第2話 狐目の怪しい男 9 ―先輩……私の言う事を聞いてよ―

 9


「そっか、学校休みになるんだ」


「はい……週明けからみたいです。先生からは『これからは不要な外出は避けるように』って」


「そっか、残念だね」


「はい……一応、休校を視野に入れての会議をしているとは先生からは以前から聞いてはいたんですけど。こんな突然、本当になるなんて……もうすぐ先輩達の卒業式もあるのに……」


「うん……でも、仕方ないよ。先生達も私達の安全を考えての決断だろうし。仕方ないよ」


「そうですけど……卒業式くらいはやってもらえないですかね?」


「どうだろうね。その時の状況次第だろうね」


 二人は食事を取りながら身の回りで起こった新たな変化の話をしていた。その変化とは輝ヶ丘高校の先生達が決めた"無期限の休校"。愛のところへ担任の山田からその連絡が来たのは午前12時。先輩から『会いたい』と連絡が来た少し後の事だった。


「ねぇ、桃ちゃん。今日のニュース読んだ? また輝ヶ丘を出ていく人が増えてるらしいよ」

 真田先輩は元はストローが入っていた細長い袋を指先で丸めるように弄りながらそう言った。


「うん……」

 新たな話題を受けた愛は『知ってます』という意味でコクリと頷いた。

「……らしいですね。行く当てもないけど、この町に居続けるよりかはマシって言ってる人いましたね。でも、最近は輝ヶ丘に住んでるって言うと新居の審査を通さない所もあるらしくて、町から離れたくても離れられない人もいるって記事も見ました……」


「審査を通さない? そんな事あるの? 差別じゃん……」


「ですよね。なんか《王に選ばれし民》の標的が輝ヶ丘の住民だけだと思ってる人達も多いみたいで。そんな事ないのに……奴等は世界の破滅を望んでいるのに……」


「世界の破滅……そう言えばピエロが言ってたもんね。人類を滅ぼす……みたいな事」


「そうです……今は輝ヶ丘に現れているだけ。《王に選ばれし民》はその内きっと世界中に牙を向ける筈です。私のクラスメートにも自分達だけが狙われてると思ってる人もいるけど、実際は違う。だからこれからは、世界中のみんなで手を取り合って戦っていくべきなんです」


「手を取り合ってか。桃ちゃん、この前の抗議文でも同じ事言ってたね。そうだよね。そうしないとね」

 真田先輩はフライドポテトを一本齧りながら愛の目をジッと見た。

「そう言えばさ、私がお世話になってるサイトの先輩記者の人がね『《王に選ばれし民》を早くテロ組織と認定して政府主導で動くべきだ』って記事書いてたよ。《王に選ばれし民》は人間ではないから既存の法律をそのまま則ったんじゃ適用出来ないだろうから、拡大解釈するか、新たに適用出来る法律を作るべきだって。そうすれば危険が迫っている場所には避難勧告が出せるし、自衛隊の出動だって要請出来るしって。こういう意見を出すのもさ、手を取り合って戦うって事になる?」


「あ……なります。力で戦うだけが戦いじゃないと思うし」

 愛は買ったばかりでまだ冷たいアイスティーをストローで飲みながら大きく頷いた。


「そうだよね。民主主義だもん、政府がまごまごして動かないなら私達が意見を出しても良いよね。もしかしたらそれが平和に向けて風穴を開ける事になるかもしれないし」


「そうですね」


 愛はアイスティーをもう一口飲むとハンバーガーの包みを開いた。

 真田先輩は既に半分以上食べているハンバーガーを一口食べる。


「まだ新米とは言え、私も同じ記者としてこの人みたいに動こうと思う。負けてられないよ、色々仕掛けていこうって思ってる。桃ちゃん見てて、私の活躍!」

 そう言って真田先輩は唇に付いたソースをペロっとしながらニッコリと笑った。


「あ……」

 ここで愛は気付いた。真田先輩の顔付きが昨日よりも大分明るく戻っている事に。

「先輩。元気、戻ってきてるみたいですね?」


「ん? あぁ、そうだね。いつまでも落ち込んでちゃいられないし。私はそんな弱くないしね。あ、でも、昨日はごめんね。取り乱しちゃって」

 真田先輩はハンバーガーをトレイの上に置くと、お辞儀をする様に大きく頭を下げた。


「あぁ~~! やめてくださいよ! 顔上げて下さい!」

 愛はそんな先輩にドギマギして口に入れようとしていたポテトをポロっと落としてしまった。

「先輩が謝る事じゃないんですから! バケモノのせいですから!! 全部はバケモノのせい!!」


 ……と愛は言うが、


「いや、バケモノもそうだけど私も先輩として情けない所見せちゃったなって思うし! ああいう時は先輩として私の方が桃ちゃん守らないとなのに」


「いや、そんな……」

 愛は思った。『それは自分の台詞だ』と。『英雄として私が先輩を守れたら良かったのに』と。そして、もう一つ思った。


 ― あれ?もしかして先輩……『私の方が』って、あの時の記憶あるのかな?


 ……と。愛が思う『あの時の』とは正義と勇気を呼んだ時の事。『あの時』は秘密がバレる事を気にする余裕も無かったから、敢えて冷静な判断を捨てて愛は行動をしたのだが、やはり先輩は動転した気持ちの中でも愛の行動をちゃんと見ていたのかもしれない。

 だから愛は手に汗握る。先輩に自分達の秘密がバレてしまっているのではないかと焦るから。だから愛は話題を変えた。でもこれも元々聞きたかった事。心配していた事だ。


「あ……そ、それより先輩! 家、大丈夫ですか? 寝る所とかちゃんと確保出来てますか? 弟くん達もいるし、もし良かったら私の家に……」


『来ませんか?』と続けようとしたが、この言葉を先輩はニコッと笑って遮った。


「大丈夫! 大丈夫! そっちはもう大丈夫だよ! 風見の方になっちゃうけど父がもう見付けてくれてるから。まぁ、前の家なら学校まで自転車で5分で行けたのに今度のは15分以上もかかるからちょっと不便だけどさ、まぁ無いよりかマシ!!」


「あ、そうなんですね。なら安心です!」


「ふふ、今度桃ちゃんも遊びに来てよ! 小さい家だけどさ!」


「あ、はい! もちろんです!!」


 そして、暫くののちに二人の会話は本題に入った。


「先輩、そういえば私に頼みって何だったんですか?」


「ん? あぁ~~そっか! そっか! それだよね!」

 先輩はハンバーガーを片手にスマホで動画を探していた。『桃ちゃんに見せたいめちゃくちゃ笑える動画があるんだ』と言って先輩は検索を始めたのだが、愛が質問をした事で先輩はその手を止めてしまった。だから、結局その動画が何だったのか愛は一生知る事はない。

「さっきのさ、手を取り合ってって話にも繋がるんだけど、桃ちゃんに手伝ってほしい事があるんだよね」


「手伝ってほしい事?」


「そう。私、考えたんだ。私が昨日襲われたのは敵の脅しだって。『テメェ余計な事してんじゃねぇよ!』みたいな?」

 先輩は『テメェ……』からの所を野太い声色に変えて喋った。

「『テメェ抵抗してきてんじゃねぇよ!』的な、そんな感じでさ! で、私は思ったの。そんな脅しに屈したくないって。今回の事件、ちゃんと記事にしたいって!」


「記事……ですか?」


「そう。これはさっきの桃ちゃんの言葉にも繋がる筈だよ。みんなで手を取り合って戦うって事に。私が襲われたのは絶対私が怪文書を広めたからだと思う。って事は、私は敵の不利益になる事をしたって事にならない? 利益になるか別に無視出来る事ならわざわざ襲いに来ないでしょ?だったら私はまだまだやるよ!私も《王に選ばれし民》と戦う! 剣じゃなくてペンでね!!」


「いや……でも先輩……」


「だから桃ちゃんにはね、私が書いた記事の拡散に協力してほしいの!なるべく多くの人に読んでもらう為に!」


「いや……でもね、先輩」


「え?なにぃ? さっきから『でも、でも』って? 桃ちゃん反対なの?」

 真田先輩は首を傾げた。


「あ、いや……反対って言うか。手を取り合って戦うべきって言葉に賛同してくれたのは嬉しいんですけど……」


 愛は後悔していた。


「じゃあ良いじゃん。意見一致じゃん。私、桃ちゃんの言葉にますますヤル気出ちゃったんだから!」


 それは『先輩を焚き付けてしまった……』と思ったから。


「いや……でも、今回の事件に関しては先輩は大人しくしていた方が良いんじゃ……」


「何で? やだよ、私がやらなくて誰がやるの?」


「でも……先輩狙われたわけだし。まだまだやるって、それじゃまた……」


「だから、私は脅しに屈したくないの! それに知ってるでしょ? 私、将来はジャーナリスト志望なんだよ。マジでペンで戦う女になってやろうと思ってんだから。それが今から、脅されて引き下がる人間になってどうするの?」


「でも……」

 愛はおでこを掻いた。まるで正義の癖が伝染ってしまったかの様に。愛は困って頭を掻いたんだ。何故なら愛は『先輩の協力を得られる事自体は嬉しい』と思う反面、さっきも言葉にした通り『今は大人しくしていてほしい』とも思っていたから。


 でも、先輩は止まらない。


「英雄の人が言ってたよね? 『正義の心で悪を斬る!』って。だったら私は『正義の心で文を書く!』そんな感じだよ。あ、そうだ。さっき『今回の事件をちゃんと記事にしたい』って言ったけど、私が襲われた時の事はもう記事にしてるから」


「え……もうですか?」


「うん、桃ちゃんが来る前にもうサイトに載せちゃった」

 そう言って真田先輩はテーブルの下に置いたスクールバックをポンポンと叩いた。


「マジか……」

 愛は先輩に聞こえないようにボソリと呟いた。愛は知っている。先輩のスクールバックの中にはいつもノートパソコンが入っている事を。


「次はあの石の事を広めるつもり。私考えたんだ。アレはきっと火事を起こすのに必要な物だって。だからさ、それを皆に教えたら事件を未然に防げるんじゃないかな?」


「う……うん。でも、それは警察の仕事じゃないですか?まずは警察に……」


「警察には昨日ちゃんと言いました! 『それは有力な情報だ』って言ってくれたけど、でも、その情報は報道されてる? されてないでしょ? 多分それは確証が無いからだよ。でもそれじゃ遅いの! だから私がやる! その記事はまだ出来てないから出来たら連絡するから、桃ちゃんも読んで。で、拡散お願い!」


「え……いや、でも。先輩、ちょっとは私の言う事聞いてくださいよ」


「聞いてるよぉ。聞いてるけど、私の意思は岩よりも固いんです!」


 そう言って先輩は笑った。そして、音楽に乗っているみたいにノリノリで上半身を揺らしてハンバーガーの最後の一口を頬張った。その顔は明らかに『ルンルン』といった感じだ。自分が書いた記事が事件を動かす未来に先輩は行ってしまっているんだ。最悪の未来なんて目には入らず、希望ある未来しか今の先輩には見えていないのだろう。


「さて、ビッグバーガーでお腹いっぱいになったし! 桃ちゃんにもお願い出来たし! そろそろ私は行こうかな! 意欲が湧いてる内に一気に取りかかりたいしさ! んじゃ、桃ちゃんバイバイね!!」

 そう言って先輩は席を立った。


「え……あっ、ちょっと! 先輩!!」


 愛が呼び止めても真田先輩はニコッと振り向くだけで、足を止めてくれようとはしなかった………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る