第4話 中と外の英雄 2 ―英雄対ピエロ&100体のテハンド―

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 セイギとピエロの一騎討ちが行われる二時間前、この時、

「ユウシャ……ボッズー……こりゃヤバイぞ」

 セイギは自分達が挟み撃ちにあってしまったと気付くと、ユウシャとボッズーに向かってそう言った。

「ん?」

 だがしかし、

「あっ……!!」

 この時、セイギはすぐに思い付いたのだ。この状況から逆転出来るかもしれない起死回生の作戦を。

「そうだ……ユウシャ!!」

 セイギは後ろを振り向いてユウシャを見る。ユウシャは今、セイギを追い掛けて坂道を駆け上がっていた。そんなユウシャを見下ろしながらセイギは聞いた。

「なぁ、ユウシャ、"10秒かけて作るデッカいヤツ"って今すぐ作れるか?」


「え? 10秒かけて作るデッカいヤツ……?」

 坂を駆け上がったユウシャは、迫り来るテハンドを睨みながらセイギの質問にこう答えた。

「それなら、今すぐにでも出来るが……」


 この回答にセイギはニカッと笑う。

「そうか! 良かった!」

 そして、今度はユウシャに向かってこう言う。

「なぁ、ユウシャ! ソレを、俺にやってほしいんだ!!」


「え……? お前にやる?」


「あぁ!」

 そう言って頷くとセイギは前方に向かって駆け出す。今、セイギが考えている事は『挟み撃ちにあうなら坂の近くじゃなくてもっと平坦な場所が良い』だ。その方が思い付いた起死回生の作戦がより上手くいくから。


「おい……ちょっと待っ……ん? あぁ、成る程。そういう事か」

 ユウシャは一瞬首を捻りかけた。でも、すぐに分かった。セイギがどんな作戦を思い付いたのかが。……と、同時に何故セイギが具体的な言葉を使わずに話すのかも。


 ― さっきピエロはセイギがボソリと呟いた言葉すらも聞き取って返答をして来た。もし、具体的な言葉を使ってしまえば、折角思い付いた策もピエロに聞かれてしまうかもしれない。そうなれば無意味。セイギはその事を懸念しているのだな……


「ふっ……」

 ユウシャはセイギの考えが全て分かると小さく微笑んだ。それから、今度はユウシャが駆け出す。セイギを追い掛ける為に。今、ユウシャが考えている事は『セイギが考えた策が成功するには、俺が坂道の近くにいては邪魔だ。もっとセイギの近くに居た方が良い』だ。そして、ユウシャは二丁拳銃を横に並べてセイギが求めた物の準備を始めた。


「なるほど、アレをやるつもりなんだボズな!」

 セイギが考えている事をすぐに理解出来るのはユウシャだけじゃない。ボッズーもそうだ。

「俺はどうすれば良い? お前がアレをやり易い様に離れた方が良いか?」


 そう聞かれたセイギは首を振る。

「いや、ボッズーはこのまま俺の背中にいてくれ!! ん? ……おっとと、そろそろ来るみたいだぜ」

 全速力で走ったセイギは(全速力といっても火事場の馬鹿力の如き速さではない。通常の全速力だ。)坂になっていた巨大過ぎて巨大過ぎる手の指の辺りから大分離れて、目測ではあるが前後100mは平坦が続く場所に来れていた。そして、そう。セイギの言葉の通りだ。セイギが『そろそろ来るみたいだぜ』と言うとほぼ同時に、テハンドの大群を引き連れたピエロが坂道を上がってきた。


「おいおい! ケケ!! 何をするつもりだ?今更悪足掻きしたって無駄だよーー!! もうお前らは逃げられない!! お前らは俺とテハンドにサンドイッチにされる運命なんだ!! ケケケケケケケケ!!!」


 ピエロは口を大きく開いて笑った。この笑いはセイギの作戦を知らない者からしたら湧き出て当然といえる笑いだった。何故なら、今起きている状況だけを見れば、セイギ達は正に絶体絶命の危機。セイギ達を挟むテハンドの大群はまるでサバンナのヌーの大移動の様で、今の手の甲の上には逃げる隙間さえないのだから。

 しかもヌーと違ってテハンドは飛べる。空にも逃げ場はないのだ。こんな状況、本来ならば勝ち確定、笑えて当然だ。……だが、セイギは起死回生の作戦を思い付いている。ならばピエロの笑いはやはり不要物。もし、この戦いを観戦する者がいれば、ピエロは笑っている事を笑われてしまうだろう。実際、この後すぐピエロは『笑っている場合じゃなかった』と後悔する事になるのだ。だって、ピエロの笑顔は驚きと痛みで大きく歪む事になるのだから。


「ふっ……笑いたければ笑えば良いさ。笑っていられるのも今の内だからな」

 さぁ、始まりだ。セイギより少し後ろを走っていたユウシャが、セイギよりも先に立ち止まってピエロが来る方向に振り向いた。ユウシャの二丁拳銃はもう準備万端。今すぐにでも光弾を撃つ事が出来る。

「くらえ……」

 ユウシャは準備万端の二丁拳銃を迫り来るピエロに向けた。


「ケケ!! なんだよ! なんだよ! 銃なんか向けてさぁ!! それってぇ、さっき俺をぶっ飛ばしたヤツでも撃とうとしてんのか?ケケケ!!! でもな、さっきは不意打ちだ。だから俺はくらった。だが、今度はそうはいかないぜ!! 逆に今度は食らってやる!! 俺のこの大きな口でなぁ!! ケケケケケ!!!」


 ピエロは大きく笑った口から分厚い舌をにゅるりと出した。ピエロはジャスティススラッシャーを食った時の様に、ユウシャの光弾も食うつもりなんだ。でも……これは大きな勘違い。ユウシャはフェイクを入れたのだ。これから自分達が行おうとしている起死回生の作戦が見破られない為に。


「ふっ……そうだ。笑え。笑っていれば良い」

 自分のフェイクに騙されたピエロを見てユウシャは小さく笑った。そしてその瞬間、彼はくるりと素早く後ろを振り向いた。そして、そして、

「行くぞ……セイギ!!」

 今度はセイギに銃口を向けた。

「……受け取れッ!!!」

 セイギは今、ユウシャと10m程離れた場所に立っている。そんなセイギに向けてユウシャは引き金を引いた。蒼白く光る弾丸がセイギに向かって飛んでいく。


「あぁ! 任せろ!!」

 セイギは大きく頷いた。セイギの準備も万端だ。セイギはユウシャがピエロの気を引いている時には既に、大剣を大きく振り上げていつ光弾が飛んできても良い様に待っていた。だから斬れる。自分に向かって高速で飛んでくるユウシャの光弾を。

「ハアッ!!!」

 セイギは光弾に向かって大剣を振り下ろした。すると斬られた光弾はセイギの大剣に吸収される。光弾が吸収されると大剣の刃は黄金に輝く。

「さぁ、行くぜ!! 決めるぜッ!!!」

 雄々しく叫ぶセイギはぐるりと独楽こまの様に回転しながら、目映く輝いた大剣を思いっ切り振った。

「大回転ッ!! ジャスティス! スラッシャァァーー!!!!

 くうを斬る大剣の刃からは残像の如く光輝く黄金のオーラが発射された。それは、一気呵成に回転したセイギが描いた大車輪。


「トウッ!!!」

 ユウシャはジャスティススラッシャーが放たれると上空に向かって高く跳んだ。


 ……この状況、どこかでもあっただろう?

 そうだ。デカギライとの決着をつけたあの日と同じ状況だ。


「え?! マジかよ!! そっちぃ!!! グエェェエーーーッッッ!!!」


 セイギが描いた大車輪はまばたきの速さで一気に飛んでいくと、ピエロとテハンドに斬撃をお見舞いした。その威力は強力だ。ピエロもテハンドもジャスティススラッシャーが命中すると、ユウシャの光弾の能力を受けて、体の内部から爆発を起こし、その激しい爆風で『まさかこの地球は無重力になってしまったのか?』と錯覚してしまいそうになる程の勢いで宙を舞った。


「へへっ……」

 セイギはこれを狙っていたんだ。

「ボッズー、今だ!! ピエロを追い掛けろ!! 飛んでくれ!!」


 セイギは『ユウシャ……ボッズー……こりゃヤバイぞ』と呟いた瞬間に『ん?』と、思い付いていた。

『そうだ……今の俺には勇気がいる。勇気の光弾の力を貰えば、ジャスティススラッシャーが使えるぞ!!』と。


『ジャスティススラッシャーなら、広範囲の攻撃が出来るから複数の敵にも同時に攻撃する事が可能だ。それに、ジャスティススラッシャーは刃に溜めたエネルギーを俺が描いた線の形に引き伸ばして放たれるんじゃなくて、攻撃の威力はそのまんま。そのまんまで射程を拡げさせられるから、ユウシャの光弾の能力の内部爆発を殆どの敵に起こさせる事が出来る。そうすりゃ、殆どの敵をさっきのピエロみたいにブッ飛ばせる……いや、ブッ飛ばせるだけじゃない!! 俺の大剣の刃は1cmくらいしかない、その厚さに本来であれば1mの範囲でくらう筈の威力を凝縮させられるから、普通に光弾をくらうよりか攻撃を受けた場所のダメージはデカいんじゃないかな? そうすりゃ、今まで弾き飛ばす事しか出来なかったテハンドにも、面倒くさい位しぶといピエロにも、特大のダメージを与える事も出来るかも……いや、きっとそうだ!! ヨシッ!! これなら絶対に敵の態勢を崩せるぞ!!』と。


 ……このセイギの作戦は成功した。宙を舞うテハンドの殆どはその五指や掌に傷を負ったし、ピエロも今までで一番の苦痛の表情を浮かべている。さぁ……そして、ここからは次の作戦だ。

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