第3話 閉じ込められた獲物たち 16 ―邪魔者はいつもピエロだ―

 16


「うわぁッ………イテテッ!!」

 セイギは手の甲の上に墜ちた。

『イテテッ!!』とセイギは言うが、その言葉よりか実際の痛みは軽い。巨大過ぎて巨大過ぎる手はゴムの様な弾力をしていて、空から墜ちた衝撃は幾らか軽いものだったから。

「ちくしょう……」

 だからセイギはすぐに起き上がる。そして、辺りを見回すんだ。同じく墜ちたユウシャとボッズーの安否を確かめる為に。

「勇気!! ボッズー!! 大丈夫か!!!」


 しかし、


「仲間の心配をしてる場合じゃないぜぇ~~」


 セイギの真後ろからピエロの声が聞こえた。


「………ッ!!」

 セイギはその声に素早く反応する。腕時計を叩き、大剣を取り出し、立て膝の姿勢からぐるりと後ろを振り向きながら、大剣を振り上げて立ち上がる。この振り上げは、ピエロに斬撃をくらわす為の振り上げだ。


 ガキンッッ………


 セイギはピエロの声と共に、ピエロの強い殺気を感じた。だから『やられる前にやってやる!』そう考え、動いた。だが、その攻撃はピエロには届かなかった。


「ケケ! あっぶねぇ! 斬られるところだったぜ!!」


 何故なら、ピエロもまた手に持つバズーカを棍棒の様にセイギに向かって振り下ろしていたからだ。二人の武器は相手に当たる前にぶつかり合った。

 そして、ピエロの分厚くて大きな口からは軽口が飛び出す。


「お前が来てくれ嬉しいよ! ガキセイギ!! ケケケ!!! 退屈で退屈で堪まらなかったんだぜぇ~~俺はッ!! それにしても、よく空から墜ちる奴だなぁ~~お前はッ!! ケケケケケケケケ!!!」


「うるせぇ! お前のせいだろ! 俺が空を飛べるようになった時は俺がお前を倒す時だぜッ!!」

 ピエロのバズーカが縦の線、セイギの大剣が横の線になって、二人の武器は十字にクロスしている。その十字を壊そうと、セイギは大剣を持つ手に力を込めてピエロの体を押そうとした。


「ふざけやがって! 俺の得意技を取んなよ! ふざけるのは俺の得意技なんだよッ!!」


 しかし、ピエロも負けじと押してくる。二人の力は拮抗している。どちらかが押し勝つ事もなく、二人は己の武器を手に押し合い、そして睨み合う事しか出来ない。


「ぐぬぬ……」


「流石だな……デカギライに勝っただけの事はある……」


 これでは埒の明かぬ攻防……その事に気付かぬ二人ではない。だから二人は押し合いをやめた。

 それからの行動は奇遇にも同じ、二人は地面を……いや、手の甲を蹴ると後方に向かって一跳びし、相手との距離を取った。


「ケケ! 遠距離攻撃なら俺の方が得意だぜぇ!!」


 ピエロの武器はバズーカだ。棍棒じゃない。ピエロはバズーカを肩に担ぐとセイギに向かって一発発射した。


「そんな攻撃くらうかよ!!」

 ピエロが次に何をするのかセイギは読んでいた。セイギは大剣を横一線に振ると、自分に向かって飛んでくる花火玉を斬った。

 斬られた花火玉は爆発し、その爆発は大剣に吸収される。

「俺にだって遠距離攻撃が出来るのを忘れたのか! 行けッ! ジャスティススラッシャー!!!」

 セイギは大剣でくうを斬る。その刃からは残像の如く光輝く黄金のオーラが発射された。


「うわっ!! 出た! 出た! 忌々しいヤツ!! ソイツを出しときゃ良いと思ってんじゃねぇぞ! 悪いけど、俺にはソイツは効かないぜ!!」

 しかし、ピエロは分厚い唇をニチャリと歪ませる。余裕の笑みか……違う、笑ったのではなくピエロは大きな口を開いたんだ。そして、その中から現れたのはこれまた分厚い舌。しかもその舌は長い。カメレオンの舌よりも長い舌。

「ベロンチョ! ベロンチョ!」

 ピエロはその長い長い舌を鞭を打つ様に、自分に向かって飛んでくるジャスティススラッシャーに向かって伸ばした。

「ケケケ!!!」

 ジャスティススラッシャーに向かって伸ばした舌は、今度はそれこそカメレオンが補食をする時の様にジャスティススラッシャーを巻き取ってしまい、

「バックンチョ!!!」

 そして、ピエロはそのまま大きな口でジャスティススラッシャーを食べてしまった……

「ウゲェ~~マズゥ~~! ケケケケ!!!」


「えっ!! マジかよ……」

 避けられた事はあっても、食べられた事は初めて。流石にセイギも驚いた。

「ちきしょう!! ナメやがって!!」


「ケケ!! いやいや、ナメてねぇよ! 食べたんだよ!!」

 再び軽口を叩いたピエロはバズーカを発射する。


「クソッ!!」

 セイギなそれを側宙で避ける。


「糞って口が悪いぞぉ!! そして俺は顔が悪い!! ケケ!! うるせぇよ~~!! ケケケケケケケケ!!!!」

 ピエロは再び撃ってくる。ドカンッ! ドカンッ! と一発撃っては又一発と続け様に。


「うわっと!!」


「ちきしょうッ!!」


「当たるかよッ!!」


 セイギは側宙から着地すると、今度は前方に転がって飛んでくる花火玉の下を潜って避けた。潜って避けたその後は、体をバネの様にして空に向かって高く飛んで花火玉を避ける。高く飛んだら次はバック宙、セイギが丸めた体のギリギリを花火玉は通過していく。


「おいおい! サーカスでもしてんのかよ!! サーカスって言ったらピエロだよな!! ケケ!! お前もピエロになってみるか? 楽しいもんだぜピエロの人生も!! ケケケケケケケケ!!! あっ! でもお前は花火と一緒にドカーンッと消し飛ぶ方がお似合いか!! ケケ!! ケケケケケケケケ!!!!!」


 ピエロの攻撃は全然止まらない。避けても避けてもドンドン撃ってくる。だからセイギは避け続ける。懸命に……懸命に……ずっとずっと避け続ける。


「おいおい! いつまで続けるんだよ!! かれこれ15分は続けてないか? 熱中してて15分に感じるなら実際は30分超えてんじゃないのけ? お前の腕時計で時間確認してくれよぉ~~!!! ケケケケ!!!」


「うるせぇな……」

 確かにセイギの防戦一方の時間は15分近く続いてしまった。しかし、防戦一方のままで良いとセイギは考えていない。懸命に避け続けながらセイギは自分の攻撃のチャンスを探していた。


 ― アイツのバズーカは無限に玉が出てくるのか……どうすれば良いんだ。このままじゃ体力がもたねぇ! こんな時にボッズーやユウシャが居てくれたら……いやいや、そう考えたって今が一人なのは変わらねぇ!! 現実逃避は止めてサッサと考えろ! 俺!!


「あっ! でもでも俺はお前に感謝してるんだぜ!! お前が来てくれて本当助かったよ!! ケケケケ!!! 芸術家に『輝ヶ丘に侵入しようとする奴らがいたら、それを阻止しろ!』って命令されてさぁ!! めちゃめちゃムカついてたんだよ!!」


 ― うるせぇな……ゴチャゴチャ喋りやがって! 喋るか、攻撃するかのどっちかにしてくれ! 考える力が落ちるだろ!!


「まさかお前達が輝ヶ丘の外に出ているとは思わなかったしな!! 糞過ぎる雑魚を相手にしないで助かったよ!! ケケ!! でも、お前も俺からすれば雑魚だけどな!! ケケケ!! でもでも、あぁ~~それでもまた、退屈してきたなぁ!! お前、避けるばっかはやめてくれよ!! 避けてばっかはつまんねぇって!! 当たるか攻撃してくるかのどっちかにしろよ!!」


「それは俺の台詞だ!! お前も喋るか攻撃するかのどっちかにしろ!!」


「なんだとぉ~~!! 言っとくけどな! 俺の退屈も元々はお前のせいだかんな!! お前らがデカギライを倒したから、俺は謹慎処分だとよ!! 王からは『暫くは芸術家の命令を聞け』だってさーーー!!! 芸術家が失敗しない限りは俺は謹慎なんだってさーーー!!! そんなの無いぜ!! 俺は自分の意思で動きたい名軍師のつもりなんだからさーーー!!!」


「ふっ……」

 その時だ。ピエロの言葉を鼻で笑う声がした。

「"つもり"か……それなら"つもり"のままでいろ……」

 その声はセイギとは違って、涼やかな声。突然聞こえたその声はピエロの背後から聞こえた。


「え?!」

 セイギに向かってバズーカを撃ち続けるピエロは油断してしまっていた。口では『避けてばかりはつまらない』と言っても、敵に攻撃の隙を与えない自分に酔っていたのだろう。だから饒舌。いや、そうでなくても饒舌な奴だが、言わなくても良い事も漏らしてしまっていた。そして、それだけ油断していたピエロは背後の事など気にしてはいなかった。だから気付かなかった。自分の脇腹にガキユウシャの銃口が当てられても、ユウシャの声が聞こえるまでは。ユウシャの銃が火を吹くまでは。

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