第4話 中と外の英雄 8 ―せーのっ!―
8
「お……お婆ちゃん、もう一回! せーのっ!」
「「よいしょ!」」
愛とお婆ちゃんは声を合わせて冷蔵庫を持ち上げようとした。
でも……
「あぁ! ダメだ! 重いっ!!」
「ダメだねこりゃ~~」
普通の女性よりも力持ちの愛を以ってしても(愛自身は自分を力持ちとは思ってはいないが)、普通のお婆ちゃんよりも力がある山下のお婆ちゃんを以ってしても、冷蔵庫を持ち上げる事はそう簡単な事ではなかった。
しかし『持ち上げようとした』といっても、二人共、冷蔵庫を完全に宙に浮かせようとは思ってはいない。冷蔵庫は前のめりに倒れているから、それをもう一度立ち上がらせたいだけだ。でも、相手は昭和生まれの冷蔵庫。しかも業務用。100kg近くはある代物だ。立ち上がらせるだけでも一苦労なのは変わらない。二人は完全に苦戦していた……
「ダメだよ、お婆ちゃん。これ……重過ぎる。私、誰か男の人呼んでくるよ」
三回目の失敗で『これは二人じゃいつまで経っても無理だな……』と判断した愛は、汗を拭いながらそう言った。
「そうだねぇ……でも、男手なら、一応あるにはあるんだけどねぇ」
お婆ちゃんも一旦冷蔵庫から手を離し、額にかいた汗を首に掛けたタオルで拭くと、何やら含みのある言い方でチラリと店内を見た。
「一応ある?」
「うん、でもねぇ。子供なんだよ……」
「子供?」
「うん」
愛の問い掛けに、お婆ちゃんはコクリと頷いた。
すると、タイミングを申し合わせたかの様に、ドタドタ……店内から複数の騒がしい足音が聞こえてきた。そして、その騒がしい足音は騒がしい声と共に店の外に出てくる。
「お婆ちゃん、次は何したら良いですか!」
「お店の方は片付いたよ!」
「終わりました!」
「次は??」
店内から出てきた騒がしい足音と声、それは、まだ声変わりもしていない四人の男の子のものだっだ。
そんな男の子達四人を見た瞬間、愛は
「あっ!」
口をポッと開いて驚きの声を発した。
何故なら、その四人のうちの一人に愛は見覚えがあったからだ。いや、『見覚えがあった』とすると、少し距離がある。愛はその男の子と秘密を共有している仲だから、まだ一度しか会った事のない子だが、その回数以上に親しみを持っているんだ。だから愛はその子を見付けると瞳を輝かせた。
「希望くん!!」
そう、その通り、さっき『お婆ちゃん、次は何したら良いですか!』と聞きながら、店内から現れたのは希望だったのだ。
「え?!」
指を差された希望は、まだお婆ちゃんにだけ視線を向けていたから、愛の存在に気付いていなかった。だから、ちょっと眉間に皺を寄せた『何?誰?』というような顔をして、自分の名前を呼んだ声の方向に視線を向けた。
「あっ!」
すると、愛の存在に気付いた希望は、
「桃井さんだ!!」
途端に眉間に寄せた皺をほどいて、愛と同じくその瞳を輝かせた。
「久し振り! 希望くん!!」
感動の再会……という程の事ではないが、瞳を輝かせる愛は、さっきまで希望が浮かべていた『何? 誰?』ってな感じの、不思議そうな表情を浮かべている友達に囲まれた希望に近付いて行った。
「希望くん! 元気してた? 昨日は大丈夫だった?」
「うん! 大丈夫です!」
愛にそう聞かれると希望はコクリと頷いた。
「桃井さんこそ、元気そうで……」
『元気そうですね!』と希望は返そうとした。でも、それをお婆ちゃんの声が遮る。
「なんだい? なんだい?」
だって、この二人のやり取りを不思議に思っていたのは希望の友達だけじゃない。お婆ちゃんもそうだったんだ。だからお婆ちゃんは二人に向かって聞いた。
「驚いたねぇ、あんた達知り合いなのかい?」
「「うん!」」
お婆ちゃんのこの質問に、二人はほぼ同時に答えた。
「せっちゃん繋がりで!」
「正義さん繋がりで!」
「ほぉ~」
この返答にお婆ちゃんはフクロウの様に鳴いた。
「正義ちゃんかい!」
「うん! そうだよ! 正義さんとは僕も友達なんだ!」
希望は何やら自慢をする様な表情でそう言った。
「ほぉ~」
この希望の言葉に、お婆ちゃんはまたフクロウの様に鳴いた。
それから、お婆ちゃんは納得する様に『うん、うん』と二回頷く。
「なるほどねぇ、あの子は誰とでも友達になるからねぇ。昔は野良猫とも親友になってたくらいだからねぇ。で、それで二人は知り合いなんだね?」
「うん!」
「はい!」
希望と愛はまたほぼ同時に答えた。
そして、愛の方は『はい!』と答え終わると、今度は希望の肩にポンっと手を置いて、希望に熱い眼差しを向けた。
「希望くん、次は何したら良いかって聞いてたけど」
愛は希望の肩に置いた方とは反対の手を素早く動かし、冷蔵庫を指差した。
「次はこれだよ!」
そして、熱い眼差しをそのままに、今度は希望の友達三人に向かっても言った。
「君たち、希望くんのお友達……で、良いんだよね?じゃあ、みんなで一緒にやろう! お願い!」
愛の熱い眼差しは、懇願の眼差しだった。『男の人』は居なくても、『男の子四人』なら百人力だから。
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