第3話 閉じ込められた獲物たち 7 ―ストーカーの居場所は何処ですか?―

 7


 二人の会話が『アレ』だけ成立したのは塾に向かっている間におこなった打ち合わせの賜物だ。二人は決めていた『俺達が知っているストーカー男の情報は、なるべく"身体の特徴だけ"って事にしよう』と。


 言い出しっぺは正義。彼の考えはこうだった。

『ストーカー野郎が塾で講師をしていたってのを知ってるって事は話の導入として使いたいから仕方ないとして、男が上位クラスの講師をしてたって事まで知ってるのはなるべく隠したい。塾がストーカー野郎が働いていたのを隠したいって思ってるって前提で考えると、始めから詳しい情報を出し過ぎると「コイツら人探しって来てるのに、持ってる情報が妙に詳しいな?」とか思われて「コイツら本当はストーカー野郎の事を知ってて何か探りに来てるな……」って勘繰られるかもしれないじゃん? そしたら「これ以上塾の悪評を流されてたまるか!」って黙っちゃうかもしれない。だからなるべく男が上位クラスの講師をしてたって情報を持っているのは明かしたくない。でも、明かさないと相手の人が俺達が誰を探しに来たのか分からなそうだなって感じだったら、仕方ないけど言うわ。勇気、俺は話し始めるとよく脱線しちゃうし、話に夢中になっちまって冷静にタイミングを見計らう事が出来なくなりそうだ。だから勇気、お前は俺が塾の人と話してる間、静かにそのタイミングを見計らっててくれ。んで、「今が言う時だ」って判断したら俺に合図してくれよ』


 ………この打ち合わせがあって、さっきの勇気の言葉になる。


「上位クラス? あぁ、分かりました。あの人か……」


 勇気が合図を出したタイミングはベストだった様だ。

 正義が要求していた『言わなければ相手が分からなそうだな』というタイミングとは少し違っていたが、塾の男性はまだこの塾で働いている人間の中から正義が言う特徴の人物を探していた感じだったから、合図を受けて正義が言った

『その人、上位クラスの講師をしていたって聞いてます!』

 という言葉で、二人が誰を探しに来たのかようやく分かった様だ。


「上位クラスって特Aクラスの事ですよね? それなら、以前ここで勤めていた柏木さんじゃないですかね。でも、その人もうここ辞めてますよ」


 そんな事は知っている。でも、正義は首を傾げた。

「辞めてる? そっか、そうなんですね。でも、住んでた場所とかそういうのって分かりませんか?」


 この要求に男性は渋い顔。


「う~ん……辞めてまだ一年くらいなんで探せば残っているとは思いますけど、はたして開示して良いものかと言うと……」


「あの……」

 男性の渋い顔を見て喋り出したのは勇気。

「悪用する訳ではないんですよ。コイツ、金を貸してくれた人を一年以上探し続けてやっとここに辿り着いたんです。どうにかなりませんか?」

 勇気は正義に助け船を出した。

「会社的に駄目なら、個人的にでも良いです。住所の詳細は渡せなくても、どこら辺に住んでいたとか行きつけの店はあそこだった……とか、そういう情報でも良いので……」


「う~ん……まず自分があまり柏木さんとは親しくしていませんでしたからね。あ、でもちょっと待ってもらっても良いですか? 今、特別授業を行っている者が以前柏木さんと特Aクラスを受け持っていた者なので、何か知ってるかも。後、5分くらいで小休憩に入るんですが」


 男性は『どうでしょう?』と伺う様な表情。


 その顔を見て

「あ、はい! 勿論! 待ちます!」

 正義は大きく頷いた。


「助かります……」

 勇気も感謝の意思を込めて頭を下げた………


 ………


 ………………



 それから………



 ……………………………約5分後。



「どうも!」


 と、白髪頭を短く刈り上げた男性がやってきた。その横にはさっきの男性も。だが、その人は正義達に白髪の男性を紹介するとすぐに去っていった。正義達の目の前に現れた時と同じ様に小さく会釈をして。


「えっーと……ご紹介に上がりました、えぇ、宮本です」


 白髪の男性は頬を擦りながらそう言った。


「大体の内容はさっきの鈴木くんから聞いたんだけど……」


『鈴木くん』それは始めに正義達を応対してくれた男性だろう。


「君達は柏木くんに会いたいって事で良いのかな?」


 この質問に答えるのは正義。

「はい! そうなんですよ。以前、俺が困ってる時に柏木さんからお金を貸してもらって。それを返したいんです」


「うんうんうん、なるほど。柏木くんがね。珍しい事をするもんだな」


「珍しい?」


「あぁ、こっちの話だよ。彼は辞める時に色々とあったからね。そんな優しい面もあったなんてと思って」


「辞める時に色々?」

 さっきから正義は空質問の様な質問を繰り返しているが、その内容は勿論知っている。知らないフリをしているだけだ。


「あぁ、ごめんね。それもこっちの話。聞かなかった事にして」


 そう言って白髪の男性=宮本さんは再び頬を擦った。


「………」

 この宮本さんの話しぶりを聞いて、勇気は『何だか口の軽そうな人物だな』という印象を持った。

 しかし、そう簡単にはいかない。何故なら相手は"大人"だから。


「君達に柏木くんの住所とか教えてあげたいんだけどね、やっぱり個人情報だからね。守秘義務があるから、そう簡単には教えられないんだ」


 宮本さんはまた頬を擦った。


「あぁ……そこをなんとか」


「どうにかなりませんか?」


 正義と勇気はごり押しをしてみた。


 だが、

「俺も怒られたくないからね」

 宮本さんはそう言う。

 しかし、相手は大人。策を持っていた。

「でも、さっき君達のどちらかが言ったんだろ?個人的なものでも良いって。それなら教えられるよ」


「え! 本当ですか!」


「あっ……助かります! ありがとうございます!」


 少し暗くなり始めていた正義と勇気の表情は明るく変わる。

 その顔を見て宮本さんはニコリと笑った。


「柏木くんは大人しい人だったから、俺も彼とそんなに親しくしていた訳ではないけど、特Aクラスのベテランと新人の間柄だったからね。何度か無理矢理飲みに連れていった事があったんだよ。その時に一度彼が飲み潰れてしまって自宅近くまでタクシーで送った事があったんだ。その場所を君達に教えるよ」


「ど……どこですかソコ?」

 正義は生唾をゴクリと飲み込みながら、ダウンのポケットに入れていたメモ帳を取り出した。


「うん。まず、場所は本郷だね。本郷五丁目だったかな。ナビで調べれば出てくるとは思うけど、そこの二階建てのアパートに彼は住んでいたよ」


「本郷五丁目……二階建てのアパート。アパートの名前とか分かりますか?」

 正義はメモを取りながら宮本さんに質問をした。


 この正義の質問に宮本さんは首を振る。


「いや、そこまでは覚えていないね。でも、そのアパートのすぐ近くにラーメン屋があったな」


「ラーメン屋が近く……」

 正義は再びメモを取る。


「そう。えっーと……店の名前はね」


「覚えていますか?」

 この質問は勇気だ。勇気の手は汗で濡れていた。ストーカー男の居場所へと繋がると思われる有力な情報に勇気は緊張を覚えていたんだ。


「うん……ちょっと待ってね。当時いた生徒と同じ名前で印象に残っていたんだけど、誰だったかな? えっーと……山本じゃないし、御堂筋……いや、もっと普通の名前だったな。あぁ、そうだキノシタだ」


「キノシタ……」


「そう、漢字の木と下の間に『ノ』が入る木ノ下。分かる?」


「こうですか?」

 正義はメモ帳に書いた『木ノ下』の文字を宮本さんに見せた。


「うん、それだね。その木ノ下だ」


「へへっ! じゃあ、このラーメン屋の近くのアパートに行けば!!」


「多分、柏木くんに会えるんじゃないかな。まだ引っ越していなければだけどね」


 宮本さんはまたニコリと笑った。


「へへっ! そう祈ります!」

 正義はメモ帳をパタンっと閉じた。

「ありがとうございます!! 助かりました!!」

 そして、ほぼ直角90°に頭を下げた。


 ―――――


 ………それから、宮本さんからストーカー男=柏木の情報を得た二人、いや、正義のリュックの中にはボッズーもいるから三人……は相川塾を出ると急いで駅へと向かった。

 本郷に行くには輝ヶ丘駅から電車に乗らなければならない。


「電車賃が往復で約500円か……そろそろ金欠だからキツいな。ボッズー飛べるか?」

 ナビを見ながら運賃を調べる正義はそう言った。が……


「おい、俺は電車でお前はボッズーか? 不公平だろ」

 そんな正義に勇気がツッコむ。


「だったら、お前も一緒に飛べば良いだろ?」


 正義がそう言うと、リュックがドスッ! っと音を立てた。そして、口を閉じられたリュックの中からこもった声で


「男二人は勘弁してくれボズ! それより俺を早くここから出せよボッズー!」


 ボッズーの怒りの声が聞こえた……


「ハハッ! ほら、ボッズーも無理だと言っている。大人しく電車に乗れ」


「ちぇっ! なんだよ……って! へへっ! 冗談だよ、分かってるって!!」


「ハハッ!」


「へへっ!」


 二人は笑い合った。しかし、


「何が、『へへっ! ハハッ!』だボッズー! そんなのどうでもいいからサッサと俺をここから出せボッズー!!」


 ボッズーの怒りの声は消えない……

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