第4話 中と外の英雄 4 ―……ゥケケ―

 4


「……ゥケケ」

 でも、こんな状況になっても、ピエロは笑うんだ。

「こじ……開けろ……か……ゥケケ」

 それはほんの小さな笑みだった。ピエロの口が小さく歪んだだけ。だけだったが……確かに笑いながら、ピエロは喋り出した。

「ピエロは何かな? ………ピエロは道化師だ……芸術家は芸術を作るだろ? それと同じ……ピエロは……道化を演じるんだよ……」


「………」

 セイギは『突然何を言い出すんだ……』と思った。思いながらも、ピエロの言葉の意味をセイギは聞かなかった。何故なら、セイギはこう考えたから……


 ― コイツの調子に乗っかっちゃダメだ。コイツはふざけた事しか言わない。これもまたどうせふざけた事を言いたいだけだ。そんなのに乗っかれば、墓穴を掘るだけ……


 ……と。だから、セイギは再び繰り返した。同じ言葉を。

「黙れ……サッサとこの手をこじ開けろ」


「ケケケ!!」

 今度のピエロは大きく笑った。口から黒い血が飛び散る事も構わずに。

「こじ開けろ、こじ開けろ……ケケ! 良いのか? 本当に良いのか? ……後悔先に立たず……覆水盆に返らず……良い言葉だよなぁ……ケケケ……それでも良いなら、俺は言う事を聞くぜぇ……」


「なに……?」

 今度のピエロの言葉にはセイギは思わず聞き返してしまった。『無視しよう』と決めていたが、反射的に。だって、さっきのピエロの言葉よりも今度のピエロの言葉は、セイギの要求に対する返答に思えたから。


「なぁ、道化って言葉の意味を知ってるか? ふざけるって意味だよ……それが俺の役目だ。ふざけるのが俺の仕事なんだよ。だから、俺は今日もふざける事を命じられていたんだ。芸術家にな……あぁ、口を開く音が聞こえたぞ。ちょっと待て、待て、俺に喋らせてくれよ。別に今の俺は、お前を馬鹿にしようとかそんな事をしようとしている訳じゃないんだ。こんな俺にだって分かるさ。今お前を馬鹿にしたら、どんな目に遇うかってのはさ……」

 ここでピエロは笑顔を消した。

「今の俺はマジなんだよ……真面目に話そうとしているんだ。こんな俺にだって、マジになる時はあるんだからさ……」


「真面目? 何で急にそんな……」

 セイギは仮面の奥で眉間に皺を寄せて聞き返した。『無視しよう』と思っていたピエロの言葉も今は気になる。セイギは『ピエロはふざけた言葉しか吐かない。だから無視しよう』と決めていた。だが今のピエロは妙に神妙な顔をしている。喋り方もそうだ。いつものふざけた感じはない。だからセイギは思う。『もしかして……今のコイツの言葉は聞くべきものなのか?』と。


「急に……か……ケケ……」

 セイギが聞き返した質問に対して、ピエロは再び小さく笑った。

「確かに……お前からしたらそう見えるかもな。でも、今日の俺はずっとマジだったぜ。だって、お前らが現れてくれて本当に嬉しかったんだからさ……言ったろ? 俺は退屈をしていたって……だから、お前らと戦う事が本当に楽しかったんだ。だから……うん、またお前と戦いたい……そう思った。ずっと俺の遊び相手でいてほしいってな……ケケ……だから、このままお前に死んでもらったら困るんだよ、芸術家の罠に嵌まってな……」


「罠?」


「あぁ……」

 セイギが聞き返すとピエロはすぐに頷いた。

「そうだよ……罠なんだよ。『俺は今日も芸術家にふざける事を命じられていた』……とさっき言ったろ? それが何か……教えてやる。それはな……『もし、英雄達が町を出ていた場合、その時は、怪しまれぬ様に演技をしながら、巨大テハンドに作った隙間から英雄達を町に戻してやれ』……こんな内容だったんだよ。あっ……待て、待て、喋らないでくれ。俺を止めるな。結構喋るのキツいんだよ……意識が朦朧としちゃってな。喋れる内に喋らしてくれよ……お前が今、何を言いたいのかは大体分かるから。俺は巨大テハンドに出来た隙間を知らない筈だったのに言ってる事が矛盾してるって言いたいんだろ?……悪い……あれは嘘なんだ」


「嘘だと!」


「あぁ~叫ばないで……腹の傷に響くから」

 ピエロは顔を大きく歪めて腹を擦った。

「嘘をついた事は本当にすまないと思ってる。でも……そうなんだ。俺は、お前らと戦う事が本当に楽しかった……だけど、始めは命令通り、怪しまれぬ様に演技をしながら……お前らと戦って頃合いを見てお前らを町に戻そうと思っていた。けど、けど……戦っている最中に、芸術家の命令に背こうと決めたんだ。お前らと戦う事が余りにも楽しかったからな……そして、そう決めたら隙間が邪魔になった……お前らが居なくなっちゃうかもしれないからな。そこですぐに隙間を埋めたんだが……だがな……隙間を埋める能力があるのに今まで放置していた事を知られたら、デカギライを倒せた程に勘の良いお前だ……芸術家の罠に気付いて……ここから居なくなっちゃうんじゃないかって思ったんだよ。だから、『隙間は知らなかった』と嘘をついた……すまない」


「すまないって……お前でも謝る事が出来るんだな。でも、そんなのはどうでも良い。それより、罠って一体何なんだよ」


「あぁ……それだよな。分かってる。話すよ……良いか? 芸術家はな、お前らに町に戻ってほしいんだよ……でも、うん、分かってる。変だよな?俺も戸惑ったよ……その前には芸術家に『輝ヶ丘に侵入しようとする奴らがいたら、それを阻止しろ』って命じられていたからさ……でも……芸術家はお前らだけは通して良いって言うんだ……だから俺は訳を聞いたよ……そしたら教えてくれた。良いか……一度しか言わないから耳をかっぽじってよく聞けよ」

 ここでピエロは一拍置いた。『これから話す言葉は満を持しての言葉だ』とでも言う様に。

「良いか? …………バケモノは町には居ない」

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