第1話 血色の怪文書 7 ―憧れは初恋に近く……―

 7


 翌日、愛は真田先輩と会う約束をした。


 場所は山下、時間は12時。


 久々に先輩と二人っきりで会えるからか、何やら愛はソワソワしている。買った駄菓子を小上がりに上がってポリポリと食べてはいるが、おそらくそんなに味わえていないだろうし、ほんの少しだが顔のパーツが中心に寄っていて明らかに緊張の面持ちだ。山下に来たのも約束の時間の30分も前だった。

 愛が先輩と休日に会うのは久し振り。二ヶ月以上ぶりだ。

 二人の関係は深い。ただの先輩後輩じゃない。愛にとって先輩は憧れの人だし、少し前までは部活が無くても毎日遊ぶくらいの間柄だったから、先輩からしても愛は特別な後輩だったろう。


 愛と果穂と瑠璃の三人で先輩の自宅で恋愛や進路の相談に乗ってもらったり、二人っきりでカラオケに行ってぶっ通しで8時間近くも歌い続けて二人仲良く喉を潰したり、シー派の先輩とランド派の愛で『どっちに行くか!』とマリカー勝負をしたけど結局朝まで勝負が着かなかったり、勝負が着かないから結局二日連続でインパしたり……他にも想い出が沢山だ。


 そんな二人の出逢いは、愛が中1の時にまで遡る。


 愛と真田先輩は現在は輝ヶ丘高校の先輩後輩だが、二人は中学でも一緒。中学でも勿論、二人は先輩後輩だった。当たり前だが。

 そして、その時も同じ部活に所属していた。

 でも、今と違うのはその部活が新聞部ではない事。それは文系から真逆の体育会系。陸上部。

 この頃から英雄になる覚悟を決めていた愛は『体力作りになるだろう』という考えと、昔々中高と陸上部に所属していた父親の勧めもあって中学では陸上部に入ったんだ。


 そこで愛は真田先輩と出逢った………のだが、その時愛の中で、青天の霹靂、稲妻が走った。

 その時の愛の言葉を代弁すると


『こんな素敵な人がこの世にいるのか!』


 ……だ。


 まず、愛はその容姿に惹かれた。長身で、涼しげな瞳を持つ先輩は、中1の愛にはかなり大人びて見えて、少しだけ面長な顔立ちも、より一層その大人っぽさを際立たせていた。出逢った頃はまだ先輩も中2だったが、その容姿は美人と言うより他なかった。

 そして、校庭のトラックを走る姿も、スラリと長い手足の曲線と風になびく黒髪が『まるで絵画の世界から出てきたみたいだ』と愛は思った。

 それから仲良くなるにつれて、話してみればしっかりとした考えを持っているし、後輩にも優しく振る舞う姿勢と愛嬌のある笑顔により惹かれていき、更に部活帰りに寄ったラーメン屋で麺を豪快にすする姿を見て格好良ささえ感じた。

 中学時代の愛は『いつかこんな人になりたいな』そう思い、制服や学校指定のジャージも、真田先輩が着ればお洒落に見えたくらいだ。

 気が付けば愛は真田先輩の虜となっていった。『憧れ』という名の、恋に近い感情を抱いていったんだ。


 ………そして、今日に至るのだが、愛が新聞部を辞めた後は、毎日毎日会っていた先輩とはあまり会えず"久し振り"になってしまっていた。

 愛と先輩は、愛が新聞部を辞めてからも連絡は取り合っていたし、校内で会った時には話もしていた。でも、遊ぶとなると難しかった。

 何故なら、先輩の大学受験があったからだ。

 愛が新聞部を辞めたのは年末、それから年が明けると先輩の受験勉強は大詰めを迎えた。更に先輩はそれと平行してニュースサイトでの連載や新聞部の部長としての活動も引退せずに続けたから、二人が学校以外で会う時間はなかった。先輩の受験が終わった後には、今度は《王に選ばれし民》が現れ、愛も暇ではなくなってしまったし……

 だから、あんなに仲が良かったのに二人で会うのが今日まで暫くなかった。気が付けば二ヶ月以上もの期間が空いてしまっていた。

 だから愛は、憧れと久し振りが合わさって、妙に緊張してしまっているんだ。


「………ッ!!」

 そして、12時ちょっと前、店の外からガタンッと自転車のスタンドを降ろす音が聞こえた。

 その音にビクッとする愛。緊張のし過ぎだ。愛は真田先輩の自転車のスタンドの音さえ聞き分けられる。遂に来たんだ、先輩が。

 今日は冷える一日、山下の出入口の引き戸は閉まっている。

「………」

 その向こうに影が見えた。明らかに先輩だ。愛なら分かる。

 引き戸の曇りガラスの向こうに見えるシルエットから想像するに、先輩は制服を着ているみたいだ。

 その姿を見て愛は思い出した。


 ― そういえば、毎週日曜日は顧問の先生と新聞部の打ち合わせがあったな


 ……と。


 ガラガラ……


 戸が開いた。


「お待たせ、桃ちゃん!」


 真田先輩は明るい笑顔を浮かべて、山下へと入ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る