第3話 閉じ込められた獲物たち 6 ―ストーカー男を調べろ―

 6


「あったぞ!!」


「……?」

 輝ヶ丘駅の近くに居る正義は、背後から聞こえた男の声に驚いて、後ろを振り返った。

「また見付かったのか……」


 そうボソリと呟いた正義に話し掛けるのは、彼が背負ったリュックの中に居る者。

「昨日あんなに探して見付からなかったのになボズ……」

 ボッズーだ。ボッズーは正義のリュックからチラリと顔を出して辺りを見回している。


「う~ん……俺達、昨日は探す所を間違えちまったかもな。燃えた後の所しか探さなかったから」

 正義はそう言うと、さっきミスバで買ったハンバーガーを一口食べながら『赤い石があったぞ!』と騒ぐ男を見詰めた。


「う~ん……そういう事なのかねぇボズ」


「そういう事なんじゃねぇのか? 悔しいけどさ。さて、ボッズーそろそろ隠れてくれ。目的地に着いたぜ!」

 そう言うと正義は、リュックの紐を肩から外してお腹のところに持ってくると、開いたままにしていた"口"を閉めた。

「これからあの石をばら蒔きやがった犯人の居場所を探るぜ。お前は"俺達"が話してる間、これ食べてて待っててくれ!」

 食べかけのハンバーガーをボッズーに渡して。


 そう『俺達』だ。今、正義はボッズーと二人っきりじゃない。居るのは……


「ふっ……ボッズーはアイスだけじゃなくてハンバーガーも食べるのか」


「あぁ、そうだぜ勇気。ボッズーは雑食だ。何でも食う! へへっ!」


 そう、もう一人は勇気。そして、もう一つ……そう。正義は駅の近くに『居た』が立ち止まっていた訳じゃない。歩いていたんだ。それは勿論、勇気も。彼らは向かっていたんだ。ストーカー男が以前勤めていたという《相川塾》に。そこがさっき正義が『着いた』と言った目的地。


「さて、乗り込むか!」

 相川塾の前に立った正義は言った。


「乗り込むって、ここは敵の本拠地ではないぞ……」


「へへっ! そう聞こえたか? まぁ良い! 行くぜ!」

 正義は塾の扉を開くと、大きな声でこう言った。

「すみませーーん!! 誰か居ますかぁ~~」


 ―――――


 正義の大きな大きな『すみませーーん!!』という声で受付に現れたのは少し若い感じの男性。この人は受付のカウンターの奥にある扉の向こうから現れた。

「あ……どうも」

 小さな会釈と小さな声でそう言った男性は、目の前に立つ笑顔の男とその横に立つ仏頂面の男が一体何の用事でこの塾にやってきたのか明らかに不思議そうだ。


「どうも、どうも」

 正義は男性に笑顔を見せながら言葉のリズムと同じリズムでペコリペコリと会釈をした。しかし、愛想良く、良過ぎて五月蝿いくらいに、大きな声で『すみませーーん!!』と言った正義だったが、男性が現れるとちょっと緊張。浮かべた笑顔もぎこちなくなる。


 何故、正義が緊張するのか、それはこの塾に来る前に勇気と話し合った作戦のせいだ。


『真っ向から男の事を聞くのはやめておこう……』


 待ち合わせをした駅前で勇気は正義にそう言った。

 勇気が言う『真っ向から』とは『"ストーカーをしていた男を探している"という事実を明かして調査にあたる』という事。『やめておこう』と言うのならば、その逆。『男がどんな男か知らない体でいこう』という事。

 勇気の考えはこうだった。

『「ストーカー男を探している」と言っても、相手からしたら「お前らは一体何者だ?」と思われるだろうし、俺達は……特にお前、正義は、真田先輩や阿部先輩(阿部先輩=阿部彩華)との接点が薄い。「彼女達の知り合いだ」と言っても、ボロが出やすい。もし疑われたらその時点で有力な情報は得られなくなるだろう。それに、第一にだ、塾にとってストーカー男は汚点だ。男が講師をしていた事実など消したい過去の筈。ならば「ストーカーをしていた講師探している。何か情報をくれ」と言っても、そう易々とくれるとは思えない。何か知っていても知らばっくられてしまうのがオチだろう』


 ………そして、普通、こういう事を言われると言われた方は、『そうだな』と同意するか『じゃあどうすれば良い?』と質問をするものだが、正義は違った。彼はこう言った。


『じゃあ、俺が財布を失くした事にすっか?』


 ……と。



「さ……財布、ですか?」


「そうです、そうです。俺、一年くらい前までこの町に住んでて、引っ越しの当日に財布を失くしちゃったんすよ。『あぁ……このままじゃ電車にも乗れないな、どうしよ?』って困ってたら、この塾の近くに居た男の人が『交通費に』って一万貸してくたんすよ!」


「は……はぁ。そうなんですか」


「はい! へへっ!」


 正義の緊張の理由は『台本も無いのに上手く喋れるだろうか?』というものだった。しかし、喋り出してみれば、正義は自分でも驚くくらいに口からデマカセを事もなく並び立てられていた。

 だが、スラスラと作り話を話す正義とは反対に、塾の男性は正義の話に『だから何?』という感じの表情を浮かべている。


「でぇ……ですね、多分、今俺『何の話をしてるんだコイツは?』って思われてると思うんですけど」


「あ……いや、そんな」


 男性は首を横に振るが、『はい、そうです』とは言えないからなのは正義は百も承知だ。だから正義は途切る事なく話を進める。


「俺、その人にどうしてもお金を返したくて、この一年色々調べて、俺にお金を貸してくれた人はこの塾で働いてた人なんじゃないかって情報を聞いたんです!」


「この……塾でですか?」


「はい!」

 正義は大きく頷いた。

「よく似た人がここによく出入りしてたって聞いたんすよ! 多分、講師の人じゃないかって思うんです!」


「講師? それって、どんな人……ですか?」


 ― やっとか……


 勇気は声には出さずに一人呟いた。二人の会話を黙って聞いていた勇気は、『男性の疑問が自分達が抱いてほしいと思っていた疑問にやっと変わった』と感じた。

 今まで男性が抱いていた疑問は『目の前の二人は一体何者で、一体ここに何をしに来たんだ?』というもの。勇気と正義が抱えてほしかった疑問は『正義が(または俺が)話す人物は一体誰だ?』という疑問。『男性の疑問がソレに変わった……』と、勇気は首を傾げる男性を見てそう判断した。


「えっとですね」

 男性の疑問に正義は即座に答える。

「こんな感じの丸い眼鏡をかけている人で……」

 正義は右手の人差し指と親指で円を作って右目の回りを囲った。

「背は俺よりちょっと高いくらいで……」

 そして、左手を自分の頭より少し上に持っていってストーカー男の身長を男性に簡単に示した。

「多分、175……いかないくらい。173くらいかな?体型は細いです。スラリっていうかほっそりって感じで、あんまり筋肉の無い感じで。髪型は……あんまり特徴のない感じなんです。短くて、下ろしてて……」


「う~ん……その特徴ですと、何人か当て嵌まりますが」


 男性は顎に手を当てた。


 その仕草を見た勇気は正義に向かってこう言う。

「おい、正義……もう良いんじゃないか? そろそろ"アレ"を言ったらどうだ?」

 それはボソリと。カウンターを挟んだ向こうに居る男性には届かないくらいの小さな声で。


 その言葉を受けた正義も、

「ん? あぁ……分かった」

 男性には届かない小さな声で応えた。

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