第2話 狐目の怪しい男 3 ―狐目の怪しい男―

 3


「あれは、私が萌音ちゃんから取材を受ける前だったから、一年よりももっと前だねぇ。二年経ったかねぇ……まぁそのくらいかな?」

 と、お婆ちゃんは話し始めた。

「始めは萌音ちゃんと彩華ちゃんがこの小上がりで『毎日毎日何かを話しているなぁ?』とは思っていたけど、私は何も知らなかったんだよ。それがまさかストーカーに狙われてるなんて物騒な話だなんて夢にもねぇ」


「あ……これって真田先輩も関わってる事件なの?」


「そうだよ。さっき言ったでしょ? 彩華ちゃんは萌音ちゃんのお友達だって」


「うん……そうは聞いたけど、真田先輩のお友達が関わってるだけで、真田先輩も関わってるとは思ってなかったよ」


「そうかい……でも、そうなんだよ。二人は同じクラスで仲が良かったからねぇ」


「そうなんだ」

 正義は『そうなんだ』と思いながらも、もう一つ『ん?』とも思った。でも、『ん?』という疑問を頭の中で言語化する前にお婆ちゃんの話が続いた。


「それでねぇ、あまりにもあの子達がここで毎日毎日話し合いを続けているから、私も『何を話しているんだろう?』って興味が湧いてしまってね。二人に聞いたんだよ。『何を話しているの?』って。そしたら、『彩華ちゃんがストーカーに狙われているかも』って言うから私ビックリしちゃってね。しかも相手が彩華ちゃんが通っている塾の講師だって言うからもっとだよ」


「……塾の講師?」


「うん。そうよ」


「………」

 年齢不詳のストーカー男。正義には同い年くらいにも見えていたが、ここで男が年上なのが分かった。


「ほら、駅前のだよ。駅前のビルの二階にある相川塾。分かる? 正義ちゃんが小さな頃からある塾だよ」


「う~ん……」

 そう問われると正義は首を捻った。

「分かるような気もするけど、子供の頃は塾にはあんまり興味なくてさ」

 そりゃそうだ。子供の頃の正義は『塾は天才の行く所』と思い込んでいたから『自分とは一切関係のない所』と視界の隅にも入れようとはしなかったのだから。


「そうかい。有名なんだけどねぇ……合格率も高くて良い評判しか聞かない所なんだよ。だから私驚いちゃってね。『そんな塾の講師の人間がストーカーを?』って。でもね、彩華ちゃんのスマホを見せてもらったら確かに一人の人から何度も電話がかかってきた記録があって、更に彩華ちゃん曰く『ゲームの中のメール』にも何度もメールが来ていたんだよ……」

 ここでお婆ちゃんはお茶を一口飲んだ。

「元々彩華ちゃんと男はただの講師と生徒なだけで特別親しくしてた訳じゃないんだよ。でも、授業が始まる前に一回だけ……たった一回だけだよ、さっきメールがいっぱい来ていたって言ったスマホのゲームの話をしたんだって。そこであの子も悪いんだけど、連絡先を交換しちゃったんだってさ。『またアドバイスをお願いします』って。でも、たったそれだけだよ。それだけなのに男は勘違いをしたんだろうね……」


「なるほど……」


「それで彩華ちゃんはあまりにもしつこいからメールも電話も無視してたらしいんだけど、男の方は留守電にもメールにも『二人っきりで会いたい』とか『どうしたの? 返事を返して』とか自分が嫌がられてる事に気付いてない様子でね。何度も何度も同じ内容を送ってきていたんだよ。だから私気持ちが悪くてね。言ったの彩華ちゃんに『困ってるなら塾の偉い人に相談したら?』って。でもね、彩華ちゃんは『ダメだ』って……」


「ダメ? 何で?」


「なんでもね、相川塾にはクラスがあって、彩華ちゃんはその年にやっと上位クラスに入れたんだって」


「上位クラス? それって他のクラスより特別って事?」


「らしいね。他のクラスよりも良い勉強が出来るらしいのよ。私もよくは分からないけどね。それでね、彩華ちゃん曰く『ずっと学力テストで点数が足りなくて上位クラスには入れてなかったんだけど、最近やっと入れたばかりなんだ』って言うんだ」


「ふぅ~ん、でもそれが何で偉い人に相談するのがダメに繋がるの?」


「私も不思議でね『何で?』って聞いたら、『実はこの男は上位クラスの講師なんだ』って言うんだよ。なんでも、上位クラスは厳しいから講師の判断で学力が足りないとされたらすぐに下のクラスに落とされてしまうらしいの」


「なるほど……あんまり男を無下に扱うと『クラスを落とされちゃうかも』って彩華さんは気にしてたって事かな?」


「そうだと思う……あの子も行きたい大学があってね。一所懸命勉強してたからね。チャンスを逃したくなかったんだろうね。だから『どうにかならないかな?』って萌音ちゃんに相談してたんだよ。あ、そうだ。その当時は萌音ちゃんも相川塾に通っていたんだったよ。だから彩華ちゃんも萌音ちゃんを相談相手に選んだろうね」


「その当時って事は、今は?」


「辞めているよ。丁度一年くらい前だったね。あの子にもちょっと色々あったんだよ……」


「色々?」


「そう……その話もこの事件に関する事なんだけど。それは、順を追って話すけど良いかい?」


「うん……OK」

 この時正義は軽く『OK』と答えたが、それと同時にさっき覚えた『ん?』という疑問がより深まった気がした。いや、気がしたというか完全に正義の中でその疑問は深まっていた。


 ― この事件にも真田先輩がかなり関わっているんだな……ストーカー男対真田先輩……まるで今と一緒じゃん……


「……でも、嬉しいよね」


 正義が疑問を深めているとは露知らず、お婆ちゃんの話は続いた。


「え? 嬉しい?」

 正義は一旦考えるのを止めてお婆ちゃんの話に集中を戻した。


「……うん。私、二人に聞いたんだよ。『何で話し合いをこの店にしてるの?』って『二人っきりになれる場所の方が良いんじゃないかい?』って。そしたらね、『ここならお婆ちゃんがいるから心を落ち着けて話せるんだよ』って言うんだ。『他の場所だと近くに男がいるかもしれないって思えて落ち着かない』って」


「あぁ~何かその気持ち、俺も分かる気がするな」

 と正義は笑った。


「そうかい?」


「うん。俺達みんな、バッチャンに見守られて育ったんだもん。バッチャンが居る空間に居れば安心するってのは分かるよ」


「そうかい?」

 二回目の『そうかい?』、この時お婆ちゃんは今日初めて笑顔を見せた。


「で、その後はどうなったの? さっきバッチャンは『男は輝ヶ丘から出ていった』って言ったけど、って事はやっつけられたんでしょ? 警察に動いてもらったとか?」


「うん、そうだね。彩華ちゃんは始め『警察に言うのは怖い』って言っていたんだけど。結局はそうしてもらったんだ」


「怖い?」


「うん。警察に相談するのが敷居の高いものだって思っていたんだね。でも、私と萌音ちゃんで彩華ちゃんを説得したんだ。実はね萌音ちゃんもずっと説得していたみたいなの。『警察に相談しに行こう』って。それから私も加わって、『行く時は私達も一緒に行く』って約束したら、やっと彩華ちゃんも頷いてくれてね。それから彩華ちゃんのお父さんとお母さんとも都合を合わせて5人で警察に行ったんだよ」


「そっか、じゃあ男は逮捕?」


「ううん……」

 お婆ちゃんは首を振った。

「そこまではならなかった。ただ警察も警告をしてくれてね。男は塾もクビになったし彩華ちゃんの周りからは姿を消したんだよ。警告を無視したらそれこそ逮捕になるからねぇ」


「じゃあ、それで……」

『じゃあ、それで解決?』と正義は聞こうとした。だが……

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