第6話 勇気の心を武器にして 22 ―俺は怖い……―

 22


 勇気は闇の前に立った。そして、問い掛ける。


「お前は俺の恐怖心なのか? それとも何処かからやってきた悪魔か?」

 しかし質問を投げた後、勇気は何故か小さな笑みを浮かべた。

「ふっ……問い掛けてみたが、やはりこんな質問はどうでも良いな。それよりもお前は言ったな、俺の今までの人生は、常に死への恐怖と共にあったと……」


『そうだ、お前は恐怖の囚われ人、己の死に囚われた、恐怖の友』


「ふっ……囚われ人か。いいや、そうじゃない。だが、お前の言う通り、俺は自分が死ぬのが怖い」


『ならば、』


「いいや……喋るな、まだ俺は話し足りていない。良いか? 俺は、確かに自分が死ぬのが怖い。だがな、自分の死が怖いと思わない人間がいると思うか?いいや、いない。いる訳がない。当たり前の感情なんだ、恐怖心を持つという事は、当たり前なんだ。しかし、少し前までの俺は自分自身が恐怖心を持つ事を許さなかった。『自分は英雄として生きなければならない』『英雄は恐怖心を持ってはならない』俺はそう自分に言い続けていたのだ。何故なら、恐怖心を持てば《勇気の心》が失われてしまうと思い込んでいたからだ。だが、それは大きな間違いだった……」


『詭弁を言うな、お前は、恐怖の、』


「ふっ……惑わそうとしてももう無駄だ。俺は自分が恐怖心を持っている事を認めているのだからな。そして自分自身と見詰め合い、自分が一番恐れているのものが何かを知った」


『一番恐れている、もの、だと、それは己の死だろう』


「いいや、違うな。あぁ、先ずは昔話をしようか……俺は幼い頃、ある出来事から友達を守りたいと思った事がある。その時に俺は先ず恐怖した。『大事な友達が殺される……』とな。子供同士の喧嘩だ、今思えば死ぬなんて事はあり得なかったろう。しかし、その時の俺は本気だ。友達の死が恐かった。だから俺は友達守ろうと考えた。友達の死が恐いから、俺はある心を燃やしたんだ。その時は理屈じゃなく、無意識にだがな……」


『もう、いい、講釈を垂れるな、我を、受け入れろ』


「話の腰を折るなよ……お前が俺の恐怖心ならば、もう受け入れているさ。俺は恐怖という感情を大事にしようと思うからな。分かった……お前にある言葉を教えてやろう。この言葉の意味がお前に分かるか?」


 そして勇気は目を瞑り、ある言葉を語り出す。


「まず1に、恐怖心が無ければ自分の身に迫る危険を察知出来ない。2に、恐怖心が無ければ恐怖を感じる人の心を理解出来ない。3に、恐怖心が無ければ恐怖を感じる人達を助ける為に《勇気の心》を燃やす事が出来ない……」


 勇気は再び目を開いた。


「この言葉を初めて聞いた時、俺はこの言葉の意味を全て理解出来なかった。だが、今の俺には分かる。さっきも言っただろ? 何故なら、俺は自分自身の恐怖心を認める事で、自分の死よりも、本当に恐れている物が何かを知ったからだ。それは………愛する人の死だ。愛する仲間、愛する友、愛する命を失う事だ。それが一番恐ろしい。そして、この恐怖を持っているからこそ、生まれるものがある事も知った……」


『生まれるもの……何がだ、』


「フッ………やはりお前には言葉の意味が分からなかった様だな。生まれるもの、それは何か、それは、俺の"武器"だよ」


『武器、』


「あぁ……愛する命を失いたくないと、恐怖すれば恐怖する程、強い"武器"が生まれるんだ。恐怖心が強ければ強い程、命を守りたいと思うからな。恐怖心が無ければ恐怖を感じる人達を助ける為に《勇気の心》を燃やす事が出来ない……この言葉の意味は、そういう意味なんだよ。愛する命を失いたくないと恐怖するからこそ、"武器"になる……」


『何を、馬鹿な、』


「ははっ! 分かりやすく悪役の台詞を言ってくれるじゃないか!! ………俺は、この事を父から教わった。そして俺の大切な友人からな……」


 勇気は親指を上げて後ろに立つ愛を指差した。


「恐怖心が変わるんだ! "武器"に! 良いか、闇よ。よく聞いておけ、その"武器"の名は《勇気》だ!!」


『ほざくな、愚か者よ』


「ははっ! 愚か者か……良いだろう。どちらが本当の愚者かいずれ分かるだろう。さぁ……そこを退けッ! 俺は行かねばならないんだ! 《勇気の心》を武器にして《正義の心》を燃やし悪と戦う俺の親友ともの所へな!!」


『死ぬ気、か』


「いいや……俺は生きる!!!」

 勇気は力強く、目の前を浮遊する闇を殴った。


『我と共に歩む道を拒んだ、事をお前はいつか後悔する、ぞ、愚か者、』


「いや……後悔するのはお前だ。俺に本当の《勇気の心》とは何かを気付かせたのだからな!!」


 殴られた闇はゆらゆらと揺れる。その揺れは揺れる度に大きくなり…………闇は勇気の目の前から消えていった。


 ………


 ……………。



 ―――――



「桃井!」

 闇が消えると、勇気は振り返った。

「腕時計を渡してくれるか!!」

 その顔は晴れ晴れとしている。爛漫とした天使の笑顔が浮かんでいる。


「勇気くん……勝ったの?」

 ……と愛は聞いたが、『この質問はしなくても良かった』とすぐに思った。何故なら、その笑顔の中に愛は見たからだ。いや、その瞳の奥に。

「あ……やっぱ答えは大丈夫! 勝ったみたいだね!!」


「あぁ……」


 愛は見たんだ。勇気の瞳の奥に。まるで、闇夜を照らす星々の煌めきの様に《勇気の心》が輝いているのを。


「そっか! やったね!!」

 その輝きを見た愛は、急いで制服の胸ポケットから腕時計を取り出した。


「ありがとう………ん?」

 そして、差し出された腕時計を勇気が受け取った時、それはそれは不思議な出来事が起こった。

 今まで、何をしても何も起きなかった筈の腕時計が、勇気が触れた途端に目映い光を放ったんだ。

「ふっ……」


「ははっ!」


 でも、不思議と二人は分かっていた。勇気と腕時計が再び出会った時、何が起こるのかを………


「やはり……時は来たようだな」


「うん……勇気くん、緊張する?」


「いや、自然な感じだ」


 腕時計の文字盤から放たれるのは目映く青い光。その光が何を意味するのかを勇気は知っていた。

 そして愛も、その光に勇気の瞳の奥に見たものと同じ輝きを感じていた。


「桃井………俺は行くよ。正義とボッズーを助けにな!!」


「うん!! 頑張って!! 私も頑張って追い掛けるから!!」


「あぁ!!」


 勇気は《勇気の心》を爆発させ、腕時計を叩いた………

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