第2話 狐目の怪しい男 10 ―愛のため息―
10
「逆に……逆に……これを見せれば……」
愛はリュックから一枚だけ取り出した怪文書を両手に持って独り言を呟いた。でも、すぐに愛は自分自身の考えを否定する様に首を左右に振った。
「違う! 違う! それはダメだ! 考えが自分勝手過ぎる!!」
愛はもうミスバには居ない。居るのはさっき怪文書を見付けた並木道。
愛は真田先輩と別れるとすぐにミスバを出たんだ。そして今は歩いている。でも、それは何処かに向かってという訳ではない。当てもなく歩いているだけ。
「もう……何で先輩は私の言う事聞いてくれないの。あーっつか、それもこれも元々はバケモノのせいだよ! 《王に選ばれし民》のせい! もし今私の目の前に王がいたら顔面ブッ飛ばしてやるのに………って、そんな事言っても結局何も出来ない。何でなの? 何で私は変身出来ないの……あぁもう、ムカつく!!」
今彼女の中に渦巻く感情は自分の言う事を聞いてくれなかった先輩への小さな怒りと、怪文書を書いた人間と《王に選ばれし民》への大きな怒り、そしてそれに伴って実感する自分自身の無力さへの怒り。様々な怒りを抱えて愛は歩いていた。
「あぁ~~ダメだ! 今日は飲みたい気分だ……山下行こ!」
そう言うと愛は行き先を山下に決めた。
愛は今、『飲みたい気分だ』と言ったがそれは別に酒じゃない。彼女はまだ未成年。酒を飲める年齢じゃない。飲んだ事もない。でも、彼女も時にはストレスを感じて『飲みたい』と思う時がある。そんな時に彼女が求めるのは甘い甘いコーラだ。
行き先を決めるとゆったりゆったりと歩いていた足取りも速くなる。
町の中心部にある並木道から町の南側にある山下までは徒歩10分以上はかかるのだが、山下に着いた時愛はその半分の時間で到着出来た気がした。
―――――
「お婆ちゃん、そこのコーラもちょうだい。瓶のやつ」
100円未満の駄菓子を6個程選んだ愛はそれを両手に抱えながら帳場に座るお婆ちゃんの前に立つと、水色をしたコイントレーの上に小銭を置いてお婆ちゃんの後ろにある冷蔵庫を指差した。
その冷蔵庫は業務用で、ショーケースみたいにガラス張りのドアから中身が見えるようになっている。その縦に細長い胴体の上部と下部には超有名な飲料メーカーの昔々に使われていたロゴが描かれている。まるで昭和から平成を飛び越えて現代にタイムスリップしてきたかの様な明らかな年代物だ。
「はいはい。瓶のやつね。じゃあうちで飲んでいくんだろ?」
お婆ちゃんは冷蔵庫のドアをパカリと開けると瓶のコーラを一本取り出した。そして、帳場の引き出しの中にある栓抜きも。
「うん。勿論、飲んでく」
愛は『瓶のやつ』と言ったが、山下には普通にペットボトルのコーラも売っている。だから『瓶のやつ』とわざわざ言ったのだが、瓶のやつを飲む=店内で飲む……という認識がいつの時代からかお婆ちゃんの中にも客の子供達の中にも出来ていた。
(おそらく外で飲んでも後で瓶を返しに行かなければならないから、その手間を省く為に店内で飲んでから出ていく子供がいて、それがライフハックの様に広がっていったのだろう)
「あ、でもコップはいらないよ。そのまま飲みたい。そっちの方が美味しいから」
「はいはい、分かったよ」
そう言ってお婆ちゃんは瓶の栓を抜いた。
「はい、どうぞ」
そして、愛に手渡す。
「ありがと……」
コーラを受け取ると、愛は小上がりに向かった。
因みに愛が瓶のコーラを選んだのも『そっちの方が美味しいから』だ。瓶のコーラとペットボトルのコーラに味の違いは全然ないのだが、愛はそう思っている。
「よいしょ……」
小上がりに上がった愛は畳の上に座ると机に頬杖をついた。そんな彼女の口から飛び出るのは大きなため息。
「はぁあ……」
愛の中にある怒りは山下までの道中で一つ減って、今は二つになっていた。
その怒りは、《王に選ばれし民》への怒りと、真田先輩を守る事も出来ない無力な自分への怒り。
「何なのよ……もう……」
その怒りを炭酸の爽やかさと砂糖の甘味でブッ飛ばそうと愛はコーラをグビグビッと飲んだ。そして、
「はぁ~~」
またまた大きなため息を吐く。
このため息には『やっぱコーラって旨いなぁ!』という意味もあるが、まだまだ半分は怒りからのため息だ。
「はぁ……まだまだスッキリしないな。はぁ……何で私はせっちゃんや勇気くんみたいに変身が出来ないんだろ? 変身出来れば全部解決なのに……」
愛は頬杖をついたまま左腕にはめた腕時計を見た。
「ボッズーは私を《愛の英雄》だって言ってたけど、《愛の英雄》って《愛の心》を持っている人の事でしょ? それって本当? 本当に私の中に《愛の心》があるの? つか、《愛の心》って一体何?」
愛には腕時計がボッズーにでも見えているのだろうか。彼女はボッズーに問い掛けるかの様な言葉を腕時計に向かって言った。
………でも、やはり腕時計はボッズーではない。言葉を話さない。ボッズーであれば愛の問い掛けに何かしらの言葉を、励ますような、元気づける様な言葉を、愛にプレゼントしたかもしれないが、腕時計は腕時計。愛がどんな言葉を投げ掛けても何も答えてはくれない。
「はぁ……」
だから愛は再びため息を吐いた。心の中のイライラやモヤモヤをため息と共に全部吐き出したかったんだ。でも、結局ため息にはそんな効果はない。だから愛はまたまたため息を吐く。
「はぁ……」
ため息の連発。もしここで友達が近くにいたならば、愛は逆にこんなにもため息を連発しなかっただろう。何故なら、絶対にかまってちゃんになってしまうから。
しかし、山下には友達はいなくても友達並みに親しい人がいる。
「何だい? そんなに何度もため息をついて? 何かあったのかい?」
そう、それはお婆ちゃんだ。愛のため息はやっぱりお婆ちゃんを呼んだ。
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