第4話 中と外の英雄 5 ―嘘か本当か……―

 5


「良いか? …………バケモノは町には居ない」


「え……」

 セイギの口からは驚きの声が漏れた。仮面の奥の顔は唖然とした表情に変わる。


「そうだよな……驚くよな。でも……これを聞けば納得いくと思うんだ……だって……これから、輝ヶ丘は焼け野原と化すんだから」


「焼け野原!」

 セイギの唖然とした表情はより深まった。セイギは歯軋りをする様な表情で、ピエロの傍らに膝を着くと、ピエロの胸倉を掴んだ。

「ちょっと待て、それはどういう!!」

 セイギは『それはどういう意味だ?』と聞き返そうとした。セイギはまだ輝ヶ丘で何が起こっているのかを知らないから。


 でも、このセイギの言葉をピエロは遮り、話を続ける。

「ちょい、ちょい、待て……暴力は止めてくれよ。驚くのも分かる。焦るのも分かるさ……でも、冷静に聞け……良いか? その通りの言葉なんだよ。輝ヶ丘は二日後には……新たなバケモノ《ホムラギツネ》によって……焼け野原と化すんだ」


「ホムラギツネ?! 二日後?!」

 セイギは『暴力は止めてくれよ』と言われてもピエロの胸倉から手を離さなかった。

「本当なのかよ、それ!!」


「あぁ、あぁ、本当だよ……だから冷静に聞けって、頼むよ……意識が朦朧としてるって言ってるだろ……本当も、本当、嘘は言ってない……それに、本当に重要なのはそこじゃない。さっき言った言葉の方さ。良いか? 焼けるのは全部だ……人も、車も、建物も、山も……全部だよ。それだけの力を芸術家はバケモノに持たせているらしい。でだ、冷静になれよ。冷静なお前なら分かる筈だ。そんな場所にバケモノがいると思うか?そんな場所に居たんじゃ、それじゃあ自殺だよ……自分も一緒に焼けてしまう……だからバケモノは町には居ないんだよ」


「なんだよそれ……」

『冷静になれ、冷静になれ』と何度も言われたセイギは流石に多少の冷静さは取り戻した。しかし、その顔はまだ歯軋りをしたまま。したままの表情で、胸倉を掴む手にグッと力を入れて、ピエロの顔を自分の顔の近くにまで持ち上げた。

「それが芸術家の罠に繋がるって事だよな?バケモノも居ない町に俺達を通して、町もろとも俺達を焼き殺そうとした! そうだろ!!」


「そう! 流石、ガキセイギ!! 俺は、お前達を輝ヶ丘に戻した後にもう一つの行動を命じられていた、『英雄達が町に戻ったら、巨大テハンドの隙間を埋めろ』ってな。そして……お前は外に出たくても、この巨大テハンドの中に囚われてしまい出られなくなる……これが芸術家の狙い、罠だったんだよ。この事は今こうして俺が教えてやらなくても、デカギライを倒せたお前だ……町に戻った時にお前は恐らく気付いただろうな。町にバケモノが居ないと。しかし、その事に気付いても、町を出る事は出来ない。町を出る事が出来なければ、バケモノを止める事も出来ない。町が焼け野原になるのを待つだけ。そうしてお前は絶望し、そして最後には……ドカンッ……死ぬ……これをしたかったんだよ芸術家はさ」


「ちくしょう……」


「そうだよ……ちくしょうだよ。何度だって呟きたくなるよな、その言葉。分かるぜ。で、どうだ? それでも俺にテハンドをこじ開けろって言うのか?町に戻っても何もないぜ。罠に嵌まるだけなんだ。だったらこのまま町の外にバケモノを探しに行った方が良いんじゃないのか? いや、そうしてくれ、俺の言う事を聞け、聞いてくれ!」


「でも……」

 セイギの額には汗が溢れ出た。


「でも、何だよ?」


「………」

 その汗が額から落ち、頬を伝い、顎にまで来た。でも、その間を以ってしてもセイギは分からなかった。だからセイギは聞くしかなかった。本当の答えが返ってくるかも分からないのに。

「それは……本当なのかよ?」


「あぁ、本当さ」


 一拍の間を置いて質問をしたセイギと違い、ピエロは間髪入れずに答えた。


「俺にだってマジになる時があるって言ったろ? 今日がそうだよ……俺は芸術家に手柄を取られたくないし、お前らともっと戦いたい、お前らを殺すなら、俺が殺りたい……ケケケ……だからお前に教えてやってるんだ……分かるか?これは全部、次こそお前をブッ殺す為なんだよ……ケケケ……その為にもお前には生きててもらわないと困るんだ……ケケ……そして、その時は勿論、遊びのルールは俺が決める。芸術家なんかじゃなく、この俺がな……だからその為にも、お前らはサッサとバケモノの居場所を暴いて、バケモノを倒せ! 俺の謹慎処分を解くんだ! アイツが失敗しない限り、俺の謹慎は解けないんだから……」


 そう言った瞬間、セイギを見ていたピエロの目が虚ろになった。しかし、それでもピエロは鋭い指先でセイギを指差す。


「頼むぜ……ガキ馬鹿セイギ……バケモノを………倒すんだ」


 虚ろになった目は目蓋の中に消えた。セイギを指差していたピエロの右手も、震えながら巨大テハンドの上に落ちる………


「あっ! 待て、ピエロ! 寝るな!!」


 セイギがそう呼び掛けても、もう無駄。ピエロは死んだように眠ってしまった。


「あっ!」


 そして、眠ってしまったかと思うと、その体は黒い煙となりセイギの目の前から消えてしまった。……と、同時にピエロの胸倉を掴んでいたセイギの手もまた巨大テハンドの上にドサリと落ちる。


「……ちくしょう、消えちまった。結局……どっちなんだよ? 本当なのか? アイツの言ってた事……本当だとしても、倒せって敵のお前が言う台詞かよ」


 セイギは結局、ピエロの言葉が本当なのか嘘なのか判断がつかなかった。


「ちくしょう……敵のお前の言う事を信じろって言われたって……出来る訳ないだろ! どうする……どうする、俺!! クソッ!! 何でさっきのアイツの顔が浮かんでくるんだよ!!」


『アイツの顔』それはいつもとは違う、ピエロの神妙な顔。


「結局……俺は信じちまってるって事なのか?あんな奴の事を? あぁ、もう! 馬鹿かよ、俺は!! クソッ!! 答えが出せねぇ!!」


 セイギは自分自身を殴るかの様に巨大テハンドの手の甲に向かって拳を振り下ろした。


「クソッ!! この手をこじ開けたくても、もうピエロは消えちまった……もうその術がねぇ!! ちくしょうッ!! 2日だ……タイムリミットまで後2日しかねぇんだ……どうする? 今それを決めないと、時間が……あぁ! もう! ちくしょう!! やってみるしか! やってみるしかないのか? 賭けてみるしか!! うぅ……」


 セイギは巨大テハンドの手の甲に振り下ろした手を、今度は仮面の頭部に持ってくると、ガリガリと思いっ切り頭を掻いた。


「ピエロ……もし……もし……お前の話が嘘だったら! そん時は絶対許さねぇからな!! 覚悟しとけよ!!」


 セイギは最後に一発ガリガリッと頭を掻くと、覚悟を決めて腕時計を叩いた。ユウシャとボッズーの二人と通信を取る為に。


「勇気!! ボッズー!! 撤退だ!! 俺達は本郷に行く!! バケモノを探すぞ!!!」

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