と勇気は塾で会った男性から教えてもらった本郷五丁目の『木ノ下』というラーメン屋の場所を調べた。

 その場所はバス停からは少し歩く場所、住宅街の中頃にある事がすぐに分かった。

 その近くのアパートに、ストーカー男=柏木という男が住んでいるらしい。


 それから、日も暮れた夕刻。やっと正義達は本郷に着いた。


 因みに、ピエロの言い分を半ば信じる形で再開されたこの捜索に、勇気はあまり乗り気じゃない。しかし『ピエロの言葉は嘘だ』と言い切る根拠は無く、嘘か本当かを見極める為にも(渋い顔をしながらだが)現在勇気は捜索に参加している。


 そして、"嘘か本当か"……勇気の中での答えが出たのは、アパートを見付けてすぐの事だった。


 それは『木ノ下』の本当にすぐ近くにあった『コーポ本郷』という古びたアパートの2階の角部屋の呼び鈴が二回空しく響いた後の事……


 ―――――


「出ないな……やはりコイツは本郷には居ないんだ。輝ヶ丘に居るんだよ」


 一回目の呼び鈴では誰も出ず、ほんの少しの間を置いて鳴らした二回目でも誰も出ず………勇気は正義に向かって『ほら、俺の言った通りじゃないか』といった表情で、呼び鈴ボタンの上にある『柏木』と書かれた表札を人差し指でコツンと叩いた。


「これで分かっただろ? こんな時間無駄だ。サッサと輝ヶ丘に戻ろう。こんな事に時間を割く位だったら、巨大なテハンドをどうこじ開けるかに時間を費やした方が有益だ……さぁ、行くぞ正義……」


 勇気はクリーム色のドアから離れて、アパートから立ち去ろうと歩き出した。勇気の喋り方は明らかに苛立っている。


「おい……待てよ、勇気」


 正義は勇気を呼び止める。

 でも、正義は勇気が苛立っていても気にしてはいない。呼び止め方だって静かだ。

 だって、捜索を再開してからの勇気はずっと苛立っているのだから。


「あまり結論を急ぐなよ。よく考えろ。コイツは犯罪者と一緒なんだ。例えば、殺人を犯した奴が、いつ警察の手が伸びるかも分からないのに、いつまでも家に居ると思うか? 絶対どっかに身を隠すぜ。コイツも同じだよ。俺はそう考える……だから俺はここに来た。何処に行ったのか、今からその手懸かりを探すんだよ」


「チッ……」

 そう言われた勇気は舌打ちをしながら立ち止まり、振り返った。

「……よく考えろはお前の方だ。手懸かりを探すって一体どうするつもりだ? もしや、その家に無理矢理入って探すつもりじゃないだろうな?それは犯罪だぞ」


『やれやれ……』といった調子で、勇気は外廊下の海老色をした鉄製の柵に肘を置き、その手で頭を抱えた。


「そんなのは、分かってるよ」


「分かっている……そうか。じゃあ、どうするんだ? それにな、お前が信じているのはピエロなんだぞ。奴は敵だ。しかもふざけてる奴だ。そんな奴の言い分を信じて、時間を無駄にするのは馬鹿のやる事だ」


 勇気は頭を抱えるのを止めて、正義に詰め寄った。


 今さっきまでの勇気は、柏木の部屋の隣室のドアの前辺りに立っていたが、詰め寄った後は正義と自分との間に柏木の部屋のガスメーターを一つ挟むだけ……たったそれだけの距離を取って、勇気と正義は睨み合う。お互いの主張をぶつける為に。


「馬鹿だって良い……俺は納得いくまで調べたいんだ。始めからピエロの言ってる事が嘘だって決めつけても、もし本当だったらどうする? 俺達はみすみすチャンスを逃すんだぞ」


「納得いくまで? そんな時間があるのか?タイムリミットが迫っているんだぞ!」


 勇気は更に正義に詰め寄った。後数cm近付けば顔と顔がぶつかり合ってしまう位の至近距離に。

 そして、柏木の部屋のドアとも近くなった勇気は、正義に対しての苛立ちをぶつける様に、手のひらで勢い良く柏木の部屋のドアを叩いた。


「コイツは本郷には居ない! いい加減納得しろ!!」


「おいぃ……喧嘩すんなよボズ! それこそ時間の無駄だぞぉ、冷静にこれからどうするのかを考えるんだボッズーよ!!」


 これまで(アパートの他の住民にいつ見られても良い様に)正義が背負ったリュックの中で大人しく人形のフリをしていたボッズーも、ヒートアップしていくばかりの二人の言い合いに流石に黙ったままではいられなかった。


 でも、そんなボッズーの注意にも、


「チッ……」


 勇気は舌打ちで返した。


「どうやら今は俺達は一緒に居ない方が良いみたいだな。正義、お前が納得したいならするまでここに居れば良い。俺は輝ヶ丘に戻る為に巨大テハンドの所に戻る。無理矢理にでもアイツをこじ開けてやる……」


「おい……それは一人じゃ絶対無理だろ。覚えてないのか? お前の銃が全然通じなかったのを、俺の剣だって……」


「覚えてるさ! 覚えてるが、それでもやるんだ! 難しいを無理と諦めたら、それはもう英雄じゃないからな! ピエロの嘘に騙されてここに居るくらいだったら、人一人ひとひとりでも通れる穴を何としてでもこじ開けて、一人でも多くの人を救う……俺はそうしたい! もしもお前が俺を引き留めたいと思っているのなら、柏木という男が輝ヶ丘には居ないと今すぐ証明してくれ!」


 激昂する勇気は『今すぐこの場を去ろう』と再び正義に背中を向けて歩き出そうとした。


 ………………が、


「ん?」


「………何だこんな夜に若者が、喧嘩なら他所よそでやれ!」


 正義に背中を向けた勇気の目の前には、立ち塞がる様に、一人……老人が立っていた。


「さっきから大声で喋ってるのはお前か? 煩いぞ、ちょっと静かにしろ。酒が不味くなる」


 勇気に睨みをきかせる老人の顔はダルマみたいに真っ赤だ。それは、勇気への怒りで……ではなく、酒だろう。老人からはお酒の匂いがプンプンしている。

 そして、その老人の横では、柏木の隣室のドアが開けっ放しになっている。どうやら老人は柏木の隣人みたいだ。


 おそらく老人は少し早めの晩酌を楽しんでいる時に、外から勇気の怒鳴り声が聞こえて腹が立って出てきたんだ。


「あ、す……すみません」


 正義に苛立っていた勇気も、老人に『煩いぞ』と言われると、やっと我に返った。『マズったな……俺とした事が、興奮してしまった。他の住民の事を考えていなかった……』そんな様な事を考えながら、勇気は老人に平謝り。ペコリと頭を下げた。


「若いのが元気なのは良いけどよ、他人の事を考えろ。他人をよぉ。それが今の若者には足りねぇんだよ……」


 老人はボソボソとボヤキながら、開けっ放しのドアのドアノブを掴んだ。


「あぁ、それとなぁ。柏木なら、"一時間くらい前"に出掛けたよ。今日もバイトだとよ。精が出るよなぁ。若者よ、お前らも見習え」


 まるで捨て台詞の様な言葉を言って、老人は部屋の中へと入っていった。


「え……?」


 その言葉を聞いた勇気は固まる。


「一時間前……?」


 だが、反対に走り出した奴もいる。


「ちょっ! ちょっ! ちょっ! ちょっと待って!!」


 それは正義だ。正義は自分の前に立つ勇気を押し退けると、ほぼほぼ閉まりかけている老人の家のドアノブを掴み、力尽くで開いた。そして、少し開いた隙間に顔を入れる。ジャック・ニコルソンが如く、シャイニングが如く………


「おじいさん! 今の話、本当??」


「な……何がだ!!」


 老人は驚いて目を開く。もし、老人が酒を飲んでいなければその顔も青ざめていただろう。


「何なんだお前は!!」


 老人はドアを閉めようと奮闘する。しかし、正義の顔が邪魔で閉まらない。


「うぇっ! ちょっ……ちょっと待って! おじいさん!! 痛ッ!! ちょっ! 止めて!! お願いッ!! 俺達にちょっと話聞かせてよ!!!」


 正義の叫びがコーポ本郷に響き渡った。

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