第1話 血色の怪文書 21 ―標的を変えるだけだ―

 21


「何故ぇ英雄に手を出さなかったぁ~~♪」


 一目に付かぬようにコソコソと住宅街の路地裏を歩く人物に、その声は突然話し掛けた。

 二月の日暮れは早く、辺りは暗い。何処から話し掛けられているのか分からず、その人物はキョロキョロと辺りを見回した。


「はぁ、姿も見せずに話し掛けるのはやめてもらえるかな……」


「ホホホぉ~~♪ それはそれはすまないぃ♪♪ でもでも♪ これでもアナタに気を遣っての事ぉ♪ 私と話しているのを人間に見られるのはマズイでしょぉぉ♪♪ あっ♪ 大丈夫ぅ♪ 私の声もアナタにしか聞こえてなぃ♪ 透明ぃ~~~♪♪♪」


「そうか……《王に選ばれし民》でも、人を気遣う気持ちはあるのか。笑えるな……」


「OHぅ♪ それはそうでしょぅ♪ アナタは私達の仲間ぁ♪ 優しくするのは当たり前ぇ~~♪」


「……こっちはお前達を仲間とは思ってないけど」

 その人物は芸術家に対して冷たく言い放った。

「こっちは自分のやりたい事をやっているだけ。……で、質問は何だっけ? あぁ、『何故、英雄に手を出さなかったか』……だったか」


 冷たい言葉を吐かれても芸術家の機嫌の良さそうな歌声は変わらない。

「そう♪ ダーネに気を取られている内に英雄に奇襲をかければ殺せたかもぉ~~♪♪」


「フッ……」

 この芸術家の発言を、芸術家が『仲間』と呼ぶ人物は鼻で笑った。

「何故そんな事をする必要が? 作戦は予定通り進んでいるんだ、それを崩すのは愚策だよ。 そんな事をしたら、いつか綻びが生まれる……それに、お前が言ったんだろ? 『英雄を殺すのは自分の本当の力を手に入れてからで良い』と『自分の本当の力さえ手に入れれば、アイツらを殺す事など簡単になる』と。今日は家を燃やすだけで十分だよ。あの女は想定以上の反応をしてくれたし……」


「しかしぃ♪」


「フッ……何を気に掛けている? 英雄の事なら   問題はない。英雄が近くに居た事は驚いたが、それならあの女からまた別に標的を変えるだけだ。しかし、あの女はまだまだ利用する。その価値があるよ。じゃないと、ダーネを大量に消費させてあの家を燃やした意味がない。フッ……だが、お前はただ見ているだけで良いよ。その代わり、必ずこの町を滅ぼしてやるから……」


「そうですかぁ~~♪」


 うそぶくその言葉に、最後まで芸術家は上機嫌に歌い続けた。

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