第3話 閉じ込められた獲物たち 5 ―仲間に会いに行かなければ―

 5


 ― 嘘でしょ……うちにも? え……ていうか、そんなにいっぱい……


「ごめん、瑠璃。本当、ごめん。やっぱり私行けない。他に行かなきゃいけない場所が出来た……」


「え……」


「でも、赤い石は探す。本当に。嘘じゃない。だから……ごめん……」

 愛は瑠璃がガッカリしていると分かりながらも三度目の『ごめん』を口にするとすぐに電話を切った。

 瑠璃に言った言葉に嘘はない。愛には『行かなければいけない場所』が出来たんだ。

 そして、瑠璃との電話を切ると愛は父親に向かって言った。

「お父さん……ソレ、頂戴!」


「え……?」


 愛の父親は驚いた。でも『何でだ?』と聞く事はなかった。愛が『頂戴』と言った後に、掌に乗せていた石を素早く取ってしまったから。


「お……おい、ソレは危険な物なんだぞ。愛も知ってるだろ?」


 この質問に愛は質問で返した。

「お父さんもこの石知ってるんだ。お父さんも真田先輩の記事を読んだの?」


「いや、俺は読んでない。ニュースで知ったんだ」


「ニュース? テレビの?」


「いや、ネットの。いや、でもテレビのニュースでもやってるぞ。その石が町内で続々と見付かってるって」


「ネットでも……テレビでも……そんなに話題になってるんだ」


「あぁ、かなりな……しかし、まさかうちにもあるとは思わなかった。玄関開けたらすぐの所に落ちててさぁ……」


「そうなんだ……」

 愛は考えた。『何故急に赤い石が見付かりだしたのだろう?』と。『昨日まではそんな騒ぎになってなかったのに……』と。


 ― 先輩の記事がスイッチになって皆のセンサーが敏感になったから? それとも昨日から今日にかけてばら蒔かれたの?


 ……そんな事を考えながら愛はクローゼットを開けた。今の愛はまだパジャマだ。出掛ける為に着替えたい。


 ― 今日は適当で良いか。それより早く家を出たい……


 愛はパーカーを手に取った。

 それから父親に向かって言う。


「ちょっと、お父さん部屋出てよ。私着替えるんだから」


「出掛けるって……何処に行くつもりだよ」


「う~ん……どうしよ。警察かな? この石届けるよ」


「警察? いや、それなら俺が連絡するよ。今は家からは出ない方が良い。外で何が起きるか分からないからな!」


 ……と、父親は言うが、愛が聞く耳を持つ訳がなかった。それに『警察に行く』というのは嘘だ。本当は別の場所。愛は秘密基地に行こうとしているんだ。赤い石を正義達に見せる為に。そして町で起こっている事を話す為に。

 だから愛は

「良いから。大丈夫だから。私に任せて!」

 と父親に反抗した。


「いや、でもな!」


「いいから、いいから!」


 愛は扉の前に立ったままでいた父親の体を押した。

 愛の力は強い。正義達がデカギライとの決着をつけた日に勇気のボストンバッグを引き千切ってしまう程に。


「お……おい!」


 バタンッ……!!


 父親を追い出した愛は勢い良く扉を閉めた。


 愛の父親はそんなに背は高くはないが学生時代は体育会系で腕をならし、40代の半ばを過ぎた今でも草野球や草サッカーを嗜んでいて運動神経は抜群な方だ。しかし、不意を突かれたせいか、愛からの押し出しを簡単にくらってしまった。


 ………それから、愛はすぐに着替えて家を出た。

 家を出る時も『父親に止められるのではないか』と愛は警戒したが、そうはならなかった。何故なら、隣の家からも赤い石が見付かったからだ……

 愛の家は勇気の家と違って建て売りだ。隣の家との距離は近く、お隣さんと仲良くやっている両親はちょっとお節介の気がある。お隣さんから『私達の家にも赤い石があった』と聞いた愛の両親はそっちの事に気を取られて、愛が家を出るところを発見出来なかったんだ。


「また出たんだ……」

 愛はそう思いながらも、少し助かったとも思った。赤い石に助けられるとは皮肉なものだが……

 それから、

「………」

 愛は眉間に皺を寄せた険しい顔で秘密基地に向かって走った。赤い石を正義達に見せる事が正しい行動なのかは愛にも分からない。しかし、何もせずにはいられなかった。その気持ちは『英雄の一人として何か行動をしなければいけない……』そういう考えから…………ではない。愛は兎に角不安だったのだ。不安だったから、ジッとしてはいられなかったのだ。心強い仲間である正義や勇気やボッズーに会いたかったのだ。


 しかし、この時の愛は冷静じゃなかった。冷静だったならば、まずは腕時計を使って正義達にコンタクトを取った筈だから。そうしていれば、愛は正義達に会えたのだ……


「あれ……いない」


 愛は秘密基地に着いた。

 しかし、誰もいない。秘密基地はもぬけの殻。誰もいない。


「どっか行っちゃったの?」



 ……………



 ……………………。



 嗚呼……運命とは残酷なものだ。もし、愛が正義達に会えていたならば、愛は救えた筈だった。愛する人を救えた筈だった。

 嗚呼……運命とは残酷なものだ。だが、愛が正義達に会えていたならば、彼女は《愛の英雄》の力を掴めなかったかもしれない。


 運命……全ては運命。


 愛は秘密基地までのほんの僅かな道のりの中で、知らず知らずの内に運命の選択をしてしまっていたんだ…………

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