第4話 中と外の英雄 9 ―希望は希望を失わない―

 9


 希望達が加わって、なんとか冷蔵庫を立ち上がらせる事は出来た。(それでも"なんとか"であり、楽々という訳ではなかったが)

 そして、愛は今、山下の2階に居る。


 山下は昨日、1階も2階も襲われてしまったのだが、さっき希望の友達が『お店の方は片付いたよ!』と言っていたように、1階の店舗の方の片付けは希望達が終わらせていた。


(山下もコンビニ等と同じ様に、暴徒が去った後は嵐に見舞われた後の様な状態になってしまい、店内にあった駄菓子などの商品の殆どは売り物にならない状態になっていた。その為、いつもなら駄菓子がずらっと並んでいる棚も、平台も、今日は何も無くなって、いつもの山下を知っている人間からすれば、かなり寂しい状態になってしまっていた。)


 だから、今愛が行っているのは2階の片付け。

 山下の2階は、独り暮らしをしているお婆ちゃんの住居となっているのだが、階段を上がってすぐの所にある約8畳程の部屋も、その隣の4畳半程の部屋も、足の踏み場も無いくらいに荒れに荒らされていた。


 でも、"皆で一緒に"という訳ではなく、希望の友達三人は居間になっている8畳の部屋を、愛と希望は寝室に使われている4畳半の部屋を……と二手に分かれて行う事にした。


 この振り分け指示を出したのは希望だ。


 何故、希望がこんな振り分けをしたのか、そこには理由があるのだが、愛がその理由を知ったのは、畳の上に散乱したお婆ちゃんの春夏用の洋服を押し入れの中の半透明の衣装ケースに畳んでは入れて、畳んでは入れて……を繰り返していた時の事だった。



 …………



 ………………。



「ねぇ……桃井さん」


 愛が春物らしきピンク色のカーディガンを丁寧に畳んでいた時、その隣で同じく春物らしきカーディガンを畳んでいた希望が話し掛けてきた。


 それはとても小さな声。これから内緒話をする時のトーンだ。


 愛と4畳半の部屋に入ってからの希望は『僕、輝ヶ丘がこのままの状態だと本当困るんですよね! 僕を誘拐した犯人が捕まって、やっと自由に遊びに出れるようになったのに、またそれがダメになっちゃうから!』とか、『隣の部屋に居る新ちゃん(※1)から「山下が襲われたらしい」って聞いて、急いでここに来たんですけど、おじさんの目を盗んで家を抜け出すのに本当苦労したんですよ! おじさん、本当に心配症だから、どうせまた「希望は家を出ちゃダメだ!」って言い出すに決まってるんだもん! やれやれって感じです! ま、今日は上手く抜け出せたから良いんですけど!』と、明るい感じのトーンで話していた。それが、急に小さな声になったのだ。


 そんな希望に『あれ? 急にどうしたんだろう?』と思った愛は、

「なにぃ? どうしたの?」

 と首を傾げながら尋ねた。


 すると、希望はさっきよりも更に小さな声でこう言った。


「正義さん達……大丈夫ですよね? 輝ヶ丘を守ってくれますよね?」


 この質問は声だけを聞くと、希望はタイムリミットを定められてしまった輝ヶ丘を、そしてそこに住む自分自身を憂虞ゆうぐして愛に質問をしてきたのかと思えた。

 しかし、愛が畳み終えたカーディガンから希望の顔に視線を移した時、そうではないと彼女は知った。

 だって、希望の顔は雲一つない晴天で、その瞳はまたキラキラと希望きぼうに満ち溢れて輝いていたのだから。


「絶対、バケモノを倒して、僕たちを助けてくれますよね?」


 顔だけじゃない。よぉく聞けば、小さな声だが、その言い方にはちからがこもっていて、希望が希望きぼうある未来を見ているのが分かる。


 ― あっ……!


 そして、愛はここで合点がいった。何故、希望が自分と二人っきりになれる振り分けをしたのか。


 ― そうか……希望くんは、この話がしたかったから私と二人っきりになれるような振り分けをしたんだ。それに……


 それともう一つ、愛は気付いた。


 ― それに……きっとこの質問は、希望くんの中にある希望きぼうが正しいものなのか確かめたいからしてるんだ……ヨシッ!


 希望の希望きぼうに満ち溢れた瞳を見た愛は、言葉にせずに気合いを入れた。

 そして、膝に置いたカーディガンを一旦畳の上に置き、顔だけじゃなく"体ごと"希望の方を向くと、真剣な表情になって希望の名を呼んだ。


「希望くん……」


 愛は山下に来る前に昨日の自分に怒りを覚えていた。その理由は《愛の英雄》の筈の自分が、暴徒と化してしまった人々の心の拠り所になれなかったからだ。

 だから、今の彼女は希望に向かって力強く頷くのだ。


「うん! そうだよ! 絶対大丈夫!!」


 何故なら、自分たち英雄を信じて、心の中に希望きぼうの光を灯す希望の心の拠り所に愛はなりたかったからだ。

 希望には、希望きぼうの光をずっとずっと絶やさずにいてほしかったから……


「へへっ!」


 更に愛は、まるで正義のようなニカッとした笑顔を浮かべて、力強くこう言った。


「私達を信じてて! 私達が絶対にバケモノを倒して、希望くんが自由に遊びに行ける世界を作ってみせるから! 約束!」

 それから、愛は右手の小指を立てて希望に向かって差し出した。


「へへっ! 本当?」

 この言葉を貰った希望も、愛の小指に自分の小指を絡ませながらニカッと笑った。


「うん! 約束!」

 希望と約束を交わした愛の大きくて丸い瞳は、まるで希望の瞳に灯る希望きぼうの光が乗り移って来たかの様に爛々と輝いた。

 それは冷蔵庫を立ち上がらせた時と同じだ。

「うん! うん! 約束! 私、絶対守るからね!」

 そして、愛は約束の小指をほどくと、これまた冷蔵庫を立ち上がらせた時と同じく、その手を希望の肩にポンっと置いた。

「でね、希望くん……」


 愛は『でね、希望くん。だから私、その為にも輝ヶ丘の大木に行きたいんだ。だから、後はここ任せても良いかな?』と言おうとした。


 愛はもしも事件なんてものがなかったら、お婆ちゃんの為にも最後の最後まで山下の片付けを手伝っていただろう。でも、今は事件が起きてしまっている。この最悪の事件を止める為に、愛は早く大木に行って正義達に会いたいんだ。

『事件を解決する為にどうしたら良いのか、みんなと知恵を出しあって考えたい!』と愛は考えているから。




 しかし………




 もう少し……もう少し、愛は山下で足止めをくらう事になる。いや『足止めをくらう』とすると、きっと愛は怒るだろう。

 何故なら、愛が山下を出られなくなった理由は、彼女の憧れの人物であり、現在愛がこの世で一番心の拠り所になってあげなければならない人物が、山下に現れたからなのだから……


 ―――――


 ※1希望の友達の名前は『お店の方は片付いたよ!』と言ったのが、新命しんめい青葉あおば、『終わりました!』と言ったのが、森上もりがみ明日香あすか、『次は??』と言ったのが、大岩おおいわふとしだ。

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