第1話 血色の怪文書 16 ―見せたい物があるの―

 16


 どんよりと暗い雰囲気を纏ったまま、輝ヶ丘高校は昼休みへと入った。


「はぁ……」

 愛は鞄の中から巾着袋に入れられた弁当箱を取り出し、机の上に置くが、しかし、食欲はない。

「はぁ……」

 愛もまた皆と同じ様にマイナスの方向に思考を向けてしまっていた。『何故私は何も出来ないんだろう……』『私には力は無いの?』『皆の辛い顔を見たくないのに……』と。

 ほんの昨日までは『次こそは私の番!絶対に英雄になって《王に選ばれし民》を倒す!』と息巻いていたのに、今ではその逆になってしまって、気分が晴れず、授業中もずっと悪い事ばかりを考えてしまっていた。

 だから愛は気付かなかった。思考の渦に飲まれてしまっていたから。

 巾着袋から弁当箱を取り出し、その蓋を開こうとする瞬間に、声を掛けられるまで……



「ねぇ、桃ちゃん……」



「え!」


 声を掛けられた愛は、驚いてパッと顔を上げた。

 だって、その声は真田先輩のものだったから。


「え? あ……せ、先輩?! い……いつの間に」


 先輩は愛の目の前に立っていた。


「いつの間に……じゃないよ。さっきからずっと手振ってアピールしてたじゃん」


 そうなんだ。先輩は愛が鞄から弁当箱を取り出した時にはもう既に、愛のクラスの教室の中へと入ってきていた。そして、愛の席を見付けた先輩は手を振りながら「桃ちゃん……」と小声で愛を呼びながらゆっくりと近付いてきていたのだが……


「あ……ごめんなさい。ちょっとボーッとしてて全然気付かなかったです」


「もう……」

 と先輩はため息を吐く様に言ったが、その顔は笑っている。


 でも、愛の反応は逆だ。


「すみません……で、どうかしましたか?」

 愛は自分でも気付いている。『今日の自分はダメだ』と。先輩が現れても気分が上がらない。笑顔が出ない。


「う~ん……そっか」


 先輩はそんな愛の雰囲気に気付いた様子だ。その顔からは微笑みが消えた。


「ちょっとね……桃ちゃんに見せたい物があったんだけど。やめとこうかな。今日は無理な感じだね?」


「え……? 見せたい物……ですか?」


「うん。今朝、弟が見付けた物なんだけどさ」


「弟? 瑠樹くん?」


「ううん、大翔の方。なんか不思議な石なんだよね。だから、もしかしたら、"今日の事件"に関係してるんじゃないかなって思ったんだけどさ……」


「え……! 今日の事件?」

 やはり愛は英雄に選ばれし者だ。先輩のこの言葉を聞いた瞬間、その瞳に熱が宿った。そして、机の前に立つ先輩との距離を前のめりになって縮めると、小声になって愛は聞いた。

「"今日の事件"って《王に選ばれし民》の事件の事ですか?」


「う……うん、」

 しかし、逆にその変化に先輩は驚いた感じ。『そんなに食い付く?』といった表情で、先輩は一瞬戸惑いを見せた。

「い……勢い良いね、桃ちゃん。やっぱり興味あった?」


「はい……勿論です」

 愛は素早く答える。


「……そ、そっか。それなら話が早いわ。あの事件さ、どうやら怪文書を書いた人物も関係してるみたいじゃない?」

 愛と同じく先輩の声は小声だ。

「だから、桃ちゃんも興味あるかな? って思ったんだけど……あ、でもね、まだ分かんないよ、本当に私が見付けた物が事件に関係してるかは。私が勝手にそんな気がするって思ってるだけで、確証は無いし、ただの不思議な石ってだけかも知れないし。警察に届けるとか、何か処置をとるべきか、桃ちゃんに一度相談したかったんだ」


 この言葉に愛も続けて小声で答える。

「分かりました。どこにあるんですか? その"不思議な石"って? 見たいです」


「うん、ありがと。でもね、今は私の家なの。学校に持ってくるのは少し怖かったから。もし良かったら放課後……」


 この言葉にも愛は素早く答える。

「勿論です、行きます」

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