第2話 狐目の怪しい男 5 ―悪い話が良い話―

 5


「さて……そろそろ帰るかな!」

 正義がそう言ったのはお婆ちゃんがストーカー男の話を終えて一時間が経ったくらいの頃だった。

 小上がりにある窓からは明るい日差しが差し込んでいる。もう完全に夜が明けていた。ストーカー男の話が終わった後、お婆ちゃんと正義は他愛のない会話を楽しんだ。お婆ちゃんはお茶を、正義はコーラを片手に。

「んじゃ、バッチャン助かったよ! ありがとね!」

 ニカッと笑う正義は小上がりから足を下ろし靴紐を緩める事もせずに勢い良く靴を履いた。その勢いのまま靴の履き心地を直そうと爪先を地面にトントンっと叩く。


「本当に大丈夫なのかい? もう少し休んでいった方が良いんじゃないのかい?」

 そんな正義を見て山下のお婆ちゃんが心配そうな顔でそう言った。今、お婆ちゃんは小上がりから移動して帳場に座っている。帳場に座って朝食だ。自分で作ったおにぎりを食べているんだ。


「へへっ! 大丈夫、大丈夫! こんなのかすり傷だって言ったっしょ!」

 因みに正義もお婆ちゃんのおにぎりを食べた。梅と昆布のおにぎりを二個、お婆ちゃんが作ってくれたんだ。

「それにバッチャンから良い情報を聞けたしね! 居ても立ってもいられないや!」

 そう言いながら正義は小上がりの端っこに置いていたリュックを手に取った。その中にはボッズーがいる。よく耳を澄ませばボッズーの「すーすー」という寝息が聞こえるだろう。


「良い情報? そんな話したかい? 悪い話はしたかも知れないけど」


「へへっ! その"悪い話"が俺にとっては良いんだって!!」


「ちょっと正義ちゃん、変な事には……」


「分かってる、『変な事には首を突っ込むな』でしょ? へへへっ!!」

 正義はリュックを背負った。

 やっぱり「すーすー」と寝息が聞こえる。

「朝飯も食わせてもらったしさ、俺はもう眠くて眠くて、そんな事してる暇もないよ!」


「そうかい……なら、帰ったらゆっくり休むんだよ」


「分かってるよ! へへっ! んじゃ、バッチャンまたね!」

 正義はお婆ちゃんに『バイバイ』と手を振った。


「うん、またね。気をつけて」


「へへっ!」

 と、正義は山下を出ようと出入口に向かって歩き出した………が、

「あっ!」

 まだ聞きたかった事があったのを思い出した。

「ねぇバッチャン? さっきの話って愛は知ってるのかな?」


 この問いに帳場の椅子にちょこんと座るお婆ちゃんは首を傾げる。

「私は話してないからね、どうだろうね? 萌音ちゃんが話してなければ知らないんじゃないかな?」


「そっか、分かった。ありがとう!!」


 そう言って正義は山下を出て行った。

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