第2話 狐目の怪しい男 6 ―勇気の家へ―

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 勇気の母の趣味はガーデニング。勇気の家に数え切れないくらい遊びに行った事のある正義にとって、それは常識だった。

『勇気の母ちゃんの趣味は6年経った今でも変わらないんだな』そんな事を思いながら、正義は南欧風の門扉から勇気の家の玄関へと続く敷石の上を歩いていた。

 門扉を抜けてからは曲線を描くように等間隔に敷石が敷かれている。その周りには色とりどりの花や心を癒す緑の葉が生い茂っているんだ。


「あらぁ~~お久し振りぃ! 正義ちゃん!」


 玄関の扉を開いて正義を迎え入れた青木麗子の顔には満面の笑みが咲いていた。まるでさっき正義が見た花々の様に。


「おばさん、こんちわ! お久しぶりです!!」

 そして、その笑顔を見た正義の顔にも大輪の花が咲く。ニカッとした大きな花が。


「そうねぇ、お久し振りぃ!」


 さっきから……正義と麗子は『お久しぶりです』『お久し振り』と言い合っているが、実は二人の再会は今日が6年ぶりではない。何故なら、正義はデカギライとの戦いが終わった翌日に麗子のお見舞いに行っているから。その日に6年ぶりの再会は果たしている。だから二人の『お久し振り』も"その日以来"の『お久し振り』という意味だ。


「おばさん、その後ケガの具合はどうっすか?」

 正義は上がりかまちに座って靴を脱ぎながら麗子に向かって聞いた。


「全然よぉ~、全然元気よぉ。心配してくれてありがとうねぇ」

 麗子は微笑みながら揺れている。風に揺られるヒマワリの様に。


「へへっ! そっか、良かった!!」


 ……と正義と麗子が話していると、


「お前……『こんにちわ』って、まだ朝の9時だぞ……」

 言葉の間に『はぁ……』とため息が混じって聞こえてきそうなくらいに気怠い雰囲気の声が聞こえてきた。


「へへっ!!」

 靴を脱ぎ終えた正義は、その声が聞こえた方向を振り向く。

「そうだった! そうだった! でも、今日は変な時間に起きたからさ、俺の中だとそうなんだよ!」


「そうか……だが、休みの日くらいゆっくり寝かせてくれよな……」

 その声の主は勿論、勇気だ。彼は玄関を上がったすぐの所にある階段を眠そうに顔をしかめて降りて来ていた。

 そして、そう。今日は貴重な土曜日。学生にとっても貴重な休日だ。ゆっくり寝ていたい、そんな日に勇気は『話したい事がある!』と無理矢理約束を取り付けられて正義を自宅に招く事になったんだ。

「ふわぁあ……」

 だから彼の口には欠伸が何度も訪れる。


 ―――――


「旨ッ! おい勇気、これめちゃめちゃ旨くないか?」


「ん? そうか?」


「あぁ! めっちゃ旨い! こんなに旨い珈琲飲んだの初めてだぜ!」


「いやいや、普通に淹れただけだぞ」


「本当にぃ? 旨いぜこれぇ」

 勇気の部屋に通された正義は勇気が淹れてくれた珈琲を飲んでいた。しかし、『旨い! 旨い!』と言ってはいるが、正義の舌はまだまだ子供だ。苦い珈琲は飲めないからスティックシュガーを二本も入れている。


「まぁ、豆は良いのを選んでるからな……あ、俺じゃないぞ。母さんがだ」


「ふぅ~ん、だからか」

 と言いながら正義は勇気が『念のために』とキッチンから持ってきていたコーヒーフレッシュの蓋をパキッと開けた。


「おい……旨いとか言いながら結局入れんのかよ」

 勇気は小さく笑った。


「あぁ、出されたモンはな! 使わねぇと!」


「いや、念のためにと持ってきただけだ。使わないなら使わないで良いんだが」

 勇気の笑顔は苦い笑いだった。『やれやれ……』といった感じ。


「へへっ! 良いんだ! 味変だよ! 味変!!」


「なんなんだよ……」


「へへっ!」

 そして正義はコーヒーフレッシュを入れてマイルドな口当たりに味変させた珈琲をズズッと啜りながら部屋の中を見回した。

「なぁなぁ、勇気? そこにあったゲームどうしたんだよ? 捨てちゃったのか?」

 正義が言う『そこ』とはテレビの横の事。正義は『そこ』を指差しながら勇気に尋ねた。


「ん? あぁ……ゲーム? それならしまってるよ」

 勇気は備え付けのクローゼットをチラッと見た。おそらくその中にしまっているのだろう。

「欲しいか? 欲しいならやらないからやるよ」


「えっ! いやぁ、俺もあんま最近はゲームはなぁ、そんなに」


「やらないのか?」


「あぁ、スマホでちょろっとはやるけどテレビのはなぁ」


「だよな」


 6年前までの正義と勇気はよくこの部屋でゲームで遊んだんだ。特によく遊んでいたのは大人数で大乱闘をするゲームだった。ネットに繋いで何処か遠くの人と二人で一緒に戦ったり、逆に二人で戦い合ったり。その結果が二人の喧嘩を招いたりもしたのだが、二人に聞けば二人共言うだろう。『あの時間は楽しかった想い出として残っている』と。

 しかし、そんな想い出のゲームもクローゼットの中にしまわれてしまっていた。6年ぶりに入った勇気の部屋は昔と変わらず……とはいかず、昔とは大分変わっていたんだ。


 壁際に置かれたベッドとその向かい側に置かれた勉強机の印象は変わらないが、二つの家具の間にあるガラス製の背の低いテーブルは昔は無かったし、勉強机の横にある本棚に並べられている本は昔は漫画も数作品混じっていたが今では勉強に使う本か"小難しそうな本"しかない。さっき正義が勇気に聞いた通り、テレビの横に置かれていた数台のゲーム機もしまわれてしまっているし、テレビ自体もあまり見ないのだろう、リモコンはテレビ台の隅っこひっそりと置かれて肩身が狭そうだ。


「……で、『話したい事』ってなんなんだ?深夜の調査で何かを得られたのか?」


「おう、それなんだけどな勇気」


 正義が勇気の家に来て既に20分以上が経っている。それが今やっとだ。今やっと二人の会話が本題の方向へと向いた。

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