第3話 閉じ込められた獲物たち 11 ―萌音は震える―

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 街頭ビジョンに映るキツネが喋り出すその少し前、愛と同様に街頭ビジョンを見詰めていた真田萌音は体を激しく震るわせていた。

 もし、人々の注目が街頭ビジョンに映るキツネのお面に向けられていなければ、人々は真田萌音を異常な物を見る様な目で見ただろう。それだけ、彼女の震えは激しかった。


 しかし、彼女の激しい震えは自分で意図して起こしているものではないし、寒さ等によって体が異常を起こしている訳でもない。街頭ビジョンにキツネのお面が現れたから……それが理由だ。ならば『人々の注目が街頭ビジョンに映るキツネのお面に向けられていなければ、人々は真田萌音を異常な物を見る様な目で見ただろう』……こんな例えは必要の無いものだ。


 だって、人々が街頭ビジョンに注目する理由も、真田萌音が激しく震える理由も、全ては『街頭ビジョンにキツネのお面が現れたから』なのだから。


 いや……人々が街頭ビジョンに注目する理由も、真田萌音が激しく震えている理由も、実際の原因まで遡ってみると、本当はキツネのお面が現れるその少し前に起きた事が原因。それは、ノイズが聞こえた時だ。ノイズが聞こえた時に、人々の注目は街頭ビジョンに注がれ始めたのだから。そして、その時点で真田萌音も震えていた。今よりも震えは激しくないが、確かに彼女は震えていた。


 いや………真田萌音がノイズが聞こえた時点で震えていたのならば、やはり本当の原因は、そこよりも前になる。人々がノイズに反応した事もそうだ。何故なら人々は、ノイズが聞こえるその前から駅の方に視線を向けていたのだから。ならばその理由は何か? それは簡単だ。その理由は駅が攻撃を受けたからだ。夜の様に黒く染まった空の下では、真っ赤な炎はよく目立つ。炎が生まれる直前に聞こえた爆発音の出所がどの方向からのものなのか聞き取れなかった人でも、炎が生まれたら、皆駅に視線を向けた。そして、萌音もまたその時点で震えていた。震えはまだ穏やかだ。だが、確かに彼女は震えていた。だから彼女は震えを抑えようと自分自身を抱き締めた。


 いやいや…………『夜の様に黒く染まった空の下では』……本来ならばまだ昼間の筈なのにこんな事が起きている時点で人々は町に異変が起きた事を察している。ならば人々が炎に反応した事も、ノイズに反応した事も、実際の実際にまで遡れば、全ての理由は"空が黒く染まったから"だ。空が黒く染まった事で人々の警戒心が高まっていたからだ。人々は空が黒く染まった後に立て続けに起こった現象に反応していただけ。全ては空が黒く染まった時が始まり。だから今、人々はキツネのお面が映る街頭ビジョンを注視しているのだ。そして、萌音もまだ穏やかではあるが駅が燃えた時点で震えていたのならば、その震えの始まりはその前に起きた事にある。では、空が黒く染まった時点ではどうだったのだろうか? 人々が空が黒く染まった事に気付き、警戒心を高め始めた時点での萌音はどうだったのだろうか? 爆発音が聞こえ、一瞬にして空が黒く染まったその瞬間の萌音はどうだったのだろうか?


 その瞬間の萌音は、空を見上げ下唇を噛み締めていた。右手を強く握って、その反対に左手は地面に向かってダラリと垂らしてしまっている。その手には愛との通話の為にスマホを持っているが、暫くすれば地面に落としてしまいそうだ。何故なら、その指先は微かだが震えているから。まだジッと見られなければ気付かれない程度の微かなものではあるが、この時点でもう既に……


 そうなんだ。空が黒く染まった時点で萌音はもう震えていた。そして、空が黒く染まるその少し前なんだ。萌音の震えが始まったのは。

 始めはほんの小さな震え。人に見られても気付かれない程度の震えだった。そして、そんな震える自分に気付いた萌音は焦った。震えがどうしても止まらないから。だから萌音はすぐ近くに見付けたベンチに腰掛けた。目立たない様に体を小さくしたかったからだ。見られても気付かれない程度の小さな震えだが、彼女は人の目から隠れたかった。どうしても震えが止まらないから。


 ………真田萌音が激しく震える理由は、人々が街頭ビジョンを注目する理由と同じく『キツネのお面が現れたからだ』と始められた。しかし、その震えの始まりにまで遡ると『空が黒く染まったから』と結論付けるにはまだ早かった。萌音が震え出したのは、その少し前だから。遡りの始点は同じでも萌音と他の人々では原点が違っていたのだ。

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