第3話 閉じ込められた獲物たち 14 ―踊れ……踊れ……―

 14


 ― 踊れ……踊れ……もっと踊れ……お前達の踊りに笑いが止まらないよ。地獄の業火に焼かれるその時まで、踊り続けろ……馬鹿共が………


 ―――――


 それから町は混乱を極めた。


 駅前で赤い石を探す人々は年齢も性別もバラバラで、友人知人の集団ではない。

 彼ら彼女らの殆どは個人が個人の意思で動き出し、結果的に"人々"になっただけの人々であるから。

 駅前に集まった理由も各々にあって、石を探す内に駅前に行き着いた者もいれば、『駅前で赤い石を探している人が大勢いる』と聞き付けてやって来た人だって、たまたま駅前を通りかかった事で捜索に参加し出した人だっている。

 中には友人知人と一緒に捜索に来ただろう人達も居たが、全体で言えばそれは少数で、全てではない。


 だが、始まりは個々でも、人が集まるとリーダーシップを発揮し指揮を執り出す人物が必ず現れる。今回それは30代半ばくらいの男性で、その人物は面識のない人に対しても『頑張りましょう!皆で平和を取り戻すんです!』と声を掛けたり、『そっちは探しましたよ! まだあっちが手付かずです! あっちをお願いします!』と優しい口調でアドバイスを出したりしていた。


 けれど、キツネのお面が消えた後、その人の声からは優しさは一切消えてしまった。『あっちを探せ!』『お前はこっちだ!』と荒い口調で指示を出し、その人にとって少しでも鈍いと感じる動きをする人物がいると『何をやっているんだ! サッサと動け! 俺の足を引っ張るな!!』と怒鳴り散らした。


 しかし、キツネのお面が消えた後、この男性の人格が変わってしまったかというとそうではない。では、男性の性格の根本が荒い性格だったのかというと、それも違う。どちらかというと、この男性の本来の性格は優しい口調で話していた時の方が近いから。

 ならば何故、男性は怒鳴ってしまっているのか、それは人間であれば理解が出来る筈だ。人間誰しも焦りや怒りを抱いた事がある筈だから。男性を怒鳴らせるものは二つの感情、キツネのお面への怒りと、『3億個もの赤い石を見付けなければならない』という苦難がために生まれた焦りなんだ。


 ………ならば、男性は他の人達に『八つ当たりをするな』と責められても仕方がないだろう。だが、誰もそうは言わない。何故なら、焦り、怒っているのは男性だけではないからだ。


 キツネのお面が『3億個の石を見付けろ』と言った時に、嘆いた女性がいただろう。この女性の嘆きはたった一人のものじゃなかった。言うなれば、赤い石を捜索する人々全てが抱いた感情だった。

 女性は言った『簡単って……そんなの無理だよ! 私達、この場所に来て二時間!! 見付けたの、まだ100個もいってないのに!!』と。

 この『二時間で100個もいってない』という言葉、これを深読みすると、『二時間で100個近くは見付かっている』とはならないだろうか。実際、愛が輝ヶ丘の大木から駅前に来るまでに赤い石が続々と見付かる光景を見ている。ならば、それは場所を駅前だけに限定しても同じだったのではないだろうか。


 続々と見付かる石、"難航などせず容易過ぎて疑いたくなる程容易"に進められていると思えた捜索、しかし、結局は3億に対しての100、僅かな数でしかなかった。石を見付ける度に覚えた喜びも、言わば"ぬか喜び"でしかなく、その結果が人々を焦らせ、その焦りがキツネのお面に対しての怒りを増幅させる。そして、その怒りが人々の声を荒げさせる………皆が皆同じなんだ。捜索に参加している人々全てが焦り、怒り、叫んでいるのだ。


 しかも、キツネのお面が現れるまで捜索する人々を傍観していた人も今では捜索を始めたのだから怒号をあげる人は増えるばかり……


 そんな人々を見ていると、彼ら彼女らの事を『平和な日常を取り戻す為に、手と手を取り合い生きている人々の姿だ』と思えていた愛も、もうそうは思えなくなってしまっていた。


 それも、怒鳴るだけならまだ良い。のちに人々の怒りは暴力にも変わってしまった。それは駅前の雑居ビルにあるコンビニ内から石が見付かった事が始まり。

 それまで人々は店や家屋にまで押し入って捜索をしようとはしていなかった。しかし、捜索をする人々の中にも元々の性格が荒い人もいる。そんな人が焦りと怒りを覚えたら、より荒くなる。より荒くなれば常識は意味を失くす。


 そんな常識を失くした人がやってしまったんだ。コンビニの中の捜索を。

 その行動はまるで空き巣が金目の物を探して家の中を荒らす様で、棚や冷蔵庫に陳列されていた商品は床に散らばり、タバコの新フレーバーを宣伝する為にレジ前に設置されていた紙製の什器はボロボロにまで破壊されてしまうし、挙句の果てにはレジの中まで探されてしまってレジカウンターの周りには大量のお金がバラまかれてしまった。

 この暴挙は店員が止めようとしても止まらずで、最終的に店内は嵐に見舞われた後の様に滅茶苦茶にされてしまった。


 更にその人がコンビニ内から赤い石を見付けてしまったから大変だ。何故なら、その行動が焦る人々には"正解"に思えたからだ。

 人間は一度正解に思える事柄や行動を見付けると、その正解を真似し始めてしまう所がある。それは勿論、捜索をする人々も同じで、今まで怒鳴りはしても常識は失わずにいた人でもこの"正解"を真似し始めてしまったのだ。


 コンビニの次はファーストフード店が襲われた。真似をした人達に。その次は美容室。その次はパチンコ屋。その次は薬局。その次はリサイクルショップ……人々の行動はもう暴徒と変わらなくなってしまった。


 そして、人間は個性はあっても結局は似た者同士。駅前以外でも同じ様に暴徒と化してしまった人々が現れていった。決して"全ての住民が"ではないが、現れてしまっていたのだ……

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