第1話 血色の怪文書 17 ―仮初の日常―
17
約束を交わすと放課後はすぐにやってきた。
キーンコーンカーンコーン……
終業のチャイムが鳴った瞬間、愛は鞄を肩に掛けながら急いで教室を飛び出した。待ち合わせ場所は遠くない。校門の前だ。
もうこの時には愛の精神状態は完全に回復していた。今はただ前のめり、『先輩が掴んでくれた手懸かりを絶対に活かしてやる!変身出来なくたって英雄に選ばれた者として出来る事はいっぱいあるんだ!』っと考えられるようになっていた。
「あっ!」
校舎を出ると先輩は既に待っていた。
「先輩!!」
愛が声を掛けると、スマホを見ていた先輩は愛の姿に気付いて
「桃ちゃん!!」
と手を振ってくれた。
「ごめんなさい、お待たせしました!!」
「ううん、私も今来たとこだよ。じゃあ、行こうか!」
「はい!!」
愛の返事は元気いっぱいだ。溌剌としている。
「先輩の家に行くの、かなり久々ですね!!」
この発言も元気いっぱいだ。
だから先輩は少し咎める。
「ちょっとぉ、桃ちゃん何かはしゃいでない?今日は遊びじゃないんだよ」
とは言うが、先輩だって何やら楽しそうな表情だ。
「はぁい! 分かってますよ! さぁ、行きましょう!! でも、どのくらいぶりになりますかね?1年ぶりくらい?」
「そんな経つ? あぁ、でもそんな経つかもね。時が経つのは早いなぁ~~」
「フフッ! 先輩、お年寄りみたいな事言わないで下さいよ!」
「ハハッ! いや、でもさぁ実際もうおばさんだよ! 最近は腰が痛くてねぇ」
そう言って先輩は腰をトントンと叩いた。
「もぉ~何言ってんすか!」
愛は先輩の道案内が無くても、先輩の家までの道を話しながらでも歩けた。なにせ1年前まで愛はよく先輩の家に入り浸っていたから。先輩のお父さんは忙しい人だったからかあまり会えなかったが、お母さんや弟二人とは完全に顔馴染みだ。
「そういえば、お母さん元気してます?」
「うん、元気だよ。相変わらずな感じ。最近はさぁ、弟二人がよく食べるから『飯代稼ぎに!』って言って、風見のスーパーでパート始めたんだ。朝から晩までずっとやってるよ! 元気すぎ!」
「えぇ! 風見のスーパー! それってピカリですか?」
「うん、そうそうピカリ」
「私、最近風見のピカリマートよく行くんですよ! ほら、今、輝ヶ丘のは休業中じゃないですかぁ! そっかぁ~~会いたいなぁ!」
愛は先輩のお母さんの事も大好きだ。
先輩のお母さんの見た目は先輩とは違って背が小さくてぷっくらした体型。でも、性格はそっくりそのまま。優しくもありながら豪快な所もあり、先輩にとってもよく似ていた。そんな先輩のお母さんの印象は、愛の中では『肝っ玉母さん』という感じだった。
「ふふ……会えると良いね。レジ打ってるから今度行ったら探してみな」
「はい! あっ、て言うか今気付いた! 先輩今日歩きだ!」
「えぇ! ちょっとぉ~~今更気付いたの! もう何分歩いてるのよ?」
先輩は笑った。
「だってぇ~~、話すのに夢中だったから!」
先輩はいつも自転車登校だ。忙しい身分、一分一秒でも時間が惜しいのだろう。
「もぉ~~! ちゃんと見ててよ私の事!!」
「ハハッ!」
愛も笑った。先輩といるとやっぱり愛は楽しいんだ。『先輩と二人で会う理由は《王に選ばれし民》が関わっているから、楽しいと思っちゃいけない。もっと真面目に!』という考えを頭の隅には置いてはいるが、やはり思考は気持ちを抑えられない。仕方がない事だ。愛は先輩と話が出来るだけで楽しい。いっぱい話がしたいからあっちやこっちやに話題も飛んでいく。
「いや、それがさマジで最悪なんだよ!」
「最悪ですか?」
「うん! 自転車の鍵、いつの間にか失くなっててさ……もう泣きそう」
先輩は悲しそうな顔を"作った"。
それを見た愛は思った。『多分、本当はそんなに凹んでない』と。だから愛も冗談ぽく、わざとらしく咎める表情を作った。
「先輩! 本当、そういうの多いですよ! 前にも家の鍵失くしたじゃないですか!」
「そうなの、私、本当に失くし物多くて……って違うのよ!」
そう言うと先輩はカラッと笑った。
「見てよこれ! マジで最悪なの!」
先輩は制服のジャケットのポケットに手を突っ込むと、ヒラヒラと愛に振って見せた。
「あっ!」
「分かる?」
「はい……穴」
そのポケットには小さな穴が。そこから先輩の指先が3本、チラリと見える。
「この前自転車乗ってた時にさ、何処だったかな? とりあえず、曲がろうとした時にジャケット引っ掻けたのよ。そしたら、まさか穴空いちゃってて……」
「それで鍵を?」
「うん……マジ最悪。これで自転車屋に持ってくの5回目なんだけど! 知ってる? 鍵かかっちゃってるから、後輪を持ち上げて前輪だけでね……」
……と先輩はジェスチャーを交えて説明をするが、
「いや……五回って、先輩、そんなに失くさない下さいよ!」
愛は思わずツッコミを入れた。
「これのせいで学校も遅刻しちゃうしさぁ……」
「えぇ! 最悪じゃないですかぁ!」
「ハハッ! でも、そろそろこの制服ともサヨナラだし、この穴は縫わずに残しておこうかな!」
「なんで?」
「記念! 勲章よ!!」
「何ですかそれ?」
しかし、こんな他愛のない会話ももう終わりだ。《王に選ばれし民》が現れたこの世界は、"楽しいだけ"を許してはくれない世界へと変わってしまっていたのだ。
その事を、この後愛は、痛い程知る事になる………
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