第4話 中と外の英雄 15 ―中と外の英雄―

 15


「ナイスタイミングだよ! せっちゃん!!」


 文字盤を叩くと同時に、愛は嬉しさや喜びの気持ちを爆発させて、叫ぶかの如く大きな声でそう言った。


「うわっ!!!」


 その声があまりにも大きかったからか、文字盤から立体映像で映し出された正義の顔は白目を剥いて上を向く。


「え……そんな驚く? 酷くない?」

 驚かせた方の愛はそんなつもりは無いものだから、そんな正義の反応にちょっとショック。


「あ……いやいや、痛てて」

 正義は首を撫でているのだろう。上を向いた顔が今は少し俯いて左右に揺れている。


「そんな驚いた?」


 愛がもう一度聞くと、


「あ……あぁ」

 正義は頷いて、

「いや、急に連絡が取れたからさぁ」

 と言うと顔を上げた。

「で……そっちは大丈夫なのか?」


「そっち? そっちってどっち?」

 愛は正義の言葉に首を傾げる。どっちもそっちも何も分からないから。


 そんな愛を見て正義は『あっ! そっか!』みたいな顔をすると

「あ……そっか! そっから説明しないとだな。実はさ、ごめん、俺今輝ヶ丘に居ないんだよ」

 と言った。


「そうなの?」


「うん」

 と、また正義は頷く。そして、愛に説明を始めた。………その説明は先ず、自分が輝ヶ丘に居ない理由の説明から始まり、それから『今まで何度も愛と連絡を取ろうしていたが全部空振りに終わっていた』という説明になった。

「腕時計を叩いても、愛が出ないどころか腕時計自体が全然無反応で……おかしいなぁって、勇気には送れるから、これは愛に何か起こったんじゃないか? ってスゲェ心配で、何度も何度もチャレンジしてたんだよ。そしたら今急にだろ? ビックリしちまって」


「そっか……そういう事か」

 愛はこの正義の説明に、正義が驚いた理由と、正義が輝ヶ丘に居ない理由にダブルで納得した。それから今度は『じゃあ次は自分の番だ』と思い、『何故、今まで連絡が取れなかったのか』と『何故、今急に連絡が取れるようになったのか』……この二つの理由を正義に説明した。

 そして、もう一つ、『昨日から輝ヶ丘で何が起こったのか』その全てを教えてあげた。


「なるほど……そんな事が町で。クソッ……《王に選ばれし民》の奴らめ」

 愛の説明を受けた正義は悔しそうに呟く。

 でも、

「でも! 安心しろ! 輝ヶ丘をそんな目にあわせてる奴の居場所は突き止めた! タイムリミットが来る前に、俺と勇気とボッズーで必ずそいつをブッ倒すから!!」

 悔しそうな顔はすぐに捨てて、正義は快活にそう言った。


「本当?」

 この言葉を受けた愛はもう一度首を傾げる。正義の言葉に嘘はないと思いつつも、一つ疑問が浮かんだのだ。

「今、せっちゃんは輝ヶ丘の外に居るんでしょ? それなのにブッ倒すってどうやるの?」

 愛は輝ヶ丘内にバケモノが居ると思っている。だから浮かんだ疑問だ。


 この質問に正義はこう答えた。

「あぁ、実はさ、"とある奴"からな『町にはバケモノは居ない』って聞いたんだよ。かなり信頼出来ない奴だったけど、ちょっと調べたら、確かにバケモノの正体らしき男は輝ヶ丘には居なかった。本郷に居たんだ。だから今、俺達三人でそいつを見張ってるんだよ」


「え……バケモノはこっちに居ないの?」


「あぁ、因みにさっき愛が話してくれた、先輩を狙ってるっていうストーカー男がそいつだよ。実は、俺も一度そいつに会ってんだ。駅前公園の花壇が燃やされただろ? そこを調べてる時にな」


「そうなの?」


「あぁ、だから男の顔は分かってる。んで、今日そいつを見付けて、今三人で見張ってんだ。んで、チャンスが来たら必ず倒すつもりだ。だから、もう少しの辛抱! 愛達はそれまで耐えくれ!!」


「う……うん。でもさ、バケモノを倒すだけで町は救えるのかな?赤い石は既に町中にばら蒔かれてるって話だよ」

 これは愛がずっと疑問に思っていた事だ。赤い石……これを爆弾だとしたら、町中の至る所に爆弾が設置されている状況。果たしてバケモノを倒すだけで爆弾の効力は無くなるのか、それとも赤い石を全て見付け出さないと意味がないのか……そんな疑問を愛は持っていたんだ。

 そして、こういう事を皆で話し合って、答えを皆で考えたかったから愛は今日秘密基地に来たのだ。……結局、正義も勇気もボッズーも誰も居なかったが。


 しかし、この疑問はあっけなくも簡単に解決された。


「大丈夫だボズよ!」


 二人の会話に割って入ったのはボッズーだ。

 ボッズーの声は少し遠くから。おそらく正義の右側から聞こえてきた。そして、その顔は腕時計からは飛び出さない。声だけが聞こえる。ボッズーは自分の体に内蔵された通信装置を使わずに、正義の腕時計を通して愛に話しているんだ。


「バケモノの能力は人間に取り憑いた《王に選ばれし民》の力が起源だボズ。その力を俺達三人が浄化出来れば、バケモノは人間に戻り、それと同時にバケモノの能力も全部消えるボズ。バケモノの能力が暴力的なものじゃなければ……例えば人にやまいを発病させるものだったとして、そのバケモノを倒せさえすれば、その病は完治されるんだボズよ。だから今回で言ったら町が炎に包まれる前に倒しちゃえば、バケモノの能力は消えるから、赤い石も発火装置とはならずに、ただの石になるボズ!!」


「そっか……良かった。そういうもんなんだね。それじゃあ、私達信じて良いんだね? 明後日は来るって。信じて待ってて良いんだね?」

 愛はボッズーの返答に胸を撫で下ろすと同時に、ダメ押しの形で正義達に質問を投げた。


「あぁ……」

 囁くような静かな声。これは正義の左側から聞こえた。愛の質問に答えるのはもう一人の英雄なんだ。

「桃井……その通りだよ。明後日は来るさ。俺達が必ず輝ヶ丘を救う。だから、君は信じて待っていろ」


「勇気くん……」

 勇気の静かな喋り方とは正反対の力強い宣言を聞いて愛の顔には微笑みが浮かんだ。それは勇気が持つ英雄としての力=《勇気の心》が愛の心配を吹き飛ばした証。


「ふっ……笑ったか。その顔が出来るなら、不安は消えたようだな?」

 それから勇気は続ける。

「それじゃあ、明後日が来たら、俺達と、それと真田先輩も呼んで旨い飯でも喰おうか。あの人の協力が今回の戦いには必要だったからな。平和を掴んだお祝いに……って事で。どうだ?」


「あはっ! 勇気くん! うん、それ良い!」

 愛は勇気の提案にコクリと頷いた。


「へへっ! んじゃ、とりあえず俺達に任せとけって事で!」


「うん!!」

 愛は正義の言葉にも、コクリと頷く。


「へへっ!」


 それから、『飯はちゃんと喰ってんのか?』とか『昨日はちゃんと寝たのか?』という感じの正義の質問があって、暫く愛と正義は雑談を交わした。愛は『先輩も輝ヶ丘に来ちゃってるんだ』とも伝えた。

 そして、それから更に暫くすると、《願いの木》の効果が薄れてきたのか、腕時計から立体映像で映し出される正義の顔が、消えては映って、消えては映ってを繰り返し始めた。


「あ……もう時間なのかも。また電波が弱くなってきてるみたい」


「らしいな……愛の顔が映ったり消えたり、映ったり消えたりだ」


「そっちも?」


「うん。寂しいけど、愛とのお喋りももう終わりにしろって事だな……んじゃ、とりあえずバケモノに関しては俺達に任せてくれ。もし、また何か起こったり、何か分かったりしたらまた連絡くれな!」


「うん……」

 もう腕時計からは立体映像は飛び出していない。声だけはまだ聞こえるが、それもドンドン聞こえにくくなってきている。

「せっちゃんも、何かあったらまた連絡してね」


 ……………



 ……………………。



「………ダメか。切れちゃった」

《願いの木》の効果が切れてしまったらしい。もう正義からの返答は何もなかった。

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