第3話 閉じ込められた獲物たち 10 ―キツネのお面―
10
正義と勇気の変身は一瞬だった。
「英雄?? え……本物??」
だから、目映い光に一番早く反応した少年が振り向いた時にはもう、その場所には英雄の姿に変わった二人が立っていた。
「うわっ! 英雄だ!」
これは少年の声じゃない。また別の人が発した声だ。
ガキセイギとガキユウシャが現れた事を一番初めに気が付いた少年が驚きの声をあげると、セイギ達が乗る車両の乗客達はワッと後ろを振り向いた。
「スゲェ! 本物??」
「本物っしょ! 本物!!」
特に分かりやすく英雄に反応したのは警戒心の薄い子供だ。その反対に大人は驚きで固まって動けない人が多かった。
普通の人からすれば英雄の存在はまだ正体も出自も謎過ぎる。大人の中には謎過ぎる英雄を警戒視している人も多く、《王に選ばれし民》と同等に見ている人すらいるのだ。ならばその英雄が突如として現れたのだから驚き固まってしまっても仕方がないだろう。
「うわぁ~マジか!」
しかし、そんな大人達を余所に、まだ中学生くらいだろう、活発そうな顔をした男の子達の集団がセイギとユウシャに近付いてきた。
「ヤバァ! 本物っすよね?」
「握手して下さいよ!」
「写真撮っても良いっすか?」
「おい、やめろ。触るな……撮るなって……そんな状況ではない! はしゃぐな! 退いてくれ!」
子供達に囲まれたユウシャは、輝ヶ丘に異変が起きている状況なのにも拘わらずはしゃぎ出した子供達に注意をしながら、手で払う動作で彼らを退けようとした。
でも、セイギは……
「へへっ! まぁ良いじゃねぇかユウシャ! 怖がられるよりかマシだぜ!」
そう言うと、
「ほらほら、お前らどいてくれ! 俺達世界を救いに行かなきゃいけないんだ! 遊ぶのはまた今度だ!ほらほら、どけどけ!」
自分達を取り囲んだ男の子達の頭を撫でる様に優しくポンポンっと触りながら、彼らに道を退くように促した。
「世界を救うだって! ヤバァ! やっぱ本物だよ!」
「うわっ! 頭触られたぜ! 握手より貴重かも!」
「俺もう風呂入らねぇ!」
子供達はキラキラと瞳を輝かせた嬉々とした表情で、セイギのお願い通り英雄二人の前から退いてくれた。
「うわぁ! ヤベェ! かっけェ~!!」
でも、彼らは前から退いても二人の後ろからついてくる。
「へへっ! 風呂は入れよ、風呂は! ほらほら、ついてくんな、ドア開けるぞ、危ないぞ! お前らはちゃんと車掌さんが良いって言ってから降りんだかんな!」
道を譲られたセイギ達が向かうのはやはり外。電車のドアの前に立ったセイギは無理矢理ドアを開きにかかる。
「俺の真似しちゃダメだぜ!」
「そうだ、ダメだぞボズ!」
ボッズーもセイギに乗っかって注意をした。そして、いつの間にだろう、セイギの胸に抱かれていた筈のボッズーはいつの間にやらセイギの背中に移動していた。
「ヨイショッ!!」
電車のドアは思っているよりも重い。大分重い。でも、英雄の力なら襖を開けるよりも簡単だ。
「さて……」
そして、ドアを開いたセイギはもう一度輝ヶ丘に起こった異変を見た。それから呟く。
「……今度こそ、怪我せずにいきてぇな」
「そうだな……弱音を吐く訳じゃないが。アレは強そうだ」
ユウシャもセイギの横に立つとそう呟いた。
そんな二人の背中に向かって、さっきの子供達が
「頑張って!」
声援を送った。
更に、最初にガキセイギ達の存在に気付いた少年も。
「頑張って下さい!」
そして更に、
「応援してます!」
「輝ヶ丘を守って!」
「あなた達を信じてる!!」
これは大人達の声援だった。初めは驚いて固まっていた大人達の中にも、『英雄は自分達の味方だ』と分かっている人もいたんだ。
「へへっ!」
声援を受けたセイギは車内を振り返った。振り返ると、乗客達の熱い眼差しがセイギ達に向けられていた。その眼差しには、応援、激励、そして信頼……そんな、英雄達の心を強くするには十分な気持ちが溢れていた。
「ありがとう……皆!」
乗客達の熱い眼差しを受けたユウシャの心は燃え上がった。輝ヶ丘の異変に気が付いた時から眉間の皺を深め続けていた彼の顔にも、余裕の笑みが生まれるくらいに。
「ありがとな、みんな!! みんなの応援があれば百人力だぜ!!」
勿論、セイギの心も燃え上がる。もし、仮面の奥に隠れた赤井正義の瞳が見えたならば、その瞳が真っ赤に燃えている事に乗客達は驚いた事だろう。
「さぁ、行くぜ! ユウシャ!!」
そして、セイギはユウシャの背中をポンッと叩いた。
「あぁ! 行こう!!」
ユウシャは力強く頷くと、彼もまたセイギの背中をポンッと叩いた。
「さぁ、行くぞ! セイギ!!」
「おう!!!」
二人は勢い良く電車を飛び降りた。輝ヶ丘へと向かう為に。
―――――
空に視線を向けた愛は、黒く染まった空を観察する時間すら貰えずに、すぐにその視線を街頭ビジョンへと移さざるを得なかった。
街頭ビジョンから聞こえるノイズが愛を呼ぶから………そして、街頭ビジョンへと視線を移すと、愛は「あ……」と、吐息の様な驚きの声を漏らした。
………遂さっきまで街頭ビジョンに映っていた映像は三月から駅ビルで行われるセールのCMだった。そのCMは鮮やかなピンク色の桜が舞う中を明るい笑顔の男女が歩く、少し先の未来に待っている春を想わせる爽やかなCMだった。
でも、ノイズを聞いた愛が視線を移すと、そのCMには砂嵐が混じっていて、鮮やかなピンク色には黒と灰色が混じり、乱れる映像は男女の明るい笑顔を歪に湾曲させていた。
― 何なのこれ?不気味……
愛は声に出さずに呟いた。その瞬間、
コンコン……
コンコン……
今度は狐の鳴き声の様なものが聞こえた。
しかし、それは『狐の鳴き声の様なもの』でしかなく、明らかに本物ではない。何故ならそれは、明らかに音声合成で作り出したもの。抑揚の薄い、"ただ読み上げるだけの声"だったからだ。
「………」
声を聞いた瞬間、愛は眉をしかめた。
そして、愛が眉をしかめたそのすぐ後、
ガガ……ガガ……ガガガガガガガ……
まるで街頭ビジョンの中だけで大地震が起こったかの様に、映像は更に激しい乱れを起こした。その乱れは長い時間じゃない。ほんの1~2秒程だ。だが……乱れが治まった後、映像は元には戻らなかった。春を感じさせるピンク色は完全に消え去って、爽やかな明るい笑顔の男女は影も形も失くなった。残ったのは真っ暗な画面。
「何なの……?」
街頭ビジョンを凝視する愛は胸の奥にザワつきを覚えた。
もし、このまま真っ暗な画面が続くようなら愛のザワつきも暫くすれば治まっただろう。駅が《王に選ばれし民》の攻撃を受けたのは確かな事、だから愛も『そのせいで街頭ビジョンに不具合が起きたんだ……』そう思えた筈だから。
でも、そうではないから愛のザワつきは消える事無く大きくなり続けるんだ。
コンコン……
また、読み上げるだけの声が聞こえた。
コンコン……
もう一度。
そして、『コンコン……』という声と共に、真っ暗な画面に浮かび上がるものがあった。それは、炙り出しの文字の様に始めはぼんやりと、それから徐々に真っ暗な画面の中央が白く変わっていく。
徐々に……
徐々に……
そして、最後には形を成して。
「キツネの……お面……?」
愛はビジョンに映ったものをそう受け取った。
面長な面に、尖った耳、一本の黒い線で書かれたつり上がった目、口は波線の様に書かれニヤリと笑って見える……首を傾げた愛に誰かが答えを示さなくとも、その答えは明白だった。明白にも『キツネのお面』。それ以外にはなかった。
「輝ヶ丘に住む愚か者共よ、ご苦労様」
さっきまで『コンコン……』と鳴いていた抑揚のない声は言葉を話し始めた。
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