第1話 血色の怪文書 11 ―宝石の様に輝く石―

 11


 翌日、真田萌音は睡魔に負けて寝坊をしてしまった。

「最悪……」

 いつの間にかアラームを止めていた自分に恨みを込めて彼女は呟いた。もう後15分で家を出なければならない時間だ。メイクをする時間もない。

「はぁ……」

 小さくため息を吐きながら彼女は起き上がった。


 すると、ドタドタドタ……


 騒がしい足音が聞こえた。

 この足音が誰のものなのか、萌音はすぐに勘づいた。弟の大翔そらだ。

 真田萌音には弟が二人いる。長男の瑠樹るきに次男の大翔そら。瑠樹が反抗期が始まってしまった中学二年、大翔がまだまだ子供らしい子供の小学五年。ドタドタと足音立てて走るのは大体大翔の方だ。


「姉ちゃん! 姉ちゃん!」


 萌音の勘は当たった。やはり大翔の方だった。大翔は『姉ちゃん!』と大声を上げながら、姉の許可も得ずに、引き戸を開いてズカズカと萌音の部屋の中へと入ってきた。


「はぁ……朝から煩いよ」

 しかし、萌音にとってはこれは日常茶飯事。まだデリカシーの頭文字さえも知らないのが小五だ。姉が着替えをしていても気にしない。

「ちょっと……アンタどっか行って。私、今から着替えるから」


 萌音は『制服に着替えるのを先にした方が良いか、それとも顔を洗うのを先にした方が良いか』と迷って、前者を取ることにした。今はパジャマの上着のボタンを外そうとしていた所。因みに、いつもなら後者だ。


「ねぇねぇ、それより!」


 だが、大翔は姉からの要求を『それより!』と軽く一蹴した。そのテンションは妙に高い。元々大翔のテンションは高い方だが、今日はいつもよりも全然高い。


 でも、萌音は弟の相手をしている暇はないのだ。早く出掛ける準備を終えなければならない。

「もう……ソラの相手してる暇ないの。私、寝坊したの。急がないといけないの。分からない?」


「うん! 分かってる!」


「はぁ……分かってんだったら邪魔しないで」

 面倒くささから段々苛つきを見せ始めた萌音は、弟の方を見ようともせず壁に掛けた制服に手を伸ばした。



 ………しかし、この後すぐに、萌音の手は止まる事になる。それは、弟が彼女に見せた物が余りにも驚くべき物だったからだ………



「ねぇ、それより!」

 また大翔は姉の言葉を『それより!』と一蹴した。

「これ見てよ! 面白くない?」

 大翔はズボンのポケットから"ある物"を取り出した。

「ルキが学校に行く前に見つけて、俺にくれたんだ!」

 嬉々とした声で大翔は言った。どうやら長男の瑠樹は既に学校に行ったらしい。


「もう……何なの? 煩いって。アンタも早く学校行きなよ」

 そんな大翔に向かってやっと萌音は振り返った。

 その時、

「ん……?」

 着替えを進める彼女の手は止まった。

 彼女は弟の手の中にある物を見て、目を見張ったんだ。いや、この時彼女は"戦慄"を覚えたと言って良い。


 大翔が持っていた物、それは、"宝石の様に輝く不思議な石"……


「でね!」

 大翔はまだ喋りたい事があるらしい。


 でも、萌音は弟の言葉を止めてしまった。


「それ、何処にあったの?」

 宝石の様に輝く石は目にも鮮やかな色をしている。大きさはゴルフボールくらいで、もし本当に宝石ならば億の値が付くだろう。しかし、その石を見た瞬間、萌音の心はざわついた。『これは、禍々しい悪魔の造物だ』と『この石は宝石ではない』と萌音は震えたのだ。


「どこって家の前だよ」


「家の前?」


「うん! それよりさ、ちょっと耳を近づけてみてよ! コレ、変な音がするんだ!」

 そう言って大翔は萌音に石を手渡した。


「本当だ……」


「でしょ! 面白くない?」


 確かに、耳に石を近付けると『ヴァン……ヴァン……』と妙な音が聞こえた。


「それ、ヒロ達にも見せようかなぁ~」

『ヒロ』、それは大翔の友達の名前だ。

「あっ……でも学校に持ってくと怒られちゃうかな?」

 大翔はそんな事を心配している。


 しかし、萌音が考えるのは別の事。


「ダメだよ……」

 そう言うと萌音は石を強く握った。

「ダメ、絶対に。コレ、お姉ちゃんのだから」


「はぁあ?」

『急に何を言い出すんだ?』と……口に出さなくとも大翔の顔はそう言った。


「コレ……私の物だから、大翔には渡さない」


「えぇ? 何でだよ!! 嘘ばっか言うなよ!!」


「良いから言う事聞いて……」

 怒る大翔を少し可哀想と思いながらも、萌音は思ったんだ。『コレは弟に持たせてはならない物だ……』と。

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