第2話 狐目の怪しい男 11 ―愛って何だろう?―

 11


 さっきまでのお婆ちゃんは愛の他に店内に居た小1か小2くらいの男の子の集団に『お婆ちゃんも食べて!』とスッパイ飴を舐めさせられて、帳場の向こうで『酸っぱい! 酸っぱい!』と唸っていたのだが、その男の子達も店から出ていって、そろそろ飴の酸っぱさにも慣れてくると、今度は唯一店内にいる愛の様子が気になったんだ。しかも愛はため息を連発している。『話し掛けない訳にはいかない』……きっとお婆ちゃんはそう思ったのだろう。


「何があったかは分からないけど、若いのにため息ばかりついてちゃダメだよ。そうだ、そうだ、これでも食べて少しは元気を出しな」


 そう言うとお婆ちゃんは帳場の椅子から立ち上がってウマウマ棒が陳列されている平台へと向うと、《ウマウマ棒プレミアムチョコ味》と《ウマウマ棒プレミアムコンソメ味》を一本ずつ手に取った。そして、小上がりを上がって愛の頬杖の前にちょこんと置いた。


「え……いいよ。悪いよ。これ、プレミアムじゃん」


「良いんだよ。ほら、元気を出して」


「いや……でも」


「良いって言ってるでしょ。私は愛ちゃんの元気な姿が見たいの。ほら、食べなさい」


「う……うん」

 愛は『申し訳ないな』と思いながらもお婆ちゃんの勧めるがままにウマウマ棒の袋を破いて一口サクッと食べた。

「美味しい……プレミアムの、私はじめて食べたかも」


「だろう? 私もお気に入りなんだよ。どうだい元気出たかい?」


「う~ん………ちょっとだけだけど」

 愛は指先で何かを摘まむ様に『ちょっと』と表しながら、ニコッと笑った。


「ふふ……それでも良いわ。少しでも元気が出たならね」


「うん。ありがとね、お婆ちゃん」

 そして、愛はもう一度ニコッと笑った。


「ふふ、いいえ」

 お婆ちゃんも布袋様のような笑顔でニコッと笑った。


「………。」


 さっきから愛が見せる笑顔、この笑顔、決してお婆ちゃんに感謝の意思を伝える為に"作った"ものじゃない。愛の心の中から自然と湧き出たものだ。


「美味しい……美味しいなぁ……それに、ふふ……暖かい」


「え? 暖かい?」


「ふふ……ううん、何でもないよお婆ちゃん」


 この時、愛は幼い頃の記憶を思い出していたんだ。それは何か怖いことや悲しい出来事に出会った時に泣いている愛を母親がぎゅっと抱き締めてくれた時の記憶。もっと具体的にいうと、母親の心の中にある太陽が愛の心に忍び込もうとしていた恐怖や悲しみ等のマイナスの感情を浄化して、自分の心を暖めてくれた……そんな記憶だ。

 勿論、愛の母親の心の中に本当に太陽がある訳ではなく感覚的な話だが、でも確かに幼い頃の愛はそう感じていた。

 そして、今その時を思い出しているという事は今また愛はその時と同じ感覚を覚えているんだ。『お婆ちゃんの心の中にある太陽が怒りを消してくれた……私の心を暖めてくれた……』と。


 そしてそして、もう一つ愛は思った。


 ― もしかしたら……お婆ちゃんなら《愛の心》が一体どんなものなのか分かるかもしれない


 ……と。


「ねぇ、お婆ちゃん……」

 愛はウマウマ棒プレミアムのチョコ味の二口目を飲み込むと、質問をしてみる事にした。

「"愛"って一体何だと思う?」


「え……愛?」


「うん。勿論、私じゃないよ。心の中にある"愛"の事。私、それを持ちたいんだ。ううん……持たなきゃいけないの。だから教えて。お婆ちゃんなら分かるよね? "愛"って一体何?? どうしたら持てる??」


「なんだい、なんだい?」

 この質問にお婆ちゃんはちょっと困った顔をした。

「急にそんな事を言い出して。もしかして愛ちゃん、恋でもしてるのかい?」


「え? 恋? あぁ……違う、違う! 私が言ってるのは恋愛の愛じゃなくて、もっと大きいヤツ。人類愛……みたいな」


 この言葉にお婆ちゃんの顔はもっと困った。


「人類愛……何だか壮大な事を言うねぇ」


「でも、お婆ちゃんは持ってるでしょ? だってお婆ちゃん言ってたじゃん。『この町が私の宝物』って。それって町の人達が宝物って意味もあるんでしょ? だったらお婆ちゃんは持ってるじゃん、人類愛を。ねぇ、教えて。どうしたら持てるの?」


 いくらか強引な愛の質問。


「いやぁ……まぁそう言われてしまえばそうかもしれないけどねぇ……」


 しかし、こんな質問にもお婆ちゃんは答えを出してあげようと頭を捻る。そして、この質問に対してお婆ちゃんが出した答えは愛にとって意外なものだった。


「う~ん……でも、それを言うなら愛ちゃんだって持っているじゃないか、人類愛を。いや、愛ちゃんの方がもっと大きいね。愛ちゃんはこの世界全体を愛しているだろう?」


「え?」

 お婆ちゃんの答えに愛は首を傾げた。

「この世界全体? え……何それ?」

 愛は訳が分からなかった。だって愛は『世界全体を愛している』だなんて、そんな風に思った事一度もなかったからだ。


 でも、お婆ちゃんは続ける。

「そうだよ。愛ちゃんはそういう子。私は知ってるよ。でも、自分じゃ分からないかもね。愛ってそういうものだから。『誰かを愛そう』とかそんな決意をしなくても心の奥から自然と湧いてくるものだからね。自分じゃ分かり難かったりするんだよ」


「そ……そうなの? じゃあ例えば? 例えば、どんな所? 私が世界を愛してるってお婆ちゃんが思う所って?」

 心当たりが無さ過ぎて愛は質問を重ねた。そして、愛は焦った。何故なら、お婆ちゃんの言っている事が正しいのであれば、何故自分が変身出来ないのか、その謎が深まってしまうから。


「例えばねぇ、色々あるけどねぇ」

 お婆ちゃんは愛が質問をした時に畳の上に正座をして座ったのだが、話が長くなると考えたのかその正座を少し崩した。

「そうだねぇ、最近正義ちゃんが帰ってきたから正義ちゃんとの話にしようかね」


「せっちゃんとの? せっちゃんと私のって事?」


「そうだよぉ」

 お婆ちゃんは優しく微笑んでコクリと頷いた。

「あれはねぇ、正義ちゃんと愛ちゃんが小学校に上がったばかりの頃だったかねぇ」


「えぇ! そんな昔! その頃の私と今の私じゃ大分違うと思うけど」


 ……と、愛は言うが


「ううん」

 お婆ちゃんは首を振った。

「そりゃ見た目はね。昔の可愛い愛ちゃんから美人さんの愛ちゃんに変わったけど、心の大事な部分は変わってないんだよ。長年子供達を見てきた私の見る目を信じなさい」


 そう言ってお婆ちゃんは愛の瞳をジッと見詰めて昔話を語り出した。

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