第2話 狐目の怪しい男 8 ―愛が見付けた物とは―

 8


 正義が勇気の家を訪れたその日、愛も先輩と会う約束をしていた。その約束は愛がお願いしたものではなく、先輩から『ちょっと桃ちゃんに頼みがあるの……』と取り付けられたもので、場所は駅前にあるファストフードミスターバーガー(通称ミスバ)、時間は午後1時だった。



 そして………



 その約束の時間の少し前、ミスバに向かう為に歩いていた愛はある物を発見した。


「え……コレは……」


 それを見付けたのはピカリマートの目の前を真っ直ぐに走る並木道。その"ある物"は並木道の一本一本の木々に一枚ずつ無理矢理テープで貼られていた。


「何なのコレ! マジで!! マジで腹が立つ!!」


 愛はその一枚一枚を鬼の様な形相で剥がして回った。『並木道』と言われているのだから勿論木の数は多い。約100m程続く道の左右に植えられている木の数はおおよそ100本はある。その一枚一枚をバリバリと強引に愛は剥がした。

 愛が全てを剥がし終えるまでにかかった時間は20分近く。『ミスバには約束の10分前くらいに着けば良いか』と考えて愛は家を出たものだから、20分もかけてしまえば勿論タイムオーバー。ミスバに着いた時間は約束の時間の10分後だった。


「ヤバイヤバイヤバイ!!!」


 愛はミスバに到着するとイートインスペースのある二階まで一気に駆け上がった。今日の愛は朝食を食べていなかったから腹はペコペコ。しかし、珈琲すら買わずに愛は走った。

 先輩は約束の時間の5分後には『二階の窓際の席に座ってるから着いたら上がってきて』とメールを送ってきてくれていたから先輩が何処に居るかは愛は知っている。


「ごめんなさい先輩! 遅れちゃって!!」

 その駆け上がった勢いのまま、愛は窓際の席に座る真田先輩のそばに駆け寄った。


「ううん」

 先輩は愛が謝ると首を振った。

「大丈夫だよ。何かあったの?」

 それは微笑みながら。先輩は『大丈夫だよ』と言いながら愛に微笑みをくれた。


「あ、いえ! 何でもないですよ! ちょっと着替えに時間かかっちゃって!! ごめんなさい!!」

 愛もそんな真田先輩に笑顔を見せた。

 でも、それは『笑った』というよりも『誤魔化し笑い』。愛は何故遅れたのかを先輩には話したくなかったんだ。そして、その理由は愛が並木道の木から"ある物"を必死に剥がし回った理由でもある。


 ― あんな物が出回ってるなんて、絶対に先輩には知られたくない……だって可哀想過ぎるよ、こんなの……


 愛はリュックの中に押し込んだ約100枚にも及ぶその"ある物"を心の目で鋭く睨んだ。


 ― こんな物を作った奴を私は絶対に許さない!私が絶対にギッタギタのボッコボコにしてやる!!!


 ………愛の怒りは爆発寸前。誤魔化し笑いを浮かべた口元も先輩に気付かれない程度にピクピクと動く。

 では、愛のリュックの中にある"ある物"とは一体何か。それは言うまでもないだろう。ソレは血の色に似た赤で書き殴られた文字が浮かぶ物。そうだ、怪文書だ……

 そして、今回の怪文書に書かれていた文章は………





 輝ヶ丘の住民は俺の言葉が嘘ではなかったとやっと理解しただろう



 今回の標的は九死に一生を得た



 しかし、本来であればあの女は俺の炎に焼かれ悶え苦しみ絶命する運命だった



 では、次は誰が餌食になる?己の死を感じ、無様にも震えて倒れたあの女の様に、次のお前も震えて待っていろ





 ……………今回はこの四行の文章に加えて、行末のすぐ下には一つの絵が描かれていた。

 それは真田先輩の家と思われる家屋を炎に包まれた巨大な手が握り潰す様に掴んでいる絵。この絵もまた血の色に似た赤で描かれていた。


 ― あの絵もあの文章も全部が全部、先輩を馬鹿にしている!ううん……先輩だけじゃない。この町で平和に暮らしたいと願うみんなの事を馬鹿にしてる……私、絶対許さない……


 愛は背負ったリュックの肩紐をギュッと握った。


 しかし、そんな愛を不思議そうに見ているのが先輩だ。


「………??」


「………」


「……桃ちゃん、どうかした? 座らないの?」


「……え? あっ!」


 心の中で怒りを燃やす愛は、その怒りを真田先輩に悟らせない様に誤魔化し笑いを浮かべていたから、真田先輩には愛の怒りは分からずで先輩からすれば愛はただ無言で笑顔を浮かべて固まっている人にしか見えなかったんだ。だから微笑んでいた筈の真田先輩も今は不思議そうにキョトンとした顔になっていた。


「あっ……と、何でもないです! 何でもないです!」

 そんな真田先輩の表情を見た愛は少し焦った。

「えっと、あ……私も何か買ってこようかな! お腹ペコペコで! だからかな? ボーッとしちゃった! はは……」


 そう言って愛はくるりと回ると、早足で一階へと向かった。

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