第1話 血色の怪文書 24 ―カサカサ……ガサガサ……―

 24


『立ち入り禁止のテープを乗り越える事はどんな罪に問われるのだろうか?』と頭の隅で考えながら、ガキセイギの姿の正義は当然の様にテープを乗り越えた。

「うわっ……こりゃヒデェや」

 駅前公園で火事が起こったのは、正義が生まれるずっと前からあって輝ヶ丘のフォトスポットとしても有名な《太陽の花壇》だった。

 この花壇はその名の通り、四季折々の花を使って"ニコニコと笑った太陽"を描いた直径7mにも及ぶ大型の円形花壇だったのだが、今では全てが灰に変わってしまっていた。

「ついこの間勇気達と見に来た時は綺麗な花が咲いていたのに……」

 セイギは灰の中を探りながら、残念そうに独り言を呟いた。

「こんなの、母ちゃんが見たら悲しむぜ……」

 セイギはこの花壇に想い出があった。それは幼稚園の頃で、その時の正義は花や虫の図鑑を読む事にハマっていた。そんな正義を喜ばそうと、正義の母は毎日毎日この公園に連れてきてくれた。それも忙しい合間を縫って、自転車をかっ飛ばしてだ。

 そして正義の母は『あのお花は何?』『あそこのお花にとまってる点々の虫さんは誰?』と正義にクイズを出した。『チューリップだよ!』『てんとう虫だよ!』と答える度に正義の母は優しい笑顔を正義に送った。

「………」

 そんな思い入れのある場所が今では無惨な姿になっている。

 セイギは悔しさで顔をしかめた。それでも手先に荒さはない。『一欠片でも見付け出してみせる!』と丁寧に灰の中を探るんだ。


 しかし……


「むむぅ……ここも難しそうだなボズ。時間がかかるなこれは……」


 ボッズーは嘆いた。

 でも、それも無理はない。

 他の例に漏れず、この場所も探し物をするには容易な場所じゃなかったから。

 花が燃え尽きて邪魔する物が何もない平地の花壇は、一見すると容易な場所に見えなくもないが、その広さは約49平米もある。しかも邪魔する物が無いという事は、逆に言えばその全てを調べなくてはならないという事。


「ミルミルミルネモードで全体を見てやろうと思ったけど、ダメだ……視界が霞んできたぞボズ……」


 二人が調査を開始したのは深夜2時だった。それが今ではもう4時を回っている。ボッズーのミルミルミルネモードは非常に体力を消費するモードなのだが、移動中に通常の瞳に戻していても、既にボッズーは二時間近くもミルミルミルネモードを使用している。もう限界が近いんだ……


「ボッズー……じゃあ少し休むか? 俺、ジュースでも買ってくるよ」

 まだまだ調べたいのが本音だが、セイギはボッズーの事をよく知っている。だから、ボッズーの体調が心配になってそう声をかけた。


 でも、


「ううん……」


 ボッズーは首を横に振った。


「いや……このまま最後までやろうよボズ。下手に休めば今日はもうミルミルミルネモードにはなれないかも知れないボズ。そんな事になったら、折角の調査が中途半端に終わるボズよ。そんなの俺は嫌ボズ……」

『この調査は本当に必要なの?』と言っていた筈のボッズーも、セイギに感化されたのか、今では調査に前向きになっていた。


「本当か? 大丈夫か?」


「うん、大丈夫ボズよ。俺を信頼しろ。その代わり、帰りにバニラアイス買ってくれボッズー」


 ボッズーは小さく笑う。


「へへっ……そうか。分かったよ! お安いご用だ!!」




 ………それからの二人は黙々と、一言も喋らずに黙々と、灰の中を探り続けた。




 カサカサ……




 駅前公園は花壇だけじゃなく様々な木が公園内を囲む様に生えている自然あふれる公園だ。現在、4時20分。まだ日が出ていないからか、それとも事件現場になった事が影響しているのか、公園内に人気ひとけはない。



 カサカサ……



 そんな中、風に揺られて踊る木々の葉がカサカサと音を立てる。その音が二人が灰をかき分ける音と混じって心地好い。

 闇に照らされる無音に近い空間で、黒い灰と黒い土しか見ていない二人は、その音を聞いているとまるで緑葉の海に潜っている様な気分になっていた。



 カサカサ……



 カサカサ……



 この音を聞いていると、二人は妙に集中出来た。

 セイギは思った。『やはり自然と人間は友達なのだろう』と。『木や葉っぱ達が俺達に応援歌を歌っているんだ』と……




 しかし、




 カサカサ……




 カサカサ……






 ガサガサ………




 異音が混じった。

 それは二人の後方から聞こえた音。だが、この音にセイギもボッズーも特に反応はしなかった。


 何故なら『カサカサ』も『ガサガサ』も二人には同じく自然が立てた応援歌にしか聞こえていなかったからだ。


 でも、


「無駄だよ……」


 この声には二人も反応した。


「え?!」


「うぇ?!」


 二人はお互いの顔を見合った。どちらも相方が話したと一瞬思ったんだ。でも、そうではないとすぐに分かった。

 ボッズーは鳥に似てるが鳥目じゃないし、ミルミルミルネモードなのだから視力は良い。セイギも変身しているから常人よりも夜の闇の中でも周りがよく見えている。

(英雄のボディスーツは常人の身体能力を向上させるが、それは腕力や脚力だけじゃなく視力もしかりで、ボッズーのミルミルミルネモード程ではないが変身状態のセイギの視力は人間並みじゃないのだ。)

 だから、顔を合わせた瞬間に相方が自分と同じく驚いている事に双方共に気付いた。

 第一に、誰もいないと思っていたから相方の声だと思ってしまっただけで、よく考えれば、聞こえてきた声はどちらの声とも全然違っていた。



 ガサガサ……



 また、異音が二人の後方から聞こえた。



「………ボッズー」


「………セイギ」



 声が聞こえてからここまで5秒も経っていない。第三者の出現にすぐに気付いた二人は、ほぼ同時に振り向いた。

 そして、この時に二人は勘付く。意識を傾けてみたからだ。先程から聞こえる『ガサガサ』という異音が、木々の葉が立てる音とは"質感"が違っている事に。


「そんな所には何も無いよ」


 セイギ達の後方、目視で5mも離れてはいない。公園内に規則的に並ぶ電灯の内の一本。セイギから見て、二本目に当たる電灯の下に男が一人立っていた。

 一見すると何処にでも居る感じの普通の男だ。眼鏡をかけて、茶色のコートを引っ掛けてた淡い水色のYシャツに、下にはベージュのチノパンを履いている。だが、電灯の灯りに照らされる男を見た瞬間、セイギもボッズーも不気味な雰囲気を感じた。

 その理由は簡単だ。男が笑っていたからだ。二人を嘲る様な笑顔で。狐の様な吊り上がった目で……


「……セイギ、アイツが手に持っている物ってもしかして?」


「……あぁ」

 セイギは頷いた。


 セイギもボッズーも男の笑顔の次に目を付けた物は同じだった。それは、男が左手に持つ数枚の紙の束。



 ガサガサ……



 また風が吹いた。男が持つ紙束が風になびかれ『ガサガサ』と音を立てて捲れる。


「やっぱりボズ……」


「遂に現れたか……」


 セイギとボッズーはゴクリと生唾を飲み込んだ。

 ボッズーが言った『もしかして?』の答えは風が教えてくれた。二人は見たんだ。捲れた紙に書かれた"血の様に赤い文字"を………

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