第4話 中と外の英雄 14 ―愛の心に真っ赤な光が染み渡る―

 14


 地団駄は疲れるものである。

 右、左、右、左の順番で膝を高く上げ、足を下ろす時には地面を強く踏む……走っている様でもあり、ジャンプしている様でもある。とにかく、疲れる行為だ。しかも気分は怒り。人は怒るだけでも疲れるのだから、尚更愛は疲れてしまった。

「ハァ……ハァ……」

 と息が切れ始めると怒る気力も失われ、愛はへたり込む様に《願いの木》に寄り掛かって座った。


 それから、愛はサンドイッチを食べ始めた。


 愛が家から持って出たのはスポーツドリンク。サンドイッチなんて持っていなかった。

 でも、今は食べている。ハムタマゴサンドを。


 そして、モグモグと食べていると、愛は飲み物が欲しくなった。だから今度はペットボトルの紅茶を"出してもらった"……そう、愛は出してもらったのだ。サンドイッチも紅茶も。《願いの木》にお願いをして。


 疲れ果てて怒る気力を失うと、愛は今度は自分のお腹がペコペコな事に気が付いて、すぐに《願いの木》を活用する事にしたのだ。



 モグモグ……



 モグモグ……



「はぁ……」

 15個目のサンドイッチを紅茶で流し込んだ時、愛は大きなため息を吐いた。その理由は満腹になったからじゃない。やはり、正義達と会えなかったからだ。

「はぁ……みんな、何処に行ったの?」

 また、大きなため息が口から飛び出る。

「はぁ……何処かに行ったなら連絡ぐらいしてよ。って……今の状況じゃ腕時計の通信は使えないから仕方ないか。でも、英雄なんだから何とかならないの? 何処にいるの……心細いよ、連絡欲しいよ……せっちゃん」


 愛は正義の名を呼んだ………その瞬間、


「え……?」


 愛は『奇跡が起こった……』と思った。

 それは、ほんの小さな奇跡。でも、愛にとっては大きな奇跡だった。


「これって……」


 愛の視線は腕時計に向けられている。


「この光って……」


 そう……光だ。どこからの光か? それは勿論、愛が腕時計を見ているのだから、腕時計からの光だ。腕時計が目映く光っているのだ。


「せっちゃん……?」


 そして、それは赤い光。赤といえばガキセイギ。この光は赤井正義からの通信が届いた事を表していた。


「嘘でしょ……」

 愛は呟いた。


 この言葉の意味は二つある。一つは『連絡が欲しい』と呟いた瞬間に届いた通信に対して『嘘でしょ……このタイミングで通信が届くって、もしかして《願いの木》はこんな願いも叶えてくれるの?』という意味での『嘘でしょ』。

 それからもう一つは『嘘でしょ……今の輝ヶ丘では《王に選ばれし民》のせいで腕時計の通信は使えない筈、それなのに何で?』という意味での『嘘でしょ……』だ。


 しかし、呟いてみて愛はすぐに理解した。

《願いの木》が本当に叶えてくれた願いが何かという事と、何故現在の輝ヶ丘で通信が届いたのかその理由を。


 ― そっか、やっぱり私の『連絡が欲しい』って言葉を《願いの木》は叶えてくれたんだ! でも、"せっちゃんに私に連絡をさせる"って事までは《願いの木》でもやっぱり出来ないみたい。その代わり、"連絡が取れる状況"にしてくれたんだ! だって……


 愛は感じていた。正義からの通信が届いたそのすぐ後から、ズボンのポケットに入れているスマホがブゥブブ……ブゥブブ……ブゥブブ……………と何度も何度も震えているのを。

 これはスマホにメッセージが届いている証拠。しかし、愛は『今この瞬間に誰かが連発して私にメッセージを送っているのではないだろう』と考えた。


 ― 昨日から今日までの間に本来なら私の所に届く筈だったメッセージが今やっと届いているんだ! ピカリマートの初売りセール時の私たちみたいに一斉に入ってきてるんだ!


 愛の頭の中では、ピカリマートの初売りセールの為に行列を作っていた人々が、開店と同時に店内に雪崩れ込む姿が浮かんでいた。

 実際では、愛は母親と共に"雪崩れ込む方"ではあるのだが、『今日だけは雪崩れ込まれる方だ!』と愛は思った。


 そして、愛はにやける。


 この"にやけ"には三つの意味がある。

 一つは、自分が浮かべたイメージが面白かったから。もう一つは、仲間と連絡が取れるのであれば、輝ヶ丘を救う方法を考える手段を得られたという事だから。そして最後の一つは、『心細い』と孤独を感じていた心に、赤井正義を象徴する真っ赤な光が染み渡り、彼女の心を癒してくれたからだ。


「ふぅ……」

 愛は大きく息を吐いた。

 でも、これはもうため息ではない。これは、気合いの一息だ。今はもう、ため息を吐く理由はないのだから。

「よしっ………」

 愛は腕時計を叩いた。

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