第3話 閉じ込められた獲物たち 15 ―邪魔者ばかりが現れる―

 15


 では、その頃輝ヶ丘へと戻ろうとしていたガキセイギ達はどうしていたのか……


「あそこに隙間があるぞボズ! 見えるか? 中指と人差し指の股のすぐ下ボズ!!」


 ボッズーはビュビューンモードのまま巨大過ぎて巨大過ぎる手に近付くと、中指と人差し指の間に極々僅かな隙間を見付けていた。

『極々僅かな』といっても、それは巨大過ぎて巨大過ぎる手からすればの話で、ガキセイギ達からすれば充分過ぎて充分過ぎるくらいの隙間だった。


「あぁ見えるぜ! 絶好の場所だ! 早速降りようぜ!!」


「OKボッズー!!」

 ボッズーはセイギの返答に軽く頷くと"下の翼"から空気を一気に噴射し、一気に中指と人差し指の上空へと進んだ。

「じゃあ降りるぞボズ!!」

 そして、一旦停止し翼をビュビューンモードから普段の2本の翼に戻した。


「邪魔が入らないと良いけどな……」

 ユウシャの呟きだ。

 今、セイギとユウシャの両手は繋がれている。どちらも武器を持つ事が出来ない。邪魔が入るとまずいのだ。


「そうだな。急ぎたいところだけど、ゆっくりこっそり行こうぜ。ボッズー、頼む」

 セイギはユウシャに同意すると、ちょっと小声になった。


「うん分かったボズよ」

 ボッズーもまたセイギと同様にちょっと小声になると、セイギの指示通りゆっくりと高度を下げ始める。

 ゆっくり、ゆっくり、自分達が侵入しようとしている事を気付かれないように………だが、それは上手くいく筈がない。檻を作っただけで敵が油断する訳がなかったから………


「ん?」

 最初に気付いたのはユウシャだった。

「おい……セイギ、ボッズー、あそこに何か動いていないか?」


「あそこ? どこだよそこ?」


「あぁ……すまん。手の甲の所だ。人差し指の骨がボッコリと盛り上がっている所があるだろ?そこだよ」

 巨大過ぎて巨大過ぎる手は手の甲を盛り上げて山の様な形を作って輝ヶ丘に覆い被さっている。ユウシャが言うのは、その盛り上がっている手の甲の中でも更に盛り上がっている人差し指の中手骨の頭の辺りの事だ。


「ボッコリ……あぁ、あそこか。ん? なんだありゃ?」

 ユウシャが言う『ボッコリと盛り上がっている所』を見たセイギは眉を潜めた。


「『なんだありゃ』って何がだボズ?」

 ボッズーは中指と人差し指の隙間だけを見て慎重に高度を下げていたのだが、何かを見付けたらしい二人の会話が流石に気になって、視線を隙間から手の甲へと移した。すると、

「ん? なんだありゃ??」

 彼もまた眉を潜める事になった。


 ………何が『なんだありゃ?』なのか、それは


「うねうねしてるな……」


「あぁ、何かが手の中で蠢いている様だ」


 そうなんだ。三人が見詰めるその場所では何かが動いていたのだ。でも、そこに巨大過ぎて巨大過ぎる手以外の物がある訳ではない。巨大過ぎて巨大過ぎる手の手の甲自体が動いているんだ。範囲は広くない。極々僅かな場所。でも、それは巨大過ぎて巨大過ぎる手からすればであって、人間からすればそうじゃない。中指と人差し指の隙間よりかは小さな範囲だが、もしセイギやユウシャがその場所に立ったら彼らの方が全然小さき者だろう。

 そして、その場所はうねうねと……手の甲の中に大蛇でも住んでいるのならば分かる動きを見せていた。それも一匹や二匹じゃなく、何匹もの大蛇が折り重なって蠢いている様なんだ。


「なんだありゃ……キモいボズな。何だか嫌な予感がするボズよ……」

 そう言いながらもボッズーは高度を下げる事を止めてはいなかった。

「どうするボズ? 俺の予感が当たる前にやっぱり一気に行っちゃうかボズ?」


「あぁ……そうだな。その方が懸命かもな」


 ……と、セイギは答えたが、何か嫌な予感がした時は、時既に遅しが定石。今回もまた、時は既に遅かった……


 ボッズーはセイギの許可を得ると翼をはためかせ下降の勢いを増した。この時、急いで行動をしようと思ったのはボッズー達だけではなかったんだ。それは手の甲の中で蠢くものも同じくだった。


「ん? 動きが早くなった……」

 それにいち早く気付いたのも、やはりユウシャ。ユウシャは慎重な性格だ。セイギとボッズーが話している時も、ボッズーが下降の勢いを増しても、彼は一瞬たりとも手の甲から目を離さなかった。

「セイギ……下降するのはまずいかもしれないぞ。一度、手から離れた方が良いかもしれない……」


「え?」

 反対にセイギは、ボッズーに話し掛けられた時は頭だけを動かして後ろを振り返る様に視線を移してしまったり、ボッズーが下降の勢いを増すと『隙間の近くには何もないよな?』と中指と人差し指の隙間の付近を見てしまっていた。だから気付くのが一瞬遅れた。


「あっ! クソッ……成る程な……セイギ、蠢いていた物が何だったのか分かったぞ……あれは巨大な手の子供だ」


「子供?」

 セイギもやっと手の甲に視線を戻した。

「あ……」


「気付いたか……?」


「あぁ……でも、あれは子供じゃねえ。俺達からすれば全然デカイぞ」


「分かってるよ……」


「俺はもうアレとは二回も戦ってる……いつもの奴だ」


「分かってるよ……」


 手の甲の中で蠢いていたものの正体……それをユウシャは『巨大な手の子供』と言った。その表現が正しいのかどうかは定かではないが、ユウシャがこの言葉を使った事には理由がある。

 手の甲の蠢きの速度が増すと、蠢いていた場所はすぐにコブが出来た様に丸く盛り上がった。そして、コブが出来たか思うと今度はコブの中に蠢きが見えた。……かと思うとすぐに、コブは針を刺された風船の様に破裂して、その中から現れたのが"掌を天に見せながら五指を不規則に動かし蠢く手"だったのだ。その姿にユウシャは生まれたての赤子の姿を重ねたのだ。

 しかし、ユウシャもこの"手"が赤子の様に可愛い者ではない事は分かっている。セイギが『いつもの奴』と言った様に、その"手"は蠢いていた範囲と同じくらいの大きさで、セイギやユウシャよりも大きく、およそ2mはあるだろう………それはセイギがピカリマートの屋上や駅前公園で戦った"手"と同質の存在であるという事は火を見るよりも明らかだったから。


「確かに……ユウシャが言う様にこのまま下降を続けるのはヤバいかもな」


「だろ……」


「あぁ……」


 セイギとユウシャは弱気になった……訳じゃない。だが、両手が塞がれ武器を持てない無防備な状態では相手は明らかに強敵。しかも……


「ドンドン増える感じだな……こりゃあ」


 一匹目の"手"が生まれると、手の甲の蠢く箇所は一気に増えて、手の甲には遠目から見ると鳥肌の様にも見える大量のコブが発生してしまっていたのだ。


「じゃあ……一旦距離を置く事にするかボズ? それともあそこの隙間はやめて、他に隙間が開いてないか探すかボズ?」


 このボッズーの問いに本当ならばセイギは髪の毛を掻き回したいところ、でも両手は塞がれている。

「う~ん……そうだなぁ。ボッズー、一旦地上に降りてくれるか? んで、俺かユウシャを一人だけ連れてもう一度この高さまで上がってくれ。人差し指のあの場所だけに敵が発生する訳じゃないだろうし、隙間を抜けるにはどちらにしろアイツらと戦わないといけない思うんだ……でも、今の俺達じゃ武器を持つ事も出来ねぇ。とりあえず一人ずつじゃねぇと」


「それならば戦うのは俺が良い。セイギの大剣じゃ近距離でしか戦えないが、俺の銃なら上空からでもいける。それに弾丸の装填のいらない銃だ。何匹だって相手に出来る。あの気持ちの悪い手を俺が一気に殲滅させてやるよ……」


「殲滅……出来るかな? アイツら無限に発生する可能性もあるぞ」


「だが、まずはやってみないと始まらん。無限に生まれるなら生まれるで、その時はその時で考えよう……」


「そうか……まぁ、そうだな。んじゃボッズー、そういう事だから、とりあえず俺を地上に」


『地上に降ろしてくれ』セイギはそう言おうとした。だが、その言葉は不快な笑い声によって遮られてしまう……空が割れた日に、デカギライとの決戦の日に、嫌という程に聞いた"嫌な笑い声"によって。


「ケケケケケケ!! そうはさせないぜ!!」


 そして、この笑い声もまた手の甲から聞こえた……


「なに……」


「ぺゅぅ!! この声って……」


「アイツかよッ!!」


 作戦会議を遮られた三人は同時に驚きの声をあげた。そして、その瞬間、鳥肌の様に大量に発生していたコブの内の一つがパンッと破裂音を放ちながら破裂した。


「ケケケ!! そうだよ!! 俺だよ!! 俺様だよ!!! ケケケケケケケケ!!!!!!!!」


 その中から現れたのは大きな唇をニチャリとニヤリと歪ませた《ピエロ》だ。しかもその手には……


「うんとこどっこいしょ!! ドカーーンッッ!!」


 真っ黒なバズーカがあった。そのバズーカをピエロは躊躇も見せる事なくセイギ達三人に向かって発射した。


「クソッ!!」


「ぺゅぅ!!」


「マジかよッ!!」


 撃たれたロケット弾は高速で三人に向かって飛んでくる。そして、そのロケット弾はまるで花火玉の様な形をしていた。いや、『花火玉の様な』ではない。実際に花火玉だったのだ。その事はセイギ達のすぐ真横で大きな打ち上げ花火が花開いた事で分かった。


「あぁ~~失敗だ!! 当たんなかったかッ!! ケケッ!でもキレイだねぇ~~!! ケケケケケケケケ!!!」


 真昼の空に花開いた真っ白な花火を見てピエロは笑った。

 しかし、セイギ達は反対に……


「うわっ!!」


「うっ!!」


「うわぁッ!!」


 苦痛の表情……。花火の直撃は免れた。だが、すぐ真横で花火が咲いた事で三人はその爆風をくらってしまったのだ。そして、そのせいでボッズーの飛行は安定を失ってしまう。


「ダ……ダメだ!! 墜ちるボズ!! せ……せめて……ッ!!!」


 巨大過ぎて巨大過ぎる手を上空から見下ろせる位の高さまでボッズー達は飛んでいた。この高さから地上に墜ちれば、いくら変身状態の英雄達でも相当なダメージを受ける事は必至。だからボッズーは『せめて墜ちるなら手の上にしなければ』と英雄二人を巨大過ぎて巨大過ぎる手に向かって投げた。


「うわっ!!」


「うわぁッ!!」


 叫び続ける英雄二人……

 突如として現れたピエロによって、彼らは急展開を余儀なくされてしまった………さぁ、どうなるか。

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