第4話 中と外の英雄 12 ―愛の気持ちは空振りばかり―

 12


 ………それから、


 愛がちびちびと飲んでいたスポーツドリンクを飲み終えた時、2階からお婆ちゃんと真田萌音が下りてきた。


「あっ……先輩! 大丈夫なんですか?」

 それに気付いた愛は、空になったばかりのコップをテーブルの上に置いて、急いで二人に近付いていった。


「うん。大丈夫。カヨちゃんと話したからちょっとはスッキリした」


「そっか……良かった。一体、何があったんですか? また悪い事でも……」


『大丈夫』という萌音の言葉を聞いて愛は胸を撫で下ろしながらも、『じゃあその原因はなんだ?』と疑問に思い『また悪い事でもあったんですか?』と聞こうとした。でも、それを萌音が遮った。何故なら萌音は、"愛のだらしない姿"をみっともないと思ったからだ。


「いや……それよりさ。桃ちゃん、"靴"履いたらどう?」


「えっ?!」


 そう……愛は急いで小上がりから下りたものだから、靴を履くのを忘れてしまっていたんだ。今は靴下一枚でコンクリートの床の上に立っている。

 本人は全く気付いていなかったが……


「あ……ヤバっ! つか、冷たっ!」

 萌音に指摘されると、さっきまでは何も感じなかった愛もヒヤリとした床の冷たさを感じた。


「もう……何が『先輩、大丈夫なんですか?』だよ。大丈夫なのはどっちぃ? はい、履いて!」

 萌音は苦笑気味で笑いながらも、ヒョイとしゃがんで小上がりの前に置かれた愛の靴を手に取ると、愛が履きやすい様に愛の足下に置いてくれた。


「あ……うん。すみません」

 愛の方は『怒られた……』と凹みつつも、わざわざ靴を取ってくれた萌音の優しさに『やっぱり先輩は優しい人だなぁ』とその優しさを噛み締めながら、足下に置かれた靴に急いで右足を突っ込む……が、

「つか、先輩、ちょっと明るくなってません?」

 左足を突っ込む時には、不躾なくらいに直球の質問を萌音に投げた。


「うわっ、何その言い方!」

 しかし、この直球をすぐに投げ返せるのが萌音だ。

「なんですかぁ? じゃあ暗いままでいた方が良いんですかぁ?」

 その顔も『やれやれ……』と言った感じで苦笑気味に笑っている。


「え? いやいや、そういう訳じゃなくて……」

 でも愛の方は、自分は直球で投げるくせに萌音から直球で投げ返されると、いつもキョドって取りこぼしてしまうんだ。

「……嬉しいんです。嬉しいんですけど、さっきまでと全然違うなって思って……つい」


「もう! だからさぁ、カヨちゃんと話してちょっとはスッキリしたって言ったでしょ? 桃ちゃんは人の話を聞かない所あるよね!」


「す……すみません」


 申し訳なさそうに謝る愛。


 そんな愛を見て、萌音は更に笑った。


「ははっ! 冗談、冗談! ごめん、ごめん! 嘘だよ! 怒ってないよ! うん、私はもう大丈夫! 心配してくれてありがとね!」

 萌音は愛の肩をポンポンと叩いた。

 その顔はもう満面の笑みを浮かべている。さっきまでの暗く沈んだ萌音は何処か遠くへと飛んでいってしまったみたいに。


「もう……先輩」

 そんな萌音に、今度は愛が苦笑気味の笑顔を浮かべた。


 でも、それには萌音は気付かない。

「それと!」

 何故なら萌音は、小上がりに座る希望達の方に顔を向けていたから。

「君達もごめんね! なんか邪魔しちゃったみたいでさ。カヨちゃんから聞いたよ、ここの片付けを手伝ってるんだってね! 偉いじゃん!」

 それから萌音は愛の肩から手を離すと小上がりに座った。

「ねぇ、今からは私にも参加させてよ! ねぇ、良いでしょ?」


「う……うん。良い……ですよ」

 萌音からの提案を受けた希望達は頷いた。だが、その顔は明らかにキョトンとしている。明らかに『この人はいったい誰?』と言っている。


 でも、それにも萌音は気付かずに

「ヨッシャ! じゃあ、みんな準備はOK? OKならやろう!」

 制服のブレザーを脱いで、シャツの袖のボタンをヤル気満々の表情で外すと、腕を捲った。

「桃ちゃんも勿論やるよね! 今日からはここが私の寝床になるんだからさ!」


「え? あ……はい。つか、寝床?」

 愛は萌音の勢いに負けて頷いた。だが、それよりも萌音の『寝床』という言葉が気になった。


 それに対して萌音は『うん!』と頷く。

「うん! だって、輝ヶ丘に閉じ込められてたんじゃ家に帰れないでしょ? だからカヨちゃんがここに泊めてくれるんだって! さぁ、桃ちゃんやるよ!」


「は……はい!」

 再びの萌音の要請に、やっぱり愛は頷くしかなかった。

 ………でも、頷き終わると首を捻る。

 何故なら愛は、『先輩が元気になったなら嬉しい』と思いつつも、『もしかしたら、これは空元気なんじゃないか?』という疑問も抱いていたからだ。それ程、今の萌音は山下に現れた時と全然違っていたのだ。


『では、それを見定めよう』


 ……と、愛は決意した。だが、結局全ての片付けが終わるまでにその疑問は払拭出来なかった。

 しかも、片付けの最中にお婆ちゃんからストーカー男の話を聞いたものだから尚の事……萌音の笑顔は本物にも見えるし、偽物にも見えて仕方がなかった。

 そして、そのまま、疑問を持ったまま、片付けも終わってしまったので、愛は『もう流石に行かないと……』とやっと山下を去る事にした。

 その際に、

「先輩! 安心して下さいね! 悪い奴は絶対に英雄が倒しますから! 今晩はゆっくり眠って下さい!!」

 と励ましの言葉を言い残していったのだが、こんな言葉では、結局愛は真田萌音の心の拠り所にはなれなかった。

 萌音は大木へと向かう道を走る愛の背中を見ながら

「英雄? それってカヨちゃんだよね?」

 と、隣に立つお婆ちゃんに向かって冗談を飛ばしてしまったのだから……

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