第2話 狐目の怪しい男 12 ―正義の昔話―

 12


 愛がお婆ちゃんの話を聞いている時、正義はまだ勇気の家に居た。

「おっ、この花壇! 懐かしいなぁ~~」


「ん? あぁそれか。ミニトマトとか植えたよな」


「うん! うん!」


 今、二人は小学校の卒業アルバムを見ていた。

 正義は小5の時に転校してしまったからこの卒業アルバムを持っていない。だから昔の友達や通っていた小学校の写真を見て、とてもとても懐かしい気持ちになっていた。


「ミニトマトも植えたけどさ、俺達が入学したばっかの頃、ここに……えっと何の花だったかな?それは思い出せねぇな。とりあえず、めっちゃ綺麗な花が咲いてたんだよ!」

 テーブルの上に広げたアルバムに載っている一枚の写真を正義は指差している。それは校舎裏にあった花壇を撮した写真。


「ほぉ……そうなのか」


「うん! 俺達が入学する前年に卒業した6年生が育てた花らしいんだけど、めちゃめちゃ綺麗でさ。俺、休み時間になるといっつも見に行ってたんだよ」


「お前が? 花を? そんな繊細な気持ち、お前にあったのか?」

 と、勇気は皮肉たっぷりの笑顔を正義に向けた。


「おいおい! あるよ! ありますよ! これでも昔は花の図鑑とかめっちゃ読んでたんだぜ」


「図鑑を? お前が? お前の部屋にそんな物なかったぞ?妹のはなちゃんの部屋にはあったと思うが?」


「それは俺がはなにあげたヤツ! 勇気が俺んちによく来るようになった時には俺の部屋にはもう無かっただけ……って、そんなんどうでも良いわ。とにかく好きだったんだよ。花壇に咲いてた花が!」


「ほぉ、そうか、そうか。じゃあ、そのまま育てば今みたいにガサツにならずに済んだのにな。残念だ」

 と、勇気は笑う。


「おい~~! 茶化すなってぇ!」

 そして正義も。


「はは! すまん、すまん。で、その花がお前にとって特別な想い出なのか?」


「あぁ!」

 と、正義は頷きかけた。でも、それを途中で止めた。

「……いや、ただ見てただけなら"特別"って訳じゃねぇな。俺さ、その花にはちょっと苦い想い出つーか、黒歴史つーか、ちょっと色々あってさ……」


「色々?」


「あぁ……」

 正義はポリポリッとおでこを掻いた。

「その花……好き過ぎて好き過ぎて、俺、ハサミで切っちまったんだよ。茎の部分をチョキンって切って、花の所だけを持って帰っちまったんだ」


「は?」

 勇気は『ん? コイツは今一体何を言った?』という様な顔をした。

「おい……何でそんな事を?」


「う~ん……そりゃそんな顔するわな。そりゃそうだよ。今思えば俺もおかしいと思う。でも、当時は馬鹿だからさ。スーパーに並んでる商品が次の日にはまた並んでるだろ? それと同じに考えてて俺がハサミで切ってもまた明日には元通りになってるって思ってたんだ。いや、マジでさ。で、何がしたかったかって言うと、大好きで大好きな花を大好きな人達にプレゼントしたいって思っちまったんだ……」


「プレゼント……」


「あぁ……袋に詰めて、友達とか、父ちゃん母ちゃんとか華とかにさ、配って回って、んで……愛の所に持ってった時だな。俺、バチンッてビンタされちゃってさ……」


「桃井に……か?」


「あぁ……愛にだ。んで、すげぇ剣幕で怒鳴られたんだ。『これじゃあ、お花が好きだった人がもう見れないじゃん』って、『せっちゃん以外にもいたんだよ、お花が大好きだった人が』って、『蝶々がいっぱい花の蜜を吸いに来てたの知ってる? あの子たちが可哀想だよ』ってさ……他にも、『花を育ててくれた卒業生が花がなくなっちゃったって知ったら悲しむよ』って……」

 正義は話している内に記憶だけじゃなく、その時感じた感情も鮮明に思い出していた。その時感じた『申し訳ない』という反省の気持ちが甦ってくる。

「『これじゃ花が死んじゃったじゃん。死んじゃった命はもう戻ってないんだよ。お花の命も人の命もおんなじなのに……なんでそんな簡単に可哀想な事をするの』って」


「叱られたんだな……大分」

 勇気も愛と長い付き合いだ。勇気はその時の愛の剣幕を容易に想像出来た。言葉の言い方も、声の大きさも、声の高さも……具体的に。だから勇気は正義の話を聞きながら生唾を飲み込んだ。


「あぁ……大分な。コテンパンだよ……でも、当時の俺は馬鹿過ぎたから馬鹿な自分をすぐに認められなくてさ、愛に言い返しちまったんだよ。『お前にあげるために持ってきたのになんでそんな言うんだよ!』ってさ……で、更に叱られた」


「マジかよ。何て?」

 これは相槌に近い質問。『正義がどんな風に叱られたんだろう?』という様な好奇心からの質問ではない。


「『わたし、せっちゃんが好きだから言ってるのになんで分かってくれないの?』って怒鳴られたよ。『友達だと思ってるから言ってるのに、このままじゃせっちゃんが悪い事続けちゃうかもって心配してるから言ってるのに』ってさ……」

 正義は髪の毛をガリガリと掻いた。

「申し訳ねぇなぁ……結局、その時の俺、自分の非を認められなくてさ。すぐにごめんって言えなかった。次の日まで延ばしちまったよ……」


「でも、次の日には言ったのか」


「うん……したら、愛は『わたしに謝るんじゃなくてお花に謝って』って。『お花のお墓作りに行こう』って、俺の手引いてさ、今度は花をあげた人達に『昨日あげた花、返してくれ』って回りまくって最終的に花壇に墓を作って花を埋めたんだ」


「そうか……」


「あぁ……黒歴史だよ。マジで。でもさ、俺の中にその時愛から教わった事がずっと残ってる。んで、その時思ったんだ。誰かを……いや、人間だけじゃない、この世にある全ての命を愛する事が出来る人って、きっと愛みたいな人なんだろうなってさ。スゲーなぁってさ」


「そうだな。彼女はそうだな……奇しくも、俺も彼女が愛情深い人だと認識したのも花に関連する事だったしな」


「え? そうなのか?」


「あぁ、お前はいつも学校に遅刻ギリギリで来ていたから何も知らないだろうけどな」


「え? 何それ? 教えろよ」


「いいや、『せっちゃんには秘密』って当時言われたからな」


「えぇ! 何それ! 気になるぁ!!」


「はは! まぁ、今度彼女に許可を取れたら話すよ。それより、成る程な。お前が前に言っていた桃井から《愛の心》を教わったというのはその時の事なのか?」


「へ? あ……あぁ、そうそう! まぁ、まだまだ他にもあるんだけどな! アイツとのエピソードで、こういう事って事欠かねぇし! へへっ! あ、そうそう因みにさっきビンタされたって言ったけど、その現場山下な! あのチョコとか並んでる棚の所! あそこでバチンッてさ!!」


 そして、正義はアルバムのページを捲った。


「あっ! 山田だ! 山田元気しってかなぁ?」

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