第3話 閉じ込められた獲物たち 13 ―閉じ込められた獲物たち―

 13


 ボッズーが自分自身の勘が正しかった事を知るのはまだまだ後……

 しかし、ボッズーが勘を働かせた事も、セイギ達が助けに来ようとしている事も、まだ何も知らぬ愛が、まず先に"その事"を知る事になる。



「輝ヶ丘に住む愚か者共よ、ご苦労様」


 街頭ビジョンにキツネのお面が現れると、さっきまで『コンコン……』と鳴いていた抑揚のない声が言葉を話し始めた。ビジョンに映るお面の口は動かない。お面はお面でも誰かが被っている気配もない。ただ真っ黒な画面の中央に生首の様にキツネのお面が大写しにあるだけ。だが、街頭ビジョンを見る人は誰しも『キツネのお面が喋った』という認識を持った。更に言うと、『キツネのお面は《王に選ばれし民》だ』という認識も持っていた。空が黒く染まってから次々に起こった怪現象は、その認識を持つには十分な現象だったからだ。そして勿論、その認識は愛も持っていた。だから街頭ビジョンを見詰める愛の眼差しは鋭くなり、その手は強く握られる。


 ― 何なの……何を喋るつもりなの……


 愛が声にはせずに呟いた疑問に答える様に、抑揚のない声=キツネのお面の声は次の言葉を話し出した。


「どうやら、石の捜索は捗っている様子だな。どうだ? まるで宝探しみたいで楽しいだろう? こちらも楽しいよ。お前達が馬鹿みたいに一喜一憂する姿を見るのは」


 ザワザワ……


「何ッ!!」


「どういう意味だ!!」


「馬鹿にするな!!!」


 街頭ビジョンを見る人々が怒りの言葉を口にした。


「……ムカつく」

 怒りを覚えるのは勿論、愛もだ。彼女は思っていた。『抑揚のない声なのに、馴れ馴れしい口調で喋るのがよりムカつく』と。


「怒ったか? そうだろうな。お前達の感情の移ろいなんて手に取るように分かるよ。良いぞ。もっと怒れ。お前達を滅亡させようとする敵が目の前にいるのだ。怒って当然だ。もっと怒れ。人間はもっと感情的になって良い。人の目など気にしなくて良い。もっと怒れ」


「何言ってんの……」

『怒れ』と言われなくとも既に怒っている愛は更に強く拳を握った。愛が拳を作るのは左手。右手は未だに真田萌音と通話をしていたスマホを握っている。しかし、その通話は切れている。愛は切ったつもりはない。でも、切れている。その理由は次にキツネのお面が発した長い長い言葉の中にあった。


「輝ヶ丘の住民共よ、お前達の怒りは当然のものだ。受け入れよう。それだけ俺はお前達を侮辱してきた。しかし、お前達が死ぬべき存在だという考えを、私は変えるつもりはない。お前達も俺が送った数々の手紙や真っ赤な炎を許せないだろ? それと同じだ。俺も輝ヶ丘が許せないんだよ。輝ヶ丘は俺にとっては存在してほしくない場所なんだ。だから滅ぼしたい。お前達と俺とでは混じり合う事の出来ない関係性なんだよ。だから、戦おう。戦って決着をつけようじゃないか。勝った方が正しい。俺が勝てば、やはりお前達は死ぬべき存在。お前達が勝ったならば、お前達は生きるべき存在。お前達が生きるべき存在ならば、俺は潔く敗けを認めて、自ら命を絶とうじゃないか。どうだ?良い提案だろう?」


「戦い? 何言ってるんだよ!!」


「何だとッ!! 戦うって何だッ!!」


「何をすれば良いッ!!」


 街頭ビジョンを見詰める誰かが叫んだ。

 街頭ビジョンに映るキツネのお面には、この声は聞こえているのだろうか?それは分からない。だが、キツネのお面の長い長い言葉の続きはこの叫びの答えとなるものだった。


「戦いの内容が気になるだろう。その内容は簡単だ。俺は昨夜までに町中に3億個もの赤い石をばら蒔いた。それを全て見付けるのだ。どうだ? 簡単だろう? ただ今日お前達がしていた事を続けるだけなのだから。今日お前達がしていた事は間違いじゃない。探すのだよ。赤い石を。期限は72時間。お前達が72時間以内に全ての石を見付け出せれば、お前達の勝ちだ。24時間で1億個ずつ石を見付ければ良いだけの話。簡単なものだ」


「簡単って……そんなの無理だよ! 私達、この場所に来て二時間!! 見付けたの、まだ100個もいってないのに!!」

 今度叫んだのは女性だ。この声は怒鳴るというより、嘆きに近い。声の中に絶望が見える。しかし、その嘆きが敵を甘くさせる事はない。


「もし72時間以内に全て見付け出せなければ、その時は輝ヶ丘は炎の海に溺れる。一夜明ければ焼け野原だ」


「炎の海……」


「焼け野原……そんな……」


 キツネのお面の言葉に嘆く人の声がまた増えた……そして、キツネのお面の言葉はまだ続く。


「舞台装置は既に設置されている。後は俺が合図をすれば戦いの始まりだ。ギブアップも試合放棄も無し、お前達には戦う事しか許されない。もし逃げ出そうとするなら、空を見ろ。お前達を見下ろす空は今、不思議な色をしているだろう?アレはお前達が戦いを放棄して逃げ出さぬように設置した檻のせいだ。その檻がどんな形をしているのか、檻の中のお前達が知る方法は無いから教えてやるが、アレは"手"だ。ニュースを見た者は知っているのではないか? 《王に選ばれし民》の芸術家が作る"手"を。ピカリマートの屋上を破壊した"手"と同じ物だと言えば、より分かるだろう? あの手よりも更に巨大な物が、お前達の町を取り囲み、空を遮り、太陽の光を奪ったものの正体だ。そして、もしお前達の内の誰か一人でも町から逃げ出そうとすれば、"手"はお前達住民を一人残らず叩き潰す。嫌だろ? ならば、探すしかないのだよ。赤い石を」


「そんな……」

 今度聞こえてきた声は叫びにもなっていなかった。声の中に絶望が見えるどころか、絶望一色の声だった。自分勝手な無茶なルールを敷かれて、絶望し切った声だった。


「檻の中にいるのだから、外部からの助けは絶対に期待できないぞ。お前達は俺に勝つしかないのだ。それに、助けを呼ぼうにも輝ヶ丘内の全ての電波は俺が操れるように《王に選ばれし民》に頼んだ。今は電話もメールも何の意味を成さないからそう思っていてくれ」


「電話も……」

 ここで愛はやっと気付いた。右耳に当てたままにしていたスマホの電話が切れている事に。

 そして、キツネのお面の長い長い言葉はまだまだ続く。


「それと、俺はお前等と違ってたった一人だ。戦いはなるべく条件を平等にしたい。ハンディキャップが欲しい。さっきの爆発音を聞いただろ?あの時、駅だけじゃなく、消防署や警察署も破壊させてもらった。これでお前達の助けになる者は大分少なくなったな。火事が起きても消す者もいなければ、お前達を守る者もいない。駅を破壊したのだから地下からの助けも望めないぞ。(※1)……あるとすれば英雄か。しかし、英雄は俺を倒せないだろうから安心だ。さて、それではそろそろ始めたいと思う。始まりの合図も簡単だ。俺のこの仮面が、今お前達が見ている画面から消えたらそれが始まりの合図にしよう。俺と決着をつけて、自らの手で自分達の命を掴み取れ住民共よ」


 そう言うと、キツネのお面は周りの黒に侵食されていくかの様に白い仮面を徐々に黒く染めていった。


 街頭ビジョンの画面が黒一色に変わるまで約5秒。この約5秒間の内にキツネのお面は捨て台詞を吐く様にある言葉を発したのだが、しかし、その言葉を聞いていた人は何人いたのだろうか。画面が黒くなり始めると、今までキツネのお面の言葉を黙って聞いていた人達も騒ぎ始めてしまったから。

『石を探すんだ!!』と走り出す者もいれば、泣き叫ぶ者、ただ怒鳴るだけの者もいて、駅前は一気に喧騒の波に飲まれてしまった。

 愛さえもその言葉を聞いていなかった。彼女は画面が黒くなり始めると、近くに居る筈の真田萌音を探し始めてしまったのだ。


 しかし、確実に一人はいた。それは駅前のベンチに座り、両手に顔を埋めて震え続けていた真田萌音だ。彼女はキツネのお面が最後に何を言ったのか分かっていた。


「俺はあの時の怨みを忘れていないぞ。あの時の頬の痛みを忘れていないぞ。輝ヶ丘が滅びるのも全てはお前のせいだ。せいぜい後悔をしながら死んでいくといい」

 こんな言葉をキツネのお面が吐いた事を、彼女は知っていた……


 ―――――


「なんて事……」


 帳場に座る山下のお婆ちゃんは呟いた。その目は自分が座る椅子のすぐ横に置かれた小さな棚の上のラジオに向けられている。その眼差しは険しい。何故なら、お婆ちゃんも聞いたからだ。キツネのお面の言葉を。それは最後に発せられた言葉まで全て。


 キツネのお面が映った物は(又はキツネのお面の声が流された物は)駅ビルの街頭ビジョンだけではなく、輝ヶ丘内にあるテレビ、PC、スマホ、ラジオ……人々が情報を得る為に使う一番身近なツールであり、つ電波を使用する物全てだったのだ。


 だから、お婆ちゃんも日曜の昼に放送されている大好きなラジオ番組を聞く為に帳場のラジオをつけていたところ、キツネのお面の言葉を聞く事になってしまった……


「あの時の頬の痛み……今の言葉って……」


 キツネのお面の最後の言葉を聞いたお婆ちゃんの指先は震えていた。お茶を飲んで気持ちを落ち着けようとするが、湯呑みも震えてしまって上手くいかない。その理由は、最後の言葉を言うまでのキツネのお面は『お前達』や『住民共よ』と言っていたように、輝ヶ丘内の全ての住民に向けて話していたが、最後の言葉だけは違っていたからだ。『お前』とたった一人に向かって言っていたからだ。そして、その相手が誰なのか、お婆ちゃんには分かった。だから、お婆ちゃんの手は震える……


「萌音ちゃん……」


 キツネのお面の最後の言葉、それはストーカー男がお婆ちゃんと真田萌音を強襲した日の出来事を言っているのだと、事件の当事者であるお婆ちゃんには理解出来たのだ……


 ※1 輝ヶ丘駅は二つの路線が乗り入れる俗に言う『乗換駅』であり、その内の一つは地上を走る電車で、もう一つは地下鉄である。地上からの侵入は芸術家の作る"手"によって封じている為、キツネのお面が駅を破壊し封じたかったものは、キツネのお面の言葉にもある通り、地下鉄の線路を使った"地下からの"侵入の方である。因みに正義達が乗った路線は地上を走る電車の方だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る