第1話 血色の怪文書 5 ―血色の怪文書―

 5


「せっちゃん! ボッズー! 勇気くん! これ見て!!」

 愛は公園で見つけた紙を、基地のテーブルの上に叩きつけた。

 その顔は普通じゃない。キレている。


「なんだ?」


「何だボズ?」


「一体どうしたんだよ……」


 だが、そんな愛を見る正義達三人は少しめんどくさそう。だって夕方に解散してからは、個々が一人の時間を楽しんでいたのだから。

 正義はもうすぐ寝ようとしていたし、ボッズーは正義が山下で買ってくれたアイスに舌鼓を打っていたし、勇気は読書を楽しんでいた。

 そんな時に再召集だ、面倒と思うのも仕方がない。

(まぁ、正義とボッズーは元から基地にいるが)


 しかし、


「ん?」


「なんだボズ?」


「これは……」


 愛が持ってきた紙を見た瞬間、三人の顔色は変わった。

 それは文章を読まなくてもすぐに。

 何故ならば、その紙に書かれた文字は真っ赤だったからだ。それも"明らかな赤"……その赤はどす黒く、禍々しく、血の色に似た赤だったからだ。


「………」


「………」


「………どういう意味だよこれは」


 そして更に、筆を使って書き殴られた様な文字で綴られた文章を読んだ時、三人の顔色は曇った。


 その文章はこう書かれていた。




 輝ヶ丘の住民は人類の為に犠牲になるべきだ


 死ぬべき存在を護る必要はない


 英雄などと名乗る無能な奴等は今すぐ町から出ていけ



 ………と。



「何なんだこれは……」

 勇気は眉間に皺を寄せて、この怪文書と呼ぶべき物を睨んだ。


「………」

 ボッズーは言葉にならないのだろう。唖然とした表情で黙っている。


「誰がこんな事を……」

 正義だ。正義は唖然とも怒りとも悲しみとも取れる表情。


 感情を如実に表せているのは既にこの怪文書を読み飽きる程に読んだ愛だけだった。

「ふざけた事書いてるよね!! マジでムカつく!!」

 愛の怒りは激しい。目は血走り、顔は真っ赤に紅潮している。


「うん、カチンと来るな……」

 ボッズーが呟いた。ボッズーの沈黙は怒りだったんだ。


 そんなボッズーに「うん!」と頷くと愛は続けた。

「しかもね、この紙はいつの間にか町中にいっぱいばら蒔かれてたみたい! 見てよこれ!!」

 愛はスマホを怪文書の横にドンッと置いた。

 そこには写真が映っている、怪文書の写真だ。そして愛がその画面を動かすと、何枚もの写真が……

「私、みんなに連絡してからTwitterとかインスタで他にもこの紙を見た人がいないか調べてみたの。そしたらドンドン出てきて……」

 愛がスクロールすればする程、怪文書を撮った写真が続々と出てくる。

「自宅のポストに入ってたって人もいれば、車に貼り付けられてたって人もいて、ばら蒔かれた場所も様々で……」


「悪質な悪戯だな」

 正義だ。正義の顔からは唖然と怒りは消えていた。今は悲しみ一つ。しかし、いくらか冷静さも取り戻している感じだ。

「愛が持ってきてくれたコレも、写真にうつっているヤツも、筆跡は全く同じ感じだな……コピーか?」

 そう言って正義は怪文書を手に取った。

「でもコピーにしてはインク、それとも墨か? ……が裏側に滲んでる。これが原本なのかな?」

 正義は誰ともなく問い掛けた。だが、愛にとっては目の前の怪文書が原本でもコピーでもどうでも良かった。


「原本でもコピーでもそんなのどうでもいいよ! それに、悪戯って言わないで! これはそんな子供っぽい言葉で片付けられる事じゃないと思う!! 私、絶対に抗議してやるから!!」


「抗議?」

 今度は勇気だ。

「そうは言うが、相手も分からないのにどうするつもりだ? 腹が立つ気持ちはよく分かるが、こんな事をする人間は相手にすると増長するだけだぞ」


 この勇気の意見に正義が同調した。


「あぁ、俺もそう思う。悔しいけど、こういうのは無視するのが一番だと思うぜ。なぁ、ボッズー?」


「う~ん……」

 この正義の質問にボッズーは難しい顔をして頭を捻った。

「……そうなんだよなボズ。俺もモチロン怒ってるボズよ。でも、これが《王に選ばれし民》のやってる事なら別だけど、そうじゃないなら下手に動いて俺達に注目が集まったら、英雄としての秘密がバレてしまう可能性もあるボズね。愛、ちょっと暫くの間は静観するんだボズ、それでも悪戯が収まらなかったら……」


 と、愛に向かって言いかけたが、愛はこの言葉を素早く否定した。


「三人とも何言ってるの! 怖じ気づかないでよ! それでも英雄? 無視とか静観とか、そんなのこれを書いた奴の思うつぼじゃん! 私は輝ヶ丘に住む一人の住民として、こんなの絶対に許さないから! それに誰がやってるか分からなくても抗議ぐらいは出来るし!」


「でも……」


「でもも、しかしも、だけども無いよ! もういい! みんなが協力してくれないなら、先輩にお願いするから!!」

 愛はそう言うとテーブルに置いたスマホを取った。その素早さと仕草はまるで人を殴る様だ。


「先輩って今日話に出た真田先輩の事か?」


「そう!!!」

 愛の鼻息は荒い。そして、彼女は正義達に背を向けると基地の出口に向かって歩き出した。


「あ……お、おい! どこ行くんだよ?」


 正義が慌てて声をかけると、愛はチラリと振り返り

「みんなにも協力してもらおうと思ったけど、やっぱ良い! 一人で抗議文考えるから! それじゃあね!!」

 そう言って、愛は基地から出ていってしまった。


「怒らせちゃったボズぅ……」

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