第1話 血色の怪文書 2 ―駄菓子屋 山下商店―
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昼飯と言うには少し遅いし、夕飯と言うには早過ぎる午後3時。愛と正義と勇気の三人は駄菓子屋山下商店へ来ていた。
「はい、正義ちゃん。ベビベビもんじゃのベビーマシマシ、お待ちどうさま」
お目当ては山下名物のもんじゃ焼きだ。山下の一角には畳敷きの小上がりになっている所があり、そこではもんじゃが食べられるようになっているんだ。
「ありがとバッチャン!!」
正義はお婆ちゃんの顔を見てニカッと笑った。
正義が山下に来るのは6年振り。久々の山下は昔と何も変わらなかった。正義を迎え入れたお婆ちゃんの笑顔も優しいまま。正義はその懐かしさに興奮していた。
「ふふふ、ゆっくりしていってねぇ正義ちゃん」
懐かしさに興奮……ではないが、喜びを感じていたのはお婆ちゃんも同じだ。お婆ちゃんは昔と変わらぬ元気いっぱいな正義の笑顔を見て、ニッコリと微笑んだ。
そして、お婆ちゃんはお盆を片手に小上がりから降りると、帳場の向こうにある冷蔵庫に向かった。麦茶を注ぐ為だ。山下ではもんじゃを頼むと麦茶が付いてくる。昔々からずっと続いてるお婆ちゃんのサービス。
「へへへっ! やったぜぇ! 夢にまで見た、ベビーマシマシだ! ガキの頃から食べたかったんだよなぁ!」
「おいおい、ガキって今もガキだろ?」
正義の向かいに座る勇気は皮肉がたっぷり詰まった悪魔の笑顔を正義に向けた。でも正義はその皮肉に気付かず
「へへっ! ある意味な!」
と誇りを込めた笑顔で勇気向かって腕時計を見せた。それに焦るのが愛だ。
「ちょっ……ちょっと、余計な事言わないの!」
と愛は隣に座る正義の手をパシッとはたいた。
「痛ッ! 何すんだよぉ」
「だっ……お婆ちゃんに見られたらどうするの」
愛は小声だが、正義の声は小さな店内に響く程デカイ。でも、愛の心配は無用だった様だ。どうやらお婆ちゃんは正義の仕草を見てなかったみたい。
「ふふふ、相変わらず正義ちゃんは元気だねぇ」
そう言って微笑むお婆ちゃんは、三人分の麦茶を鉄板の敷かれた机の上にコトンと置いた。
「正義ちゃんは今回は旅行? それとも、もしかして?」
このお婆ちゃんの質問に正義は再びニカッ、
「へへっ! そのもしかしてだよ、バッチャン! 俺、輝ヶ丘に帰ってきたんだ!」
「あらぁ~そうなの。じゃあ二人とも楽しくなっちゃうねぇ」
お婆ちゃんは勇気と愛に向かってニコッ。
三人を幼い頃から知っているお婆ちゃんにとっては、正義達三人が仲良しという事は当たり前。年齢が80歳に近付いても、お婆ちゃんの記憶力は衰えていないんだ。
幼いの頃の三人のエピソードはお婆ちゃんの頭の中にいっぱい詰まってる。もし正義が『あの日の事を覚えてる?』と聞けば、『勿論覚えてるよ』と言うし、『じゃああの日は?』と聞けば、それも『昨日の事の様に覚えてるわ』と答えるだろう。
例えば小2の頃の正義と勇気がお店の入り口の所で睨み合ったあの日や、幼稚園の頃の正義が野良猫のリーダーと喧嘩をしてお母さんに怒られながらクリームパンを買いに来たあの日も、パンダ公園に咲いた花に『ジュースをあげるんだ』と愛がオレンジジュースを買いに来たあの日だって覚えてる。
そんなお婆ちゃんの言葉に
「楽しいっていうか、騒がしいかもね!」
と愛は笑って返した。
「なんだよ愛、その言い方は!」
正義はそう言うが、その顔は愛と同じだ。笑ってる。
「だって実際うるさいもん!」
「やれやれ……」
そんな二人を勇気は笑った。4人が4人とも笑ってる。
「すみませんね、お婆ちゃん。騒がしい二人で。さぁ、焼くぞ!」
そう言うと勇気は、正義の前に置かれた器(うつわ)を取って、もんじゃを鉄板に流し込んだ。
―――――
………ここ数日は何も事件が起きていなかった。三人はやっと高校生らしい時間が取れているんだ。しかも今日は土曜で休み。天気も晴天、とびきりに良い。そんな日にジッとしていられる訳がない。三人は暫しの休息を楽しむ為に遊びに出ていた。
因みにボッズーも正義のリュックの中に居るにはいる。窮屈なリュックの中に入れられてかなり退屈そうな顔をしているが……
「学校はどうするの? 二人と同じ輝ヶ丘高校に入るの?」
「うん、そのつもりだぜバッチャン! でも色々あってさ、まだ母ちゃん達がこっちに来れてないんだ。だから、学校はその後になっちゃうかなぁ~~」
正義はお婆ちゃんが持ってきてくれた小皿と小さなヘラを勇気と愛に渡しながら、お婆ちゃんの質問に答えた。
「色々かい?」
「うん、元々俺の方が先にこっちに来るって予定ではあったんだけど、ほら、変な奴等が現れたでしょ? それで引っ越し業者からキャンセルくらっちゃってさ。結局、母ちゃんの知り合いがトラック出してくれるって事にはなったんだけど、すぐには都合付かなくて、まだ後一週間はかかるんだって」
二日前の夜に、正義は勇気からスマホを借りて、母親に連絡を取っていた。
「しかし、正義が輝ヶ丘高校の試験に受かるとはなぁ、驚きだよ」
この勇気の言葉には皮肉はない。二日前に正義から輝ヶ丘高校の転入試験に受かっていると告げられた時、勇気は実際に驚いたのだから。
「へへっ! 別に、ちょっと頑張ってみたら大して難しくなかったぜ! 前の学校の先生も驚いてはいたけどな!」
正義の成績は前の学校では良い方ではなかった。いや、"前の"というより"昔から"そうだ。でも、それは勉強が出来ないという訳じゃなく、勉強に苦手意識を持ってしまっていただけだった。その認識は小3の分数の授業から始まってしまった根深いものだったが、約束の日が近づくにつれて、正義は"もしも"を考え始めた。『もしも戦いが長引いてしまったら……』と。そして、その時の事を考えると『町に戻ったら輝ヶ丘内の高校に通う方が良い』と正義は結論を出した。
思い立ったら吉日生活。昨年の秋頃から、本人の言葉通り『ちょっと頑張ってみたら』正義は進学校への道を進み始めた輝ヶ丘高校の転入試験にサラリと合格する事が出来た。
「そうなのぉ、良く頑張ったねぇ正義ちゃん」
「へへっ! ありがと、バッチャン」
正義はお婆ちゃんの言葉にニカッと答えると、話をまた別の話題へと変えた。久しぶりに会ったお婆ちゃんと話したい事がいっぱいあるんだ。
「それにしてもさ、バッチャン! 輝ヶ丘の町並みも結構変わっちまったな! 6年振りに帰ってきたら、あっちもこっちも変わっちまっててビックリしたよ!」
時代に即して形を変えていく町並み、その変化は小さなものから大きなものまで様々。『あの店がこの店になっている!』『あそこにマンション建ってたっけ?』『駅前のパチンコ屋でかくなってね?』輝ヶ丘で日々暮らしている人々にとってはもう見慣れた景色も、6年振りに帰ってきた正義にとってはいちいちが驚きだった。
「ふふふ、正義ちゃんがそう思うならこの年寄りにはもっとだよぉ」
ふくよかなお婆ちゃんは朗らかに笑う。その顔は布袋さまにそっくりだ。お婆ちゃんの怒った姿なんて誰も想像出来ないだろう。
(だからこそ逆に『山下でトラブルを起こすと、山下を出禁になる』なんて都市伝説が子供達の間で信じられてしまっていたのではないだろうか)
「へへっ! じゃあ昔はもっと違う感じだったって事?」
正義は麦茶をグビッと飲んだ。
「うん、そうよぉ。この町はずっと変わり続けている町だからねぇ」
お婆ちゃんはいつの間にか小上がりの端っこにちょこんと座っていた。正義と話し込む気まんまんだ。それもそうだろう、お婆ちゃんだって正義と一緒。久しぶりに会った正義と話がしたいんだ。
「昔々、もう60年近くも昔だねぇ。私が嫁いできたばかりの頃は、町の中にはビルは一つも建ってなくてね、町全体を山が囲んでいたんだよ。今みたいに便利じゃないし、たまに熊が出たりもしたよ」
「えっ! マジで!」
「熊が!」
これには愛も驚いた。
勇気ももんじゃを焼きながら、眉をくいっと上げて驚きの表情。
「それ、本当ですか?」
「そうよぉ、今と全然違うでしょう?」
「うん! へへっ! その頃の輝ヶ丘も見てみたいな。なぁ、勇気!」
「あぁ、熊なんて動物園でしか見た事ないからな! じゃあ正義、今度タイムマシンでも作ってみるか?」
「お! 良いねぇ!」
「もう、何言ってんの……」
冗談を言い合う二人に愛は一人だけ呆れ顔。
「ふふふ」
そんな三人のやり取りを、お婆ちゃんは微笑ましく思う。だって、正義達がまだまだ小さくて可愛らしかった頃から、何も変わらぬやり取りだから。
「ははっ! さて、そろそろ良い感じに出来てきたぞ! そろそろ食べようか」
「おう! へへっ、旨そうだぜ! ありがとな、勇気!」
「じゃあ、いただきます!」
三人は小皿に乗ったヘラを手に取った。
「ふふふ」
お婆ちゃんは美味しそうに食べる子供達の姿を見るのが大好きだ。いや、どんな事をしていても。だってお婆ちゃんは子供達の事が大好きだから。いやいや、子供だけじゃないこの町に住む人達の事がお婆ちゃんは大好きなんだ。
町の形は変わっても、住む人達の心は変わず豊かなまま。それが輝ヶ丘。
だからお婆ちゃんは思う。
『大好きな人達が住むこの町、輝ヶ丘が私の宝物だ』と。
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