第1話 血色の怪文書 13 ―学校は社会の縮図―

 13


 その日愛が学校へ行くと、いつもは喧嘩や騒ぎの少ない静かなクラスに穏やかではない空気が流れていた。

 いや、クラスだけじゃない。学校全体にだ。

 しかし、それも仕方がないだろう。新たな事件が起きたのだから……


 それに、元々あった穏やかさも本物じゃない。皆、仮面を被っていただけ。


《王に選ばれし民》が現れてから二週間が経った。しかし、それでも社会が大きく変わる事はなかった。

 なかには町を去った者もいるが、でもそれは少数。大多数の大人は、そして子供も、衣食住を維持する為に以前までの日常を維持する事に努めるしかなかった。非日常になってしまった筈の世界で、輝ヶ丘の住民は前と変わらぬ日常を生きなければならなかったのだ。

 仕事も勉強も失くす事は出来ず、"国のお偉いさん"が声を出してくれなければ、"ただの人"でしかない町民は非日常の中で日常を送るしかない。

 しかし、非日常の世界でそれまでの日常を生きようとするのは、それこそが非日常で、皆その非日常を日常と自分自身に思わせる為に、笑顔の仮面を被り、落ち着き払った自分を演じていただけ。大人も子供も内心ではピリピリと張り詰めた気持ちを抱いていた。



 そして、今日新たな事件が起き、社会の縮図となる教室の中で、その気持ちが爆発してしまっていた。



「先生! 俺達、学校なんか来てる場合じゃないよ! もう皆でこの町から逃げようぜ!」


 ホームルームの最中に突然叫んだのは愛の右斜め前の席の佐久間だった。

 この時、ホームルームで担任教師が話し合おうとしていたのは三年生の卒業式に関しての事。佐久間の叫びとは全く関係のない事。


「佐久間……座りなさい」

 注意をする担任の山田先生の顔は疲れ切っていた。実はホームルームを始める前から、佐久間の主張と似たような話は生徒間で話し合われていた。しかし、それは話し合いと言うよりも言い争いに近いもので『今すぐ町を出るべきだ』という主張と『それが出来れば苦労はしない』という主張と『町を捨てて逃げるのは違う』という主張、大きく分ければ三つの主張のぶつかり合いだった。

 職員室から教室へ来た時、その争いを聞いた山田先生は急いで事態を止めたのだが、その労力はキツイものだったのだろう。実際、生徒が静かになるまで10分以上もかかったし、その時にかいた汗もまだ先生の額からは引いていない。

『それなのに、また始まるつもりか……』

 この時先生はきっとそう思ったに違いない。


「座れってなんだよ! 先生、俺達殺されちゃうかも知れないんだぞ!」


「大丈夫だ……」


「なんで!!」


「君たちの事は私たち大人が考えている」


「大人って! こんな時は俺達を子供扱いするのかよ!」


「良いから座りなさい!」

 普段は声を荒げない先生が声を荒げた。

「先生たちは君達がどう安全に学校に来れるのか、勉強に集中出来るか、毎日会議を重ねている。来年度、三年生になる君達には申し訳ないが、その話し合いには『休校』という言葉も出てきている。政府も地下シェルターを利用した避難経路の確保や、避難所を設けての政府主導の避難指示を出すかも検討している。今、君達が慌てる必要はないんだ」

 先生は少し高圧的な言い方だが、僅かながらでも生徒達が安心出来るよう説明をした。


 しかし、

「慌てるよ!!」

 佐久間は黙らなかった。

「そんなの先の話だろ! 俺が言ってるのは今なんだよ! 先生だって見ただろ? 朝のニュース! また出たんだよ! アイツらが!!」


「そうだよ……」

 愛の友達の瑠璃が静かに話し出した。

「今度は無差別放火だって……そんなのされたら私達安心してご飯も食べれないよ。お風呂も、寝る事も………何も安心して出来ないよ」


「分かっている……だから」


「分かってないよ!」

 今度は普段は大人しい高橋が怒鳴った。

「先生だって仕事で輝ヶ丘に通ってるだけじゃん! この町で暮らしてないじゃん! 生活してないじゃん! してみろよ! そしたら俺達の気持ち分かるって!!」


《王に選ばれし民》が起こした新たな事件が、皆の心の中のたがを外してしまっていた。『どうしたらいい』『助けてくれ』今まで静かに滾っていた不安や恐怖が、新たな事件が起きた事で爆発してしまっていたんだ。


「そうだよ!」


「そうだ!」


「私達の事なんて誰も分かってくれない!」


 今まで黙っていた生徒達も雪崩が起きた様に怒鳴り出す。


「おい! みんなやめろよ!!」


「そうだよ! やめろよ!」


「静かにしてよ……」


「先生! もういいから授業始めてください!」


 それは、反対意見を持つ者達も……


「ちょっ……ちょっと! みんなやめようよ! そうだよ、話し合い! みんなで話し合いの時間にしよう!」

 愛も叫んだ。しかし、皆が叫ぶなか、その声に耳を傾ける者はいない。ただ紛れて、かき消されるだけ。


「怪文書に書いてたじゃないか、俺達は人類の為に犠牲になれって! 怪文書を書いたのは誰かってギャーギャー騒いでるけど、結局みんな外野だよ! 俺達が死ねばそれで助かるって思ってるんだよ!!」


「それに怪文書を書いたのは王に選ばれし民の仲間だったって! やっぱり王に選ばれし民は私達だけを狙ってきてるんだよ! もう怖いよ、私! 誰か……助けてよ」


「誰も助けてくれないよ! 俺達が死ねばそれで解決なんだから!」


「ガキセイギがいる!!」


「アイツ一人で何が出来る!!」


「もう一人増えたって噂だよ……」


「だったら何でサッサと王に選ばれし民を倒してくれないんだよ!!!」



 心に秘めていた皆の不安や恐怖の爆発は、簡単に収まりはしなかった……

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