第2話 狐目の怪しい男 13 ―愛は分からない―

 13


「どうだい? この時の事、覚えてたかい?」


 話し終えたお婆ちゃんはそう愛に問い掛けた。


「うん……覚えてる。『せっちゃんのバカヤロウ』って思って、思わずビンタしちゃった……」


「そうかい。じゃあその時の気持ちも覚えてるだろう? 正義ちゃんが花を持ってきた時の気持ちを」


「うん。勿論。せっちゃんが……花の事も、花を育ててくれた人の事も、花を好きだって思ってる人の事も、花壇に飛んでた蝶々の事も……全部無視して自分のやりたい事だけをやった気がして悲しかった。こんな悲しいせっちゃんだったら、このまま人に嫌われる事をいっぱいやっちゃうんじゃないかって……そういう気持ちもあったかな。あの頃のせっちゃんは喧嘩っ早かったりして、人に勘違いされる所も多かったから」


「だから愛ちゃんは正義ちゃんを叱ったんだね」

 お婆ちゃんは愛に優しく問い掛けた。


「うん……」


「じゃあ、やっぱり愛ちゃんは"愛"のある子だね」


「え……う~ん分かんないよ」


「"愛"っていうのはそういうものだってさっき言っただろう?心の奥から自然と湧いてきて自分では気付かないって。でも、正義ちゃんの事も、花の事も大事に思えて、更に花を育ててくれたり、花を好きな人、会った事も無い人の事も考えられて、蝶々の事だって大事に思える愛ちゃんが"愛"の無い子な訳ないだろう?」


「う~ん……」

 愛は納得してなかった。もしこの話が他人の話なら『そうだね!』とお婆ちゃんに共感出来ただろうが、自分の話となると愛は分からなくなってしまう。

「じゃあ、何で私は……」


「なんだい?」


「え……あぁ何でもない」

『何で私は……』の続きを愛は言えなかった。何故なら、『何で私は《愛の英雄》になれないのだろう?』と続くから。


「どうしたんだい? 誰かに何か言われたのかい?」


「ううん……別にそうじゃないよ」


「だったら自信を持ちなさい。私が保証するよ。愛ちゃんは"愛"のある子だってね」


「うん……」

 愛は頷いた。

「自信……自信か……」


「そう。自信を持って」


「うん……」


 しかし、お婆ちゃんの話を聞いても愛の気持ちは晴れなかった。



 そして………それから暫くして、愛は山下を後にした。

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