第4話 中と外の英雄 7 ―どうしようもない足止め―
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………それから暫くして、愛は"大木に向かう道でもあり、山下に向かう道でもある道"に入った。すると、
「あっ……」
前方をキッと睨み、髪を揺らして歩いていた愛は、"ある物"の"ある姿"を見て、ポツリと呟く様な驚きの声を発した。
「………」
愛の目に入った"ある物"、それは、山下の入口の横に置かれているアイス専用の横長の冷蔵庫。そして、"ある姿"とは、その冷蔵庫が山下の入口の前の道路の方向に前のめりに倒れている姿……
ここで、愛はやっと知ったんだ。昨日、山下も襲われていた事を。
「嘘……山下も……」
愛はここまで来るまでに幾つも襲われた店や家を見てきた。その場所を通り過ぎる度に『何もしない自分は薄情な人間だな……』と思いながらも、愛は店や家の人に、そして復旧を手伝う人達に、心の中で謝りながら、その前を通り過ぎていた。
何故なら愛は『今は一分一秒でも早く、大木に行くのが正解……』と信じていたからだ。だから止まりたくても止まらなかった。
でも、人は時に、頭ではなく、心で体を動かす時がある。愛にとって、それは今だった。
頭では『一分一秒でも早く大木に行くのが正解』と思っていても、昔馴染みの山下が、想い出の詰まっている場所が、襲われていると知った時、愛は思わず自分の行く先を山下へと変えてしまった。
しかも山下のお婆ちゃんは独り暮らし、その安否も愛は気になった。
しかし、山下の目の前に立った時、愛はその心配が無用のものだったと知った。
「さてさて……そろそろ
だって、山下のお婆ちゃんがこんな事を呟きながら、入口の引戸をガタガタと揺らして、店の外に出てきたからだ。
(その引戸も、鴨居なのか、それとも敷居なのか、それともどちらともなのか……に、上手く嵌まっていない様子で、引戸を開けるのにお婆ちゃんは一苦労している感じだった)
「ん?」
そして、お婆ちゃんは出てきてすぐに気付いた。店の前に愛が立っている事に。
「あら、愛ちゃん!」
お婆ちゃんは愛を見付けた瞬間にニコッと笑った。
「お婆ちゃん……良かった。無事だったんだね」
愛の顔にも安堵の笑顔が宿る。
「うん、昨日は大変だったよ……、店の中がもう滅茶苦茶でねぇ」
そう言いながらお婆ちゃんは首に掛けた短いタオルで額を拭った。
「あ……もしかして、愛ちゃんも手伝いに来てくれたのかい?」
「え?」
「だったら丁度良い。丁度今、この冷蔵庫を直そうと思っていたところなんだよ。これは大人一人でもちょっと重たいからね、愛ちゃんがいてくれて助かったよ」
そう言ってお婆ちゃんは、愛からの返答も聞かずに、前のめりに倒れた冷蔵庫の"正面から見て右側"に手を掛けた。
「あっ……う、うん! 手伝う、手伝う!」
流石にここまでされたら愛も『私、大木に向かう為に急いでるの!』と断る事なんて出来ない。愛は小走りになって、冷蔵庫の"正面から見て左側"に回ると、その手をお婆ちゃんと同じ様に冷蔵庫に掛けた。
どうやら、愛が大木に行けるのは、もう少し後になりそうだ……
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