第4話 中と外の英雄 6 ―二日目―

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 二日目……


 昨夜の内に輝ヶ丘の殆どの店は暴徒と化した人々に襲われてしまった。いや、襲われた場所は店だけではない。その中にはそう数は多くはないが、住居もあった。しかも、その数少ない内の殆どが老人が独り暮らしをする家だった……


 暴徒になってしまった人々は一人では動かない、複数で動いているのだから、そんな連中に無理矢理に家の中に押し入られたのなら、老人には追い返す事は不可能だったろう。

 そして、その内の一つには、愛や正義達にとっては馴染み深い場所もあった。その場所は住居でもあり、店でもある、そう……駄菓子屋の山下商店だ。


 しかし、山下が襲われた事を愛が知るのは二日目を迎えてから。


 昨晩の愛は20時過ぎに自宅に帰り、泥の様に眠ってしまったのだ。それまで愛は何時間もずっと暴徒になってしまった人々を止めようと奮闘していたのだ……が、誰も愛の言う事になど聞く耳を持ってくれずで、結局全てが徒労に終わってしまい、疲労困憊で彼女は家に帰った。


 それもそうだろう。暴徒になってしまった人々も、元々は平和を取り戻す為に赤い石の捜索を始めた人々なんだ。彼ら彼女らは『自分達は正しい行動を取っている』と信じて疑わないのだから、英雄の力をまだ持たない、一見すると只の高校生にしか見えない愛の言う事なんて聞く訳がなかった。


 体中に疲れと傷を作った愛が『帰路につこう』と決めたのは、19時を過ぎた頃。その決断は愛にとっては無念でしかなかった。でも、彼女がその決断をした理由は後ろ向きじゃない、どちらかというと前向き。愛はクラクラとした眩暈が自分自身を襲い始めていると気付いた時、こう考えたのだ。


『ダメだ……倒れそう、ヤバイ……休まなきゃ、このまま私が倒れちゃ……それじゃ、英雄に選ばれた者として何も出来ないままだ、何も出来なくなる前に一度体を休めないと……』


 愛はこう考えて、近くに見付けたベンチに腰掛けた。その目の前には最初に襲われたコンビニがあった。その嵐に見舞われた後の様な姿を見た時、愛は思った。


『やっぱり、こんなのダメだよ。いくら赤い石を見付ける為とはいえ、これはダメ……このままじゃ、輝ヶ丘にまた平和が戻っても、暴れた人の心にも、暴れられた人の心にも、罪悪感や憎悪とかのマイナスの感情が残っちゃう……そんなのダメだ……じゃあ、どうしよう?どうすれば、止められるの? やっぱり力尽くでやるしかないの? あぁ……やっぱり英雄の力さえあれば……』


 愛はそう考えながらベンチから立ち上がり、駅前から離れる為に歩き始めた。


『ダメだ……頭が痛い。とにかく、一度体を休ませよう……今の私じゃ無力でしかない。この眩暈と頭痛を取らなきゃ何も出来ないままだ。そしたら……一度休んだら……輝ヶ丘の大木に行こう。せっちゃん達と合流して、力を貸してもらおう。みんなを絶対止めなきゃだし……絶対止めなきゃだから……それに事件の根本的な解決策もみんなと一緒に考えたい。やっぱり全ての石を見付けないとダメなのか、それともバケモノを倒せれば良いのか……みんなで知恵を出しあって考えたい……考えなきゃ……』


 愛はギリギリと痛む頭に手を当てながら、『諦めたくない』という想いを胸に、家路を急いだ。


 ………それから、翌日。

 愛が自室のベッドで目を覚ましたのは午前11時。

 体力も心も磨り減らして泥の様に眠った愛は、何度も目覚ましが鳴っても目を覚ます事が出来なかった。


「寝過ぎた……最悪だ。何やってんの馬鹿……」


 自分を叱責しながら、愛はベッドから下りる。

 その後、すぐにパジャマから私服に着替えると『家を出よう』と自室を出た。


 一階に下りると、いつもならリビングには母親の姿があるのだが、今日はいない。愛が『あれ?』と思っていると、テーブルの上に置き手紙を見付けた。

 そこには父親の字で『昨日、安田さんの家が襲われたらしい。父と母、手助けに行ってきます。愛は家を出ないように』と書かれていた。

 安田さんとは、すぐ近くに住んでいる独り暮らしのお爺さん。どうやら愛の父母はその人の家に行ったらしい。


「手助け……か、昨日の人達もお父さんとお母さんみたいになったら良いのに」

 愛はそう呟きながら昨日の暴徒になってしまった人々の事を思い浮かべた。


 ………それから、愛は冷蔵庫を開けて500mlのスポーツドリンクを手に取ると、父親の『愛は家を出ないように』という言葉を無視して家を出た。


 家を出てみると、やはり外は暗いまま。午前11時を過ぎたばかりなのに町の姿は夜の様で、愛はその光景に不気味さを覚え、彼女の肌には鳥肌が立った。

 しかし、暫くすると愛の鳥肌は消えた。

 何故かというと、不気味な光景を忘れさせる程の"暖かい光景"を彼女は目にしたからだ。

 それは、昨日襲われた店や住居の復旧を手伝う人達の姿。その光景は、愛が町の中心部に近付けば近付く程に多く目にするようになっていった。

 復旧を手伝う人達は年齢も性別もバラバラ、皆が皆、声を掛け合って動いている。

 その姿を見た愛は思った。


 ― これって……キツネのお面が現れる前の、協力しあって赤い石を捜索していた人々の姿と似ている


 ……と。そして、思うと同時に思い出す。駅前で赤い石を捜索する人々を見た時に、自分は何を思ったのかを。


 ― そうだ……私、あの人達の姿こそ"平和な日常を取り戻す為に、手と手を取り合い生きている人々の姿だ"……って思ったんだった


 そして、その事を思い出すと、愛はもう一つ思った。


 ― 全部、《王に選ばれし民》のせいだ……昨日、暴走してしまった人達も、お店の復旧の手助けをしている人達と根本は一緒なんだ。平和な輝ヶ丘を少しでも早く取り戻す為に動いていただけ。昨日暴れた人達も元々は手と手を取り合って、声掛け合って動いていたんだし……それを、《王に選ばれし民》がねじ曲げた。暴走するように仕向けたんだ……許せない


 愛は怒りを込めて拳を握った。でも、愛は《王に選ばれし民》への怒りを再び燃やしながらも、こうも思っていた。


 ― 許せないのは《王に選ばれし民》だけじゃない。自分自身も許せない……みんなの暴走は、心の拠り所が無かったせいだよ!心の拠り所が無くて、恐怖や不安で暴走したんだ……絶対。それなら《愛の英雄》の筈の私が、みんなの心の拠り所になれれば、昨日みたいな事は起きなかった筈……それなのに、いつまで経っても何も出来ないで、何なの私!本当に私は英雄になれるの?なれるなら、サッサとなれよ私!


 愛は自分自身にも怒りを覚えながら、拳を更に強く握った。

 そして、怒りが愛の足を速くさせるのか、愛は後ろに縛った髪をユッサユッサと揺らしながら、町の中心部を一気に駆け抜けていった。


 ―――――


 ………因みに、昨日暴徒と化してしまった人々は今はいない。彼ら彼女らは、彼ら彼女らなりに解散し、また今日の内のどこかで再び集まるのか、それとも元々は個々で動いていた人が結果的に集団となっただけだったから、気が付けば一人、また一人と集団を抜けていって、最終的に誰もいなくなって、今日の再集結も誰も何も考えてはいないのか……それは彼ら彼女らにしか分からない。

 もしかしたら、彼ら彼女らの中には、今日は、昨日自分達が襲った店や家の復旧の手助けに乗り出している人もいるかもしれない。

 元々は個々の集合体、誰も集団の中の人の顔や名前を覚えてはいないだろう。今日また暴徒と同様に活動する人々が現れても、それが昨日と同じ人物なのかどうかも、本人以外は誰も分からない……

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