第3話 閉じ込められた獲物たち 8 ―浸透―

 8


「町中に赤い石がばら蒔かれているのは分かってんだ、ソレが発火装置にされる前にサッサと男を捕まえに行くぞ!」


 ……そう言って正義が電車に乗ったすぐ後、愛が輝ヶ丘駅前に現れた。スマホを耳に当て、その通話相手に少し怒りながら。


「忘れてたって……ちょっと酷くないですか?」

 愛は駅前を行き交う雑踏の中、立ち止まり、腰に手を当てて鼻息を勢いよく噴射した。

 その目は駅ビルの壁面に設置された大型の街頭ビジョンを見ている。街頭ビジョンにはニュース番組が流れていて、報道されているのは赤い石に関しての事。愛の父親が言っていた様に、赤い石は"かなり"大きな話題になっているんだ。


「ごめん、ごめん!」


 愛の通話相手はそう言った。

 しかし、責める愛に反して相手は悪びれない雰囲気。

 その雰囲気が更に愛の怒りを呼ぶ。


「ごめんって……私、起きたら連絡下さいってちゃんと送ってましたよね? 先輩!!」


 そうだ……愛の通話相手は真田萌音。先輩だ。


「うん、送ってたよ。だからごめんね。許してよ」


「もう……」

 愛はため息を吐く様に呟いた。

「私、先輩の事が心配で心配で……だから話がしたいんです。それなのに無視しないでよ!」

 愛は雑踏を作り出している人々を睨んだ。いや、本当に睨んだ訳ではない。ただ見ただけ。でも、湧き上がり続けている怒りが愛の瞳を鋭くするからそう見える。


 何故、愛の心に怒りが湧き続けるのか。それは、真田萌音の身を案じているからだ。

 そして、その案ずる気持ちは真田萌音が書いた記事が世間に浸透すればするほど生まれてくる物で、今、愛の目の前の雑踏を作り出している人々は、その"浸透"の象徴だった。


 何故ならば、人々が向かう場所は駅前ではあるが駅ではない。言うなれば"赤い石"。人々は探しているのだ。赤い石を。


 そして、愛が秘密基地を出て、この駅前に着くまでに見た光景もまた同じくだった。

 道端に座り、側溝までも覗き込み物陰を探る人。

 並木道の木を揺らし又は木に上り、木の葉の中をガサガサと探す人。

 住宅街の道路に停められていたパトカー。

 パトカーの近くに居る警官を、まるで売り切れ御免のセール品の様に取り囲む大勢の住民


 ………そんな光景が一つや二つ、三つや四つではなかった。皆が皆、昨日までなら不思議に思える行動をしていた。愛が町に出て見た人々は皆が皆、赤い石に関係する行動を取っていたと言っても過言ではない。


 しかも、その捜索は難航などせずで、赤い石は続々と見付かり続けているのだから、愛の心はざわつき続ける。


 赤い石を探す人々の姿を見るだけでも不安を覚えるのに、赤い石が続々と見付かり続ける事実がよりその不安を深めていく……


「心配って本当に心配症だなぁ、桃ちゃんは。その気持ちはありがたいよ。でも、昨日の内から蛭間さんと約束してたんだよ」


「なら、私がメールした時にそう言って下さい。蛭間さんって先輩が記者やってる所の人ですよね? また記事を書くつもりなんですか?」


 そうなんだ。真田萌音は愛からのメールを無視して別の人と会っていたんだ。


「いや、記事に関しての話じゃないよ。大学入ってからの今後の話がしたくて。一応あの人、駆け出しの私のアドバイザー的な役割の人だから色々打合せしないといけないから」


「じゃあ、もう終わったんですよね? 今何処に居るんですか? 会いたいです。私も先輩の記事にアドバイスがあるんで、聞いて下さい!」


「私の記事にアドバイス? 何だろ? 気になるな! あっ……て事は記事読んだんだよね? どうだった?」


 スマホから聞こえる萌音の声は嬉しそう。真田萌音は自分が書いた記事が読まれるのが心底嬉しい人間なのだろう。

 その嬉々とした声に愛の眉間には皺が寄る。


「感想は後で言います。それより何処に居るんですか?」

 愛の怒りはつのるばかり。真田萌音にのらりくらりと話題を躱されている……そんな気分になっていたから。


 そして、この時、愛の後ろからはまた『あった!』という声が聞こえた。


 ― また……? また見付かったの?


 愛の動悸は早くなる。そのせいか足の先から胸の辺りまで鳥肌が立つ感じを覚えた。そして、そのゾワゾワとする感じが、愛を一瞬現実から逃げさせた。想像。いや、妄想。愛は考えたんだ。

『もし先輩が事件に関わる事なく生きていてくれて、私も何も知らない高校生として生きている世界で、今と同じ様に赤い石が見付かり続けていたら、私はどう動き、どう考えたのだろう?』と。………その答えはすぐに出た。

『その世界の私は、皆と同じ様に石を探して、石が見付かる度に恐怖を覚えながら、それでいて喜びも覚えてただろうな……』という答えが。


 何故、"恐怖と喜び"なのか。それは駅前に集まり石を探す人々は皆、石が見付かる度にその二つの表情を見せるからだ。恐怖と喜びが綯交ぜになった表情を。


 始めは石が見付かった事で恐怖を抱き、そして次には石が炎に変わる前に見付けられた事で、平和に一歩近付いた気になり喜びになる。

 捜索する人々の感情は、言葉にしなくても分かるくらいに分かりやすかった。


『私も"普通"だったらここに居ただろうな……少しでも早く平和な日常を取り戻す為に』愛はそう思った。そして、そう思って愛は分かった。『ここに居る人達も今の私と同じ様に「平和な日常を取り戻す為に」って考えて、「石を探そう」と「平和を取り戻そう」と"動き出した人達"なんだ』と。


 ― 多分、中には瑠璃みたいに号令をかけた人もいるかもしれないな。そして、その意思を呼び起こしたのは先輩………


 愛は怪文書への抗議文に、『今は世界中の皆で手と手を取り合い、助け合い生きていく、そう変わっていくべき時ではありませんか?』こう書いた。

 今、愛の目に映るのは、二月の寒空の筈なのに汗を流し必死に石を探す人の姿……愛の目には、そんな人々の姿が、正に『手と手を取り合い生きている人々の姿』に思えた。


 ― こんな風に皆に手と手を取らせたのは先輩だ。先輩が記事を書いたから……


 最近の愛は真田萌音の記事を否定する事しかしていなかった。それは萌音の身を案じているからこその考えではあったが、その"効果"を目の当たりにすると、愛が萌音と出会った頃から持ち続けていた彼女への尊敬の気持ちが愛の心を覆い尽くそうとする不安や怒りの気持ちを一瞬だが消してくれる。

 だが、一瞬なんだ。それは一瞬でしかない。僅かにも一瞬。一瞬すると、愛はやはり真田萌音が起こした"効果"に不安を覚えた。


 ― この状況……やっぱり《王に選ばれし民》にとっては黙って見てられる状況じゃないよね……


『報復』……そんな言葉が愛の頭に過った。そしてまた、一瞬。そう一瞬なんだ。愛が『感想は後で言います。それより何処に居るんですか?』と真田萌音に質問をした時から『報復』という言葉が過るまで、ここまでもたったの一瞬。

 だから愛が再び手に汗を握った時、真田萌音は愛の質問に答えた。


「駅前だよ。さっきまで蛭間さんと駅前のファミレスに居たから」 


「え……? そうなんですか?」


「うん。桃ちゃんも駅前に来てみな! 石を探してくれてる人達がいっぱいいるから! 私も加わろうかな!」


 萌音の快活な声。


「そうなんですか、実は私も……」

『近くに居るんです』愛はそう言おうとして辺りを見回した。


 その瞬間………

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