第2話 狐目の怪しい男 2 ―変な事には首を突っ込まないでね―
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「じゃあ、あの男が怪文書の犯人なのかい?」
「うん。多分ね」
山下の小上がりに座る正義はお婆ちゃんが頬に貼ってくれた絆創膏をペタペタと触りながら頷いた。
正義はお婆ちゃんに男と出会った経緯を説明したんだ。勿論、自分が英雄だとバレないように多少のアレンジを加えて。その内容は『怪文書を公園に貼り付けている男がいた。男を注意したら殴られた』こんな感じだ。
「そうかい……」
そんな正義の話を聞いたお婆ちゃんの顔は暗く曇る。
「それじゃあ、あの男は《王に選ばれし民》と関わりを持っているのかね?」
「かもね……だから、俺はアイツの事をもっとよく知りたいんだけど」
と正義は言うが、お婆ちゃんはちょっと聞いてない感じ。
「じゃあ、私が見たものは目の錯覚じゃなかったのかねぇ……」
お婆ちゃんは独り言を溢す様な小さな声でそう言うと、湯呑みに入れたお茶を一口飲んだ。
「ん? ……見たもの? 何それ??」
お婆ちゃんの言葉が気になった正義は首を傾げる。
「うん……」
お婆ちゃんはその質問にコクリと頷くと、喉が渇いているのかもう一口お茶を飲んだ。その喉がゴクリと鳴る。
「あのね……まばたきをパチンっと一回したらもう居なくなっていたから目の錯覚だと思ったんだけどねぇ、私見たんだよ。大きなキツネを……」
「大きなキツネ?」
首を傾げる正義の眉間に皺が寄った。
「そうだよ。男が公園から出てくる少し前にね、公園の入り口の所に二本足で立つ人間みたいな姿をした大きなキツネが居たんだよ……」
「大きなキツネ……」
正義はもう一度その言葉を繰り返す。
「うん……でもねぇ、本当に一瞬だったからねぇ。それにもう一度まばたきをしたら、今度はあの男が公園から出てきたんだよ。だから目の錯覚だと私は思ったんだけど……」
「なるほど……バケモノだな、それは」
今度は正義が独り言を溢す様に呟いた。
正義は思ったんだ。『それは男が
「ん? バケモノ?」
「え? ……あぁ、聞こえちゃった? へへっ! 何でないよ、こっちの話! へへへっ!」
正義は笑って誤魔化すと話題を反らそうと考えた。いや、反らそうというか、こっちが本来聞きたい話だ。
「それよりさ、バッチャン。俺にストーカー男の事をもっとよく教えてよ。男がどんな奴なのか」
「う~ん……でもねぇ」
しかし、お婆ちゃんはこの質問に眉をしかめた。
「あれ? ダメ?」
「だってねぇ、何でそんなにあの男の事が知りたいんだい? もしかして正義ちゃん、変な事に首を突っ込もうとしてるんじゃないのかい? ダメだよ。あの男は《王に選ばれし民》にも関わっているんだろう?」
「へへへっ! 大丈夫だって! 変な事はしないよ! ただ俺は、ストーカー男に興味が湧いただけだって! ただ知りたいだけだって!」
嘘だ。正義はお婆ちゃんが言う『変な事』=『危ない事』に首を突っ込もうとしているんだ。
「本当かい?」
「うん!」
嘘だ。正義はお婆ちゃんに嘘を付いている。
でも……
「……分かったよ。正義ちゃんを信じるよ。正義ちゃんの目は良い子の目だからね。『変な事には首を突っ込まない』、その言葉を私は信じるよ」
お婆ちゃんは正義のお願いを了承した。お婆ちゃんは正義の人懐っこい笑顔に弱いんだ……いや、違うだろう。だって、お婆ちゃんは正義に騙されてはいないから。お婆ちゃんの顔を見ればその事は一目瞭然だ。まだお婆ちゃんの眼差しには心配が溢れているし、正義を信用し切れているかというと、そうは見えない。
でも、お婆ちゃんは言葉通り正義を『信じよう』と思ったのだろう。何故なら、お婆ちゃんは真田萌音に取材された記事の中で言っていた。『子供の目を見れば、その子が良い子か悪い子かすぐに見分けがつく』と。正義は英雄だ。《正義の心》を持つ英雄だ。ならば正義は悪い子ではない。そして、その事をお婆ちゃんも分かっている筈。
だから、恐らく、きっと、お婆ちゃんはそんな良い子の正義を『信じよう』……いや、『信じたい』と思ったのではなかろうか。
「へ……へへ……」
正義の笑顔はぎこちなくなった。正義の心には罪悪感が芽生えたんだ。お婆ちゃんに嘘をついている事への罪悪感が。正義は自分に対してのお婆ちゃんの気持ちを察する事が出来ない人間ではないから……
「それじゃあ、どこから話せば良いかねぇ?」
それでも、お婆ちゃんは話し始めた。
正義に男の事を語ってくれたんだ。
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