第2話 狐目の怪しい男 7 ―正義と勇気の推理―
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「なるほど……だから今日はボッズーがいないのか」
正義はまず調査の結果とストーカー男と出会った所までを勇気に話した。
「あぁ、魔法の果物でアイツも俺も怪我は治ったけど、ボッズーにはとりあえず基地に待機しててもらった。芸術家にもぶん殴られて、謎の火の玉にもやられて、アイツの方が酷い目にあったからな」
「なるほど……」
「で、その後にバッチャンに出会ったんだ」
「バッチャンって、山下のか?」
「あぁ……」
そして、正義はお婆ちゃんから聞いたストーカー男の事を勇気に話した。
「……なるほど、それで? お前が抱いた"疑問"っていうのは何だ?」
正義はお婆ちゃんの話を聞いている間にある疑問を抱いていた。その話も正義は勇気にした。まだその内容までは話していないが。
「あぁ、それか。それはさ…………って、いちいち聞かなくても勇気も勘づいてるだろ?」
「ん?」
そう聞かれると勇気は眉をクイっと動かし、
「ふっ……まぁな」
ニヤリと笑った。『勿論だ』とでも言う様に。
「怪文書の犯人でもあるストーカー男と真田先輩の接点が二年前には既にあった……『という事はもしかしたら』……そんな風にお前は思った。違うか?」
「へへっ! やっぱ分かってんじゃん! そうなんだよ! 俺達この前話したよな、真田先輩が狙われた理由は怪文書に対して抗議をしたからだって。でも、バッチャンの話を聞いてみると、そうじゃないかも。ストーカー男は二年前には既に先輩と出会ってた。しかもそれだけじゃない『お前への恨み、一生忘れないからな。覚えておけ!』こんな捨て台詞まで吐いてるんだ。勘繰るなって方が無理だぜ」
「じゃあ、お前は先輩が狙われた真の理由は男が先輩に恨みを持っていたから……そう言いたいんだな?」
「あぁ!」
正義はコクリと頷いた。
しかし、勇気は逆だった。
「う~ん……しかしなぁ……」
正義のコクリとした返答を受けると、勇気は眉をしかめ、腕を組んでほんの少し俯いた。
「………」
そして一秒位何かを考えると、眉をしかめた表情のままパッと顔を上げて正義を見た。
「……なぁ正義。今から、以前お前が桃井にした質問を俺がお前にする」
「質問?」
「あぁ……そうだ。じゃあ良いか?」
そう言うと勇気は一拍置いて、
「どっちだと思う?」
正義に向かって問い掛けた。
「へへっ! なるほどな、その質問か」
『どっちだと思う?』この"主語の無い"質問、正義が愛に投げ掛けた時、愛はその意味をすぐに理解出来なかった。しかし、正義はすぐに理解出来た。何故なら……
「その事なら俺も考えてたよ。『男が先輩を襲おうと決めたのはいつか?』って事だろ?」
「そうだ……」
今度は勇気がコクリと頷いた。
「先輩が襲われた理由は男の勝手な恨みだったと仮定して、男は最初から先輩を襲おうと計画していたのか、それとも彩華先輩をストーカーしてた時と同じ様に、また真田先輩が自分が起こそうとしている事件の邪魔をしてきたから襲ったのか……そのどっちなのか、そういう事だよな? う~ん……でも、それは俺も答えは出せてないよ。男が先輩を襲った理由が恨みだったなら、男が先輩を襲った時の気持ちはかなり濃いものだったと俺は思うんだ。人が恨みとか嫉みとかそういう感情を持つと、時間が経てば経つ程、それは濃くて根深いものになっていくと思うし……そうなると、輝ヶ丘を襲おうって決めた時に真田先輩を襲う計画も俺だったら入れると思うんだ。最初っからさ。でも、そうなると『怪文書を何で町にばら蒔こうと考えたのか?』って疑問が新たに生まれちまう……先輩を襲う事を計画の中に入れていたなら、どうせ暴れるつもりなんだ、怪文書をばら蒔くなんて面倒な事をする前に、俺だったら始めから物理的に攻撃するよ」
「確かに、俺もそうするな。ならば、怪文書に対して先輩が抗議をしてきたから『今度こそ邪魔はさせない』と男は考えたんじゃないか……とも思えてくるが、『じゃあ怪文書は男にとって一体何なんだ?』と俺の中で新たな疑問が生まれる」
「うん……そこだよな」
正義は髪の毛をガシガシと掻きながら冷めてしまった珈琲を啜った。
「はじめはさ、怪文書をばら蒔いている奴がバケモノとは思わなかったから『悪質な嫌がらせだな』って思えたけど、ばら蒔いてる奴がバケモノだったなら怪文書をばら蒔く理由が分からなくなるんだよな。二枚目の怪文書が出てきた時にわざわざ警告してたじゃん? 『次は犠牲者が出ると思え』って。何でそんな事するんだ? だって、バケモノは《王に選ばれし民》だ。んで、《王に選ばれし民》はこの世界を破壊するのが目的だろ? だったら警告なんてする暇があったらサッサと町を破壊すれば良い。もしストーカー男が『そうしたいから、そうしてる』って理由だったとしても、デカギライの時の様に犠牲者が出ていないから《王に選ばれし民》の意思に添えているとは俺は思えない。わざわざ
「しかし、その答えは思い付かない……」
「うん……」
「俺もそれはまだ分からないな……敵にとって怪文書は一体どんな意味があるのか」
そう言いながら勇気は立ち上がった。
「しかし、その逆は考えられた」
そして、勉強机の横の本棚の前まで行くと一冊の本を取り出した。
「逆?」
「あぁ、怪文書には何の意味もないんじゃないか……ってな。全ては先輩を襲う為の行動。『木を隠すなら森の中』そんな事をしたかったんじゃないかな? 正義、この本を読んでみろ」
勇気は本棚から取り出した本を正義に差し出した。
「え? 何これ? アガサ……クリスティ?」
「そう、かなり有名な推理小説家だ。知らないか?」
「アガサ……いやぁ、アガサって言ったら博士だろ?」
「違う……それはこの人の名前を捩っただけだ」
勇気は再びガラスのテーブルの前に座った。
「その小説はな、アガサクリスティが1936年に発表した物なんだが、その小説の犯人は無差別的な連続殺人を犯すんだよ」
「へぇ、無差別連続殺人……めっちゃホラーじゃん」
正義は読む気があるのか無いのかよく分からないキョトンとした顔で小説のページをペラペラと捲り始めた。
「いや、ホラーではないミステリーだ……まぁそんな事はどうでも良い。そしてだな、その連続殺人は実際は無差別に見せているだけで、本当は無差別ではないんだ」
「え? そうなの?」
正義は本に下ろしていた視線を一瞬勇気の方に向けた。
「あぁ、更にその犯人が本当に犯したかった殺人は連続殺人の内のたった一つなんだ」
勇気は天井を指差す様に人差し指を上げた。
「連続殺人を犯したが、犯人が本当に殺したかったのはたったの一人だけ。正義、お前にはその犯人が何故たった一人を殺す為に連続殺人を犯そうと思ったのかその理由が分かるか?」
「う~ん……」
正義はまだペラペラとページを捲っている。
「何だろうな……」
「正義、俺はさっき『木を隠すなら森の中に』そう言ったろ?そういう事だよ」
「え? 木を隠すなら森の中? ……えっ! うわっ……何か嫌だなそれ」
ページを捲る正義の手は止まって、パタンと本を閉じ、本をテーブルの上に置いた。
「一人殺したのを隠すために、他にもいっぱい殺してうやむやにした……みたいな事か?」
「う~ん……まぁそんなところだな。真の目的の人物だけを殺しただけでは、殺す動機が十分にある自分が犯人だとすぐにバレてしまう。だから無差別に見せかけた連続殺人を起こし、その中で真の目的の人物を殺す。そうすれば自分に疑いの目が向けられる事はない……そう犯人は考えたんだよ。そしてだな、俺が何を言いたいかと言うと………先輩を狙うストーカー男も同じ様に考えたんじゃないか? 自分が犯人だとバレない為の工作として怪文書をばら蒔き、大きな騒動を起こし、その中で真の目的を実行する……」
勇気は正義がテーブルに置いた本を手に取ると、さっきの正義と同じ様にパラパラと捲り始めた。
「それと、これも恐らくになってしまうが、先輩が怪文書に抗議をしたのは男にとってはイレギュラーだったのではないかな? 真田先輩に怪文書の事を教えたのは桃井だ。それを計画に入れるのは難しい。じゃあ、桃井が教えなくてもその内先輩が事件に首を突っ込むかと言うとそれもまた難しいだろ? だから先輩の行動はイレギュラーだった。……そして、そんなイレギュラーが起きてしまい、俺達は『先輩は怪文書に抗議をしたから襲われた』と思い込まされてしまった。だが、本来男が思い込ませたかったのは『英雄が怪文書の警告を聞かず町を出ていく事をしなかったから、遂に第一の犠牲者が出てしまった』……そんな風な事だったんじゃないかな? もし、この形だったなら俺達も『敵が無差別攻撃を開始した』……ただこれだけを思った筈で、先輩を"標的"として狙ったとは思わなかったと思うんだ」
「う~ん……」
勇気の推理を聞いた正義の右手はまた頭に昇って髪の毛を掻き回し始めた。
「でもさ勇気、先輩が抗議したのはイレギュラーだったってのは、まぁそうかもしれないけど。でも、怪文書が男から疑いの目を反らす為の物ってのは、俺はちょっと違うような気もすんだよ。だってさ、先輩が襲われてすぐにストーカー男が犯人だって気付く人ってそんなに多いかな? バッチャンは確定として、真田先輩が話してなければ愛は知らない。彩華先輩もどうなのか……もし、知ってたとしてもそんなもんだ。山下での事件はバッチャンが警察に言うのを止めたから警察が怪しむかどうかも微妙だし」
「しかし、男が怪しまれる事を懸念してという事は十分考えられるだろ」
「まぁな……」
………結局二人の会話は堂々巡りで答えは出なかった。
「男の事……もっとよく知りたいな」
「うん、俺達推測でしか物言ってねぇ。なぁ、勇気。俺達、これからいっちょ調べに行かないか?」
「あぁ、そうだな……行き詰まったならここでグチグチと話しているよりか動いた方が良いだろう。男が働いていた塾にでも行ってみるか。男がどういう人間か知れるかもしれないし、あわよくば男が今どこで働いているか知っている人もいるかもしれないしな」
「あぁ、そうしようぜ!」
……と、正義が立ち上がろうとすると
「あ……いや、ちょっと待て」
勇気はそれを止めた。
「何だよ?」
「いや……」
そして、勇気はテーブルの上に置いていたスマホを手に取ると、何やら操作をし始めて
「……チッ」
小さく舌打ちをした。
「ん? どうした?」
「俺達運が悪いな……見ろよ」
勇気はスマホの画面を正義に見せた。
「あそこの塾、土曜は休校日だ……」
勇気のスマホに映っているのは塾のホームページ。確かにそこには土曜日は休校と書いてある。
「あ……本当だ。塾って休みあるのか。明日は? 明日も休みか?」
「どうだろう……」
そう聞かれた勇気はスマホを自分の方へ向け、画面をスクロールする。
「あ、いや、明日は特別講習だが午前中だけはやってるな」
「じゃあ明日行くか」
「いや、でも、特別講習だから講師は少ないぞ。男を知っている人間がいるかどうかは……」
勇気は不安そうな顔をした。しかし、正義はその逆。ニカッと笑う。
「へへっ! でも、行かないよりかはマシだぜ! ヨシッ、決まり! 明日行ってみようぜ!!」
「ふっ……そうだな。そうするか!」
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