第3話 閉じ込められた獲物たち 18 ―ボッズーを助けろ!―
18
それから………走り出してどれくらいの時が経った頃だろうか、尋ね人の声が聞こえてきたのは。
「ぺゅぅ! ぺぺぺっ! ぺゅぅ!!!」
「ん? ……おい、ユウシャ! 今の聞こえたか?」
「あぁ! 勿論だ!!」
その声が聞こえたのはやはり前方から。英雄達の聴力は視力と同じく人間並みを超えて鋭くなっている。だから今のボッズーの声は本来であればまだまだ遠過ぎて聞こえない声だったろう。実際、前方を見てもボッズーの姿はまだ見えないのだから。しかし、音や声というものは一度聞こえてしまうと遮るものがあっても聞こえてしまうもの。しかも今は遮るものの無い手の甲の上。ボッズーの声は聞こえ続けた。
「ぺゅぅ! なんだよ! ぺぺぺぺゅぅ!!」
「『ぺゅぅ!』って……ヤバイぞ、ユウシャ! アイツ大分焦ってる! やっぱりアイツ襲われてるんだよ! ちきしょう!!」
ボッズーが赤ちゃんの頃から一緒のセイギは、ボッズーの口癖の意味もよく知っている。『ぺゅぅ!』はボッズーが不快感や不愉快を露にしている時に使う言葉だ。それに、その声色は明らかに焦りの色。その声を聞いたセイギも焦った。
「落ち着けセイギ! 焦っては見付かるものも見付からなくなるぞ!!」
ユウシャは『ぺゅぅ!』の意味を知らない。でも、ボッズーの声の中にある焦りの色を感じ取る事は出来る。本当ならばユウシャだって焦りたい。だが、ボッズーの声の中に焦りがあるのならば、ボッズーが焦らなければならない状況にあるという事。だからユウシャは自分の焦りを必死に抑えた。ボッズーを見付けてあげる為に。焦りの渦中にいるボッズーの心を……"恐怖"を、ユウシャは読み取る事が出来るから。
「分かってるよ! 焦ってねぇ! 焦ってねぇけど……」
セイギは走りながら、下唇を噛んで頭を左右に大きく動かして手の甲の上を見回した。すると……
「あっ!!」
セイギは右前方を指差した。セイギは『焦ってない』とそう言ったが、確かに焦りはしていた。だが、やはりセイギは英雄だ。セイギはボッズーを見付け出す事が出来たんだ。
「ユウシャ! 見ろ! アレ、そうじゃないか!!」
「あぁ!」
ユウシャはセイギが指し示す方向を見て大きく頷いた。
「恐らくそうだな! アレはボッズーだ!!」
「ちくしょう……あの手の野郎! ボッズーを叩き潰そうとしてやがる!!」
二人はボッズーがいる方向に向かって走った。
ボッズーはまだ"点"だ。ボールペンの先で紙をトンっと叩いて出来る"点"くらいの大きさでしかない。その"点"は空中で上下左右にユラユラと揺れていて、その周りを米粒くらいの大きさの"手"が五月蝿い蝿を叩き潰そうとするかの様に追い回している。それも一つじゃない。幾つもだ。
「ボッズーに手を出したら絶対に許さねぇぞ!!」
ボッズーとセイギ達との距離は、ボッズーが"点"に見える程に、"手"が米粒大に見える程に、まだまだ遠い。しかし、セイギの《正義の心》は仲間のピンチに大爆発を起こす。
変身状態の英雄の走るスピードは時速100㎞くらい、そのスピードは各々の筋力や体力によって変わってくるものだが、セイギとユウシャは大体同じで、手足の長いユウシャが若干速いくらいだ。
ボッズーの捜索も今まではユウシャが若干前を走っていた。でも、ボッズーを発見したセイギは一気にスピードを上げる。でも、それは無意識。セイギが自分で考えた事は『ボッズーを早く助けたい』ただそれだけ。ただそれだけだが、そのスピードは共に走っていたユウシャが驚いてしまう程に速くなった。
「ッ!! なんてスピードだ……」
今までの倍以上のスピードになって先を行ってしまったセイギの背中を見ながらユウシャは呟いた。
「待て……と言うのは違い過ぎるな。だが、まぁ良い。突っ走るのがお前なら……俺は後援に回るさ!!」
そう言ってユウシャはホルスターから二丁拳銃を取り出した。そして、蒼白く光るレーザーをボッズーを追い回す"手"に向かってブッ放した。
「ダッーーーーーッッ!!!」
火事場の馬鹿力の如き力で走るセイギは一気にボッズーに近付けた。ボッズーまでは、およそ後100m。視力が研ぎ澄まされているセイギには、ボッズーの表情がもう見える。
「ぺゅぅ! ぺぺぺぺゅぅ!」
ボッズーは苦しそうな表情で自分に襲い掛かろうとしてくる"手"の大群と《羽根の爆弾》を使って戦っていた。
いや、違う。戦っているとはいえない状況だ。ボッズーは"手"が近付いてくると羽根の爆弾を発射して、羽根が"手"に突き刺さるとすぐに爆発させ"手"に攻撃をくらわせていた。だが、攻撃を受けた"手"はよろけて空中から墜ちそうになるものの、それはほんの一瞬で、すぐに"手"は体勢を立て直してしまう。そして、再びボッズーへと向かって行く……そんな状況。これでは牽制にしかなっていない。防戦一方。このままの状況が続けば、その内ボッズーは疲弊し切ってしまい、"手"の攻撃を受けてしまうだろう。しかも敵は大群だ。一体だけじゃない。ボッズーの元へと走るセイギの目には30体以上の"手"が見える。もし一発でも攻撃をくらってしまえば、ボッズーはこの大群にボコボコにされてしまうだろう。
「やらせるかぁ……」
セイギとボッズーとの距離は後30m。
まだボッズーの体には攻撃を受けた痕は見られない。しかし、防戦一方の状況ほど疲労は蓄積していくもの。容赦なく襲い掛かる敵の攻撃を避け続ける事は、まるで海中で溺れる様な息苦しさが続くという事なのだ……さっきのピエロとの戦いでセイギは十分にその事を学んだ。だから分かる。怪我が無くてもボッズーのタイムリミットはもうすぐそこに迫っていると。
「さっきは俺がユウシャに助けられた! だったら次は俺が助ける番だ!!」
セイギはそう叫ぶと、巨大過ぎて巨大過ぎる手の手の甲を蹴って跳び上がった。今までの走りは強力な助走となって、セイギは太陽に向かって駆け上がる様にグングンと高く高く跳んでいく。ボッズーは手の甲から数えて、約20mの高さにいるのだから、これくらいの跳躍力は必要だ。
「ボッズー! 待たせたな!!」
ボッズーを追い回す"手"の大群は、獲物に群がるハイエナの様にボッズーを取り囲んでいた。その囲みの中に大剣を持ったセイギが割り込んだ。
「デェヤッ!! トゥリャ!! オゥリャッ!!」
セイギは大剣を振り回し、ボッズーを取り囲む"手"をドンドン弾き飛ばしていく。
更にセイギの斬擊が届かない奴をユウシャが発射したレーザーが弾き飛ばす。
「デェイッ!!! させっかよ!!!」
そして、今まさにボッズーに殴りかかろうとしていた"手"もセイギは弾き飛ばした。
「セイギ! 来てくれたんだボズな!!」
「あぁ! 待たせたな!! ……って、それより! ボッズー、早く俺の背中に掴まってくれ!!」
「え?!」
「じゃねぇと!!」
じゃないと……
「このままじゃ俺が着地するのは手の甲の上じゃなくて地面になっちまう!! 跳び過ぎたぁーー!!!」
そうなんだ。セイギは跳び過ぎた。セイギは勢い良く跳んでも"手"に斬撃をくらわす事で跳びの勢いは弱まって上手く手の甲の上に着地出来ると思っていた。
でも、余りにも速く走り過ぎて助走が強力になり過ぎてしまったからか、"手"に斬撃をくらわせてもセイギの跳びの勢いは全く弱まる事はなく、このままでは手の甲の外に出てしまいそうなんだ。
「う……うん!」
ボッズーは頭の上を見上げて頷いた。
セイギはまだ空中を駆け上がっている。今ではボッズーよりも高く跳んでしまっている。
「わ、分かったボズ!!」
ボッズーは急いでセイギを追い掛けた。
しかし、セイギが弾き飛ばした"手"は全てじゃない。セイギが駆け上がる道中にいた奴のみだ。ユウシャが援護射撃で弾き跳ばしてくれたのもそう。セイギの斬撃の邪魔をしてきそうな程近くにいた奴のみ。全てじゃない。だからまだボッズーを狙おうとするハイエナ達はいるんだ。ソイツ等が空中を駆け上がるセイギを、セイギを追い掛けるボッズーを、攻撃しようと動いた。
しかし、しかし、その動きを邪魔するのがユウシャだ。
「おっと……俺の友を狙わせはしないぞ」
セイギに置いていかれたユウシャも遂に追い付いた。彼は"手"の大群の真下で立ち止まると、バンッ! バンッ! ……二丁拳銃を連射した。
ユウシャのレーザーはユウシャが標的と定めた相手に向かって飛んでいく。それは相手が動いていても関係ない。直角に曲がりながらレーザーは標的を追い掛けていくから。レーザーから逃げようとする奴も、レーザーをくらう前にセイギとボッズーを攻撃してやろうと急ぐ奴にも、ユウシャのレーザーは百発百中で命中していく。
攻撃を受けた"手"はさっきと同じく、レーザーが命中した箇所が内部から爆発し、その勢いで何処か遠くへと飛んでいく。
「ふぅ……これでやっと、俺達の邪魔をする奴はいなくなったな」
………やっとだ。やっと、"手"の大群は全て、英雄達の目の前から消え去った。
「へへっ! 助かったぜ!!」
「ユウシャ!! ありがとうボッズー!!」
「いや、御安い御用さ……なんてな。ははっ!」
ユウシャは無事セイギを掴まえられたボッズーと、ボッズーに掴まえられてまるで天使に生まれ変わったかの様に空を飛ぶセイギを見て『やれやれ……』と言った感じで笑った。
「それより早く降りてこい。これで俺達の邪魔をする奴はいなくなった。サッサと町に戻ろう」
「あぁ! そうだな! ボッズー、降りてくれ!」
「ほいやっさ!」
ボッズーは翼をバサリと羽ばたかせると一気に下降してセイギを手の甲の上に降ろした。
「へへっ! ボッズー、ありがとな!!」
セイギはそう言って背中に掴まるボッズーの頭をポンポンと撫でる様に叩くと、ユウシャを見て、また「へへっ!」っと笑った。
「ぐへへ!」
そんなセイギを見てボッズーも笑顔だ。
「ふっ……」
勿論、笑い掛けられたユウシャも。
三人が三人とも笑っていた。苦難を乗り越えて溢れた笑顔だ。
「へへっ! んじゃ、行こうか!!」
セイギがそう言うと、
「あぁ!」
ユウシャは二丁拳銃をホルスターに仕舞いながらセイギに向かって頷いた。そして、二人は振り向く。隙間があった筈の中指と人差し指の方向に向かって。
あぁ、やっとだ。そして、これからが本当の戦いの始まりだ。輝ヶ丘を救う為の激闘の始まりなんだ……
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